さて,市内観光でもするか,と空港で入手した地図を頼りに,まず,マスジット・ジャメという1909年建立の古いモスクに行くことにする。ホテルから出ると雨が降っている。フロントで借りた傘を開くと,青い生地に金色でリッツカールトンと大書してある。成金のおのぼりさん丸出しだ。ベトナムなら物売りからシクロからオネーサンからわーっと群がってきそうだ。タクシーを拾うため少し歩くと,街並みや道路は近代的で,東京を歩いているのと変わらない。別のホテル前で客待ちしているタクシーにここへ行きたいと地図を見せる。全員髭の運転手が数人集まって何か話し合った結果,そのうちの1人がメータプラス2リンギットで乗せるという。
良くわからないシステムだが,乗り込んで窓のシールを見ると,人数や荷物の有無で変わる複雑な料金体系のようだ。
結構渋滞している。道路が自動車でいっぱいというのはベトナムから来ると何だか不思議だ。
ここだ,といって降ろされた。
マスジット・ジャメは赤と白の大理石を使った壮麗なものでタマネギ型の塔が並び,周囲には椰子が整然と植えられている。アラビアンナイトの世界だ。

もう時間が遅いので中には入れなかったが,広い道路を渡り曇り空を背景にした全景をカメラに納める。あたりにはほとんど人影がない。モスクの道路を挟んだ向かいは広大な芝生になっており奥にはクラブハウスがある。
夜にはイルミネーションで飾られるらしいが,僕らはタクシーを捕まえてブキ・ビンタン地区に行く。そこはクアラの中心部で,デパートやレストランが並ぶ。
建物も整然としており,道行く人も都会人だ。銀座あたりを想起させる。どこか取り澄ました感じがするのは,イスラム圏というよりは旧英国植民地だったせいだろうか。
一軒のデパートに入ってみると,ほとんどが高級ブランド品で,パルコのような雰囲気だ。
Mちゃんは似合うかどうかは置いといて根っからのジーニストであるらしい。レノマのジーパンを見つけ,珍しいから買おうと言って物色している。それを待っていた僕が,「レノマのジーンズなんて日本のスーパーでも売ってるジャン」,というとNさんが「シーッ,せっかく喜んでるから黙っときましょ」と諭す。そのNさんもカルバンクラインのジーンズを買う。彼らが試着したのを,似合うだろうかと感想を求められ,返答に窮す。
裾直しの間店内のカフェで待つことにする。ふっと居なくなったNさんが,しばらく後,旅行鞄を引っ張って現れた。ハードケースでキャリー付きのものだ。聞くと,欲しくなったので,例の「財布悲しげに覗き作戦」で大まけさせたという。よくやるわ,と思ったが,こんな一流デパートでも値引きするというのが,ここも東南アジアと思い出させる。
夕食は何となく寿司金Sushi Kingという回転寿司屋。心が少し日本に引き戻されていたのだろう。僕のすし観は「せっかくのおいしいご飯をわざわざ酸っぱくして,あまつさえ生臭い魚を載っけて、何を好きこのんで」というものだから,味の善し悪しはわからない。醤油が魚臭いのは,魚醤を使っているようだ。
おいしそうなケーキを売っている店があったので、それを買ってホテルに戻ると、部屋にももっとおいしそうなケーキがサービスで置かれてあった。なんと間の悪い。
最後の夜だ。彼らとも明日お別れで、今度はいつ会えるか分からない。窓から見える巨大なツインタワーを眺めつつ、それぞれの感慨をかみしめた。
そして今、彼らは高級ベッドで寝息を立てている。Mちゃんはイナゴの飛び交う信州へ、Nさんは生き馬の目を抜く関西へ、それぞれの日常に明日戻っていくのだ。僕も東京で一泊した後、仕事場へ戻り、その夜は早速宴会だ。
目をつぶると、メコンの泥と日差しが瞼の裏に焼き付いて離れない。
またいつか訪れるだろうか。
それまでは、サヨナラ。