朝,既にねっとりとまつわりつくような熱気の中を歩いてシンカフェに向かう。シンカフェ前の狭い通りは既にツアーに出発する観光客でごった返している。
 次から次へと大小の韓国製バスが到着して,彼らを飲み込んでは排気ガスを残して走り去る。
 それを仕切っているスタッフに券を見せると,ここで待ってろという
同じメコンデルタツアーでも一泊するものなどもある。
 しばらくしてツアーの名を掲げた大型バスが到着する。どうやらこれらしい。
 参加者は30人ぐらいか。日本の若者グループもいる。出発してしばらくすると,ガイドの自己紹介が始まった。トンさんという40歳ぐらいの男性で,制服の水色開襟シャツに身を包み流ちょうな英語で話す。かなりのインテリのように思われる。簡単なベトナム語を教えたり,ジョークで笑わせたりする。
 次第に都心の固く編まれた街並みがほどけていき,郊外のたたずまいが顔を見せ出す。バスが走っている道路は相変わらずハチのようにバイクが行き交っているが,沿道の住宅に目をやると,土の庭が見えたり,空き地があったりする。暇そうな男が眠りこけていたり,縁台にタムロして何か笑ったりしているのが見える。フォー屋の看板がしょっちゅう目に付く。フォーというのは米の麺を使ったうどんのようなもので,市内のあちこちでも路上の屋台で食べさせている。1杯5千ドンぐらいからだというから,50円だ。滞在中に試したいが,今朝はホテルのバイキングなのでまだ食べていない。郊外の街並みは昭和30年代の日本のような懐かしさを感じる。おそらく貧しいんだろうけれど,生活の豊かさがありそうに思えた。
 バスは快調に飛ばし,バイクもさすがにまばらになってきた頃,ハイウェイらしき道にはいる。料金所はペプシと大きく描かれたビーチパラソルの下にイスがあって,そこに係員が一人いるだけだ。ひび割れだらけの誇りっぽい道路を走っていくと,周りはいつか農村地帯になった。無秩序に区画された水田が広がる。沼のようなところは何かを養殖しているらしい。遠くに大きな工場が見える。今持っているミネラルウォーターと同じプランド名が大きく掲げられている。ということは,ここで水を作っているのか。ちょっと不安だ。トンさんの話に耳を傾けると,ベトナムのドイモイ政策の話をしている。「香港返還に際し中国が宣言した一国二制度を,ベトナムではずっと前から行っている。それがドイモイだ。」本当に自慢のようでもあり,マニュアルどおり言わされているようでもある。
 2時間以上は走ったろうか。バスは少し大きい街に入っていった。ミトーだ。船着き場の建物は路地の奥まったところにあった。駐車場の赤茶けた土にぞろぞろと降り立つ。蒸し風呂のような空気に濃密な魚のにおいがこもっている。駐車場の周辺は魚工場になっているらしい。建物の中でトンさんが船の手続きをしている。メコンデルタの島巡りツアーをここでやってるようだ。安くタイアップしてツアーを組み立てているのだろう。僕らはトンさんの後について,船に乗り込む。ほかのツアーの団体も数組いる。隅田川の水上バスよりも小ぶりの平たい木造船で,甲板にベンチが並びビニールシートの屋根がそれを覆っている。
 轟音をたてて出発すると,広大無辺の青空の底,視界いっぱいに赤茶けたメコン川が広がる。対岸の緑濃い森は遙か遠くにかすんでいる。爽やかな川風を額に受け,陽光が川面で煌めくのを見渡すと,体の底の方から喜びに似た感情が沸き上がるのを抑えられない。3人で顔を見合わせ感動の言葉を言い交わした。川には大小の島々が点在し,魔除けの大きな目を舳先に描いた漁船や,一人で櫓を操る小舟など,たくさんの船が行き交っている。

 トンさんが船尾を指して何か言ったので注目すると,椰子の実が積まれている。椰子の実ジュースをうるらしい。僕らもまあ経験だからと一つ注文すると,側の男が鉈で端を削ってストローを刺してくれた。3人で飲むのでストロー3本つけてくれと言うと,本当に渋々という感じで差してくれた。「きっと椰子の実よりストローの方が高いんだぜ」とMちゃん。
 二人は一口飲んで,もういらねえ,とずっしり重い実を僕に渡した。初めて飲んだが,生ぬるくてちょっと生臭くて,僕も結構。でも残しちゃ鉄の胃の名折れだとチュウチュウすったけれど,驚くほどたっぷり入っていて,諦めた。
 船は支流に入っていく。川幅は隅田川ぐらいか。そこに数十隻の船の群が見えてきた。水上市場らしい。我々の船はそれに近づいて停泊した。数隻の大型漁船の周りにたくさんの小舟が群がっており,それぞれが満載した魚とか野菜果物とか雑多なものをやりとりしている。ここまでは聞こえないが,みんな大声を出しているようだ。手こぎの小舟で近づいていくおばさんの積み荷で,魚が飛び跳ね,銀色の鱗が一瞬光った。
 船が動き出した。本流へと引き返す。支流の沿岸は水上に張り出した木造の小屋が並んでいる。あの中でどんな暮らしが営まれているのだろう。
 しばらくすると大きな島がいくつか見えてきた。そのうちの一つの側を通ると,カラフルな建物が緑濃い森陰に見え隠れしている。遊園地か何かだろうかと首をひねる。だが,いくつもある塔や建物は若干,ガウディが入ってるかなという気がするものの,もっとプリミティブな異様さがあり,何だかおかしい。トンさんの説明によると、今世紀初頭から最近まで存続したヤシ教団という新興宗教の施設だという。今は廃墟になっているらしい。
 船はタイソン島に着く。船着き場からすぐのところに広い板敷きの東屋があり,テーブルが並んでいる。そこで昼食だという。朝8時に出てもう昼だ。7ドルというツアー料金だから食事は自腹かと思っていたら,セットらしい。ただし飲み物は別で,僕らはビールにする。皿一杯のライスの上にケチャップで煮染めたような味付け肉が2,3枚乗っている。食べてみると,豚肉だ。ちょっと固いがほんの少しかじっただけで豚本来の滋味がわーっと広がる。地鶏ならぬ地豚の味とでもいおうか。ただライスは日本人にとってはぼそぼそしてるし,豚の味付けもくどくて,おいしいとはいえない。Nさん,Mちゃんは半分ぐらい残し,僕が全部平らげるのをあきれ顔で見てる。
 乗船まで時間があるので,裏手に回ってぶらぶらする。一画で別のツアーが食事している。見るとそれぞれのテーブルに平たい魚を串刺しにしたものが立っている。エレファントフィッシュ,象耳魚といって,大しておいしいものではないがこの辺の名物である,というのは後で知ったこと。ははーん40$のツアーとの違いはこういうことか。あとは船から落ちたときなどのための保険も付いているらしい。ということは我々は保険なしか。
 裏手はフルーツ農園らしい。太陽は容赦なく照りつけ,それが木漏れ日となって乾いた地面を突き刺している。チャボが数羽足下で鳴いている。あちらで黒犬がこちらをうかがっている。静かだ。なぜ僕はここにいるのだろう。
 農園の隅に原色で彩られたモニュメントがいくつかかたまってあり,それぞれ鉄柵で囲まれている。近づいてみるとどうやらお墓らしい。棺桶を二周り大きくしたような石が台座の上に横たわり,その上に墓標のようなものが立っており,赤や水色などで鮮やかに色づけされている。ベトナムは日本と同じ大乗仏教の国であるが,色彩センスはタイなど上座部仏教の国に近いのか。とはいえ日本の仏像も建立当時は極彩色であったというから,インド紀元である仏教のイメージは現在の我々が考えているような辛気くさいものではなかったのかも知れない。でも、土着の習慣の影響もあろうし,先ほど見た新興宗教かも知れないし,そもそもこれがお墓かどうかだって確実ではないので,何とも言えない。
 ビールのせいでトイレに行きたくなった。長屋のような小屋があり,そこを指してトイレの表示板がある。いくつか並んだドアの一つをあけると,便器はなく,コンクリートの風呂場のような部屋だ。一画には浴槽のような,それにしては人間が入るのはちょっとつらい大きさの水溜があり,手桶がおいてある。どうしたらいいかわからないので,隅の排水溝で用を足し,水を流しておいた。先に済ませたNさんに聞くと,そんなことはない,普通のトイレだったという。うそっ,と引き返して別のドアを開けると確かに普通のトイレがあった。してみるとあれはシャワールームのようなものだったのだろうか。心の中でベトナム人民に謝罪する。
 まだ時間があるので,今度は川沿いの小道を歩いてみる。川に張り出した木造家屋が並び,その中で親子が自分より大きな椰子の葉を器用に編んでいた。道を挟んで向かい側には石造りのおしゃれな小屋が並んでいる。道側を開け放っており,タイル張りの床に意外に優雅な調度が並んでいる。ここで食事でもしたら気持ちいいだろうな。どうも川沿いの作業所とセットのようだ。
 乗船時間になりトンさんが始めたガイドによると,近年ボートピープルが避難国から戻ってきて住み着いているらしい。逃げた方が金持ちになったというのはある意味で皮肉だ。でもメコンの豊穣を忘れられないのは何となくわかる。
 我々は先ほどの半分ぐらいの大きさの船に乗り換え,次の目的地に向かうようだ。