ああ山手線

 これは、ふと安易な気持ちで山手線1周ウォーキングを思い立ち、去る11月8日に賛同者を得られないまま一人で決行してしまったバカ者の、栄光なき挫折の記録である。

 朝5時位に出発しようと思って昨日は早目に眠ったのに、ふと目を覚すと8時半すぎだった。いきなり3時間のロスは大きい。
 それでも「今月は一日晴れるでしょう」と断言するお天気お姉さんの笑顔をパチンと消して外に飛び出す。南部坂を下る足取りは軽い。広尾から恵比寿まで歩こう。途中コンビニで買ったおにぎりを食べたべ朝の空気を楽しむ。
 さてさて、どうするか。内回りにしよう。まず目黒に向かう。
 線路沿いの道はなにか郷愁をさそう。一方に住宅が並び、鉄道敷側は赤茶けたフエンスが続く。フェンス越しに広い堀り割りがあって、その底で線路が光り、電線が朝霞の中でからみ合っている。いくつかの車両が置き忘れられたように眠っている。
 五反田、大崎と順調に歩く。
 途中、TVドラマのロケらしきものをやっていて、足止めされたりする。役者は自転車に乗ったオジサンと女子高生二人。何だろう。
 日差しも高くなり、大崎に着くとトイレに行きたくなる。ここには大きな再開発ビルがあって以前見に来たことがある。思わず仕事のことが頭をよぎる。トイレのあと頭その他をブルブルと振って雑念を払い、身も心もスッキリとする。
 地図で見ると、品川までは線路がぐるっと回っている。まあショートカットしてもいいだろうと、直接品川方向に向って歩きだす。でも分かった。山越えになるのね。それでぐるっと回ってたのね。かえって辛く時間のかかる道になってしまった。
 丘の上は東五反田で、金持ちの屋敷街になっていた。美智子妃の実家もこの辺にあるとは後で聞いた話。
 山を下りると新高輪プリンスの横に出る。ちょっとホテルで休んでコーヒーでも飲んでいこうと思ったが、ふと自分の服装を見て、今回は許してあげる(何が)ことにした。
 品川から田町に向かう。一転して交通量の多い国道15号となり、喉が痛い。
 淡々と歩いていくと、泉岳寺という看板が目に付いた。ちょっと寄ってみるか。泉岳寺はあの赤穂浪士が眠るところだ。小さな古い資料館があり、何気なく入り口に近づくと、脇にある小屋のガラスがドンドンと鳴り、婆さんが怖い顔で有料だよと睨む。別に入るつもりはなかったのだが、成り行き上200円の入場料を払ってしまう。四十七士が身につけていたものとか、書いたもの使ったものが雑然と展示されており、博物館学を学んだワタクシが見て、あまりいい状態にあるとは思えなかった。でも、新館を建てる計画があるらしい。浅野内匠頭の傍らに並ぶ四十七士のお墓を見て、ちょっとした感慨を得る。そこでようやく、だいぶ前にもここに来たことがあることを思い出す。ちょっと鼻白んで、再びルートに戻る。
 田町をすぎて昼となり、浜松町駅の中華で腹ごしらえする。
 ここで一休みして充電したので、新橋、有楽町、東京と飛ばす。ここら辺のガード下を見ていると飽きない。以前に比べてずいぶんお洒落な店が増えたが、昔ながらの小汚い飲み屋なども健在だ。
 東京駅をすぎて神田への高架下は、人影もなくなり、ちょっと一人では怖い感じだ。ひんやりとしたほの暗い空気を切り裂いて、まぶしい外光が列柱の影を押し込んでいる。
 神田の商店街、元祖激辛煎餅の「淡平」健在を横目で確かめ、秋葉原へ。
 日曜の午後だものなあ。ものすごい人出だ。ちょっと買いたいものもあって寄っていこうかと思ったが、先を急ぐ身だというシチュエーションを楽しむため、知らんぷりして通過する。
 御徒町に近づくとまた人が多くなってきた。そうか、アメ横になるのか。満員電車並の人混みをかき分けつつ、革ジャン安いじゃんとか面白そうな店を覗きつつ、無理矢理進入してくるベビーカーママに呆れつつ、全然前に進めなくて一分ぐらい何度か立ち止まりつつ、デイバックを前に抱えつつ、財布があることを常に確認しつつ、ああああ、やっと上野だ。
 上野駅の構内を歩くと歌が聞こえる。ゴスペルっぽいアカペラの女声独唱で、しんみりと力強い。駅のイベントらしい。声の方へと近づくと、修道女の格好をしたアジア系(日本人?)の7人グループで、いきなりパンチの効いたコーラスになった。CROSSというグループだ。すばらしい。プロだ。一曲聞き惚れて、駅を後にする。
 次はどこだ。鶯谷か。鶯谷といえばすぐ鶴光と連想するのは世代かな。
 駅に着く頃には日はかなり傾いていた。次の駅へと線路沿い歩いていると、いつのまにかラブホテル街に迷い込んでしまった。迷路のようで、抜け出せない。たまにアベックに出会う。だいたい女の方が堂々としている。あっ、向こうのラブホテルの前にタムロしているお姉さんたちは何なんだ。5,6人はいるぞ。アジア方面の人みたいだ。あっ、こっちを見てる。横道はないぞ。一本道だ。何気ない感じですり抜けようとすると、やっぱり来た。「お兄さん○○してかない」「ちょっと○○やらない」まだ明るいんだぜ。なんとかヤリ過ごした。
 まだ心臓をバクンバクンさせて次の日暮里へ向かう。
 日暮里、西日暮里と下町の色濃くなってきて、根岸、谷中と亀有の両さんだとか池波ものの風情を思い起こす風景が続く。ちょうど夕暮れ時で、そこかしこにあるお寺の甍や商店街の看板が柿色に染まった。
 ところで右足がちょっと痛い。腰から下が自動的に動いて上半身がそれに乗っているような感じだ。ふと気が付くと景色も色彩を失いつつあり、ちょっと肌寒くなってきて、汗ばむほどだった陽気もずいぶん昔のことに思える。暗くなってしまう前に切り上げようかな、と、ふと思う。
 思いながら、田端、駒込、巣鴨と慣性で歩く。
 ”お婆ちゃんの原宿”巣鴨のとげ抜き地蔵参道では,憧れの塩大福を賞味したかったが、今はもう暗くなったし、また今度にする。
 右足の膝の裏が痛くて引きずりながら歩いている。そろそろ止め時かも。登山とかで頂上を目の前にして撤退する勇気は大変なものだと気づく。
 大塚にたどり着いて、もう一歩も足が出なくなり、茶店に入る。はああああ、と30分ほど休憩するとまた歩けるような気になってきた。今6時だから、まだ9時間か。体力的にはまだまだ行けるな。でも足が持つかな。
 ともかくネオン輝く池袋を目指す。もうとっぷりと日は暮れて、周りの風情も何も全く分からない。ただただ歩くのみ。
 まぶしい目がチカチカする夜の池袋をすぎたところで、やはり足の痛みがひどくなってきたため、次の目白で切り上げることに心を決めた。
 足を引きずりながらしばらく歩くと、やたらに警官がいるところに出た。10メートル置きに立っている。何だろう。
 ちょっと線路から離れてきたことに気づき、だいたいの勘で横道に入る。すると、案の定道に迷ってしまった。いつしか鬼子母神の商店街に出る。この商店街は長かった。足が痛いからもう勘弁してと言っても、平気な顔で延々と続いている。ようやく通り抜けてちょっと行くと。何とまた前の警官スポットに出てしまった。うわー、どうしてさ。
 脱力状態で歩くと警官が不審な目で見ている感じがする。あっ、あの体格のいいオッサン、制服とひそひそ話している。ということは私服か。いったい何があるんだ。
 しばらく歩いても警官だらけだ。あの駅は都電だ。変だな。今度は近くの看板でよく道を確かめる。山手線からずいぶん離れてしまったことが分かった。目白もかなり通り過ぎている。ということはこの道をずーと行けばいいのか。あれは学習院大学か。その横の道になるんだな。
 で、ピンと来たね。そうか。どなたかヤンゴトナキお方が学習院大学内で何かしてらっしゃるのね。それであんなに官憲がタムロしてるのね。お仕事ご苦労なことね。分かったね。だからボクのことチラチラ見るのやめてね。ボク弱ってるのね。か弱い一般市民ね。
 とか脳内会話しながら大学の塀沿いにずーっと歩き、よろよろと目白駅。
 体力の限界っ、と千代の富士風に引退宣言をして終了とした。
 昨日買った歩数計は約5万歩を指していた。

 翌日は酒を飲む気力もなく、足の痛みは未だに続いている。1歩当たり約80センチとすると、5万歩で約40km歩いたことになる。それでだいたい3分の2ぐらいか。1周するとなるとペース配分とかルートとかをよく確かめるべきで、安易な気持ちでは出来ないことがよく分かった。
 でも馬鹿な行動は,若さと同義である。
 今度はミッシングリンクを繋げるぞ。