ふと気がつくとかなり日が傾いている。
ガイドブックで検討して,ベトナム料理で夕食を取ることにした。
二人は短パンに履き替えた。ベトナム人には見えないが日本人にも見えない。
外へ出ると相変わらずの太陽と熱風だ。これがもはや快感になってきている。バイクの群を横目に店のあるあたりにを目指して歩く。
途中,統一会堂が近いので行ってみる。ここは南ベトナム時代の大統領官邸で,ベトナム戦争終結期に解放軍が無血入城した象徴的な場所としても有名らしい。
広大な敷地を高い塀が囲い,正門の鉄格子越しに官邸が見える。ちょっと入ってみるかと近づくと,門番らしき男が今日は終わりだ,と叫んだ。時計を見ると確かにもう5時過ぎだ。でも庭の中で散歩している人や,自転車に乗っている人が散見される。関係者かな。まあ,特に興味はないので,道々決めた店へと向かう。
塀で囲まれた一画の隙間から,ちらっと大砲らしきものが見えた。覗くと戦車ではないか。そのほか様々な兵器や弾丸が雑然と並べてある。地図を見ると戦争博物館とある。もう閉まっている。ベトナム戦争ばかりが印象にあるが,その後もカンボジアや中国とも紛争を行ってきた国だ。それぞれの事情それぞれの言い分があるのだろう。ここでそのことを考えるつもりはない。ときどき立っている公安らしき者を見てもそう思うが,ドイモイがもたらす明るく活気ある街並みや人々の暮らしに,ぽっかり空いたクレパスのような,外部の者には伺い知れない深部が存在するだろうことは忘れてはいけない。それは日本だって同じだろうと思う。ここでは一人のぼんやりした観光客でいたい。
僕らが決めたのは,焼きガニが名物のゴック・スーンというわりと高級なベトナム料理店だ。入り口には民族衣装の青いアオザイをきた女の子が数人いて,そのうちの一人が席に案内してくれた。笑顔がかわいい。ショーもあるらしく。ステージのすぐ下の特等席だ。ベトナムの代表的ビールである333ビールと,焼きガニを中心に適当に頼む。店員もフレンドリーだ。店内は広く,百席以上はあるだろうか。半分ぐらいの入りだ。いかにも金持ちの中国人らしき大家族が,大騒ぎしながら宴会をしていたりする。マリンイメージで統一され,ステージの背後は半屋外となっていて大きなクルーザーを模した飾り付けがなされている。
暮れゆく空からの微風を受けて僕らは料理に挑み始めた。焼きガニは大きなワタリガニをぶつ切りにしたもので,塩をつけて食べる。醤油が欲しいなということで,ベトナムの醤油,ニョクマムをもらうこととする。タイのナンプラーと同じ魚醤だが全然魚臭くはない。ウェイターにヌックマムとか色々発音してみるが,どうも要領を得ない。仲間と相談して,これ?と持ってきたのはビン入りのニョクマムだった。OKを出すと,うれしそうに微笑んだ。
1時間以上かけて料理を平らげた。すっかり陽が落ちている。ステージはまだ始まりそうもないので,出ることにする。入口の外で記念写真を撮る。席に案内してくれた娘に一緒に写ってくれと頼むとはにかみながらもOKしてくれる。
夜道をホテルまで歩く。暗くなってもバイクの数は減らない。というかさらに増えている。後でわかったことだが。夕涼みのため目的もなく走り回っているらしい。アオザイをなびかせながら男の背にしがみついているカップルも見かける。バイクで流して客を物色するホンダガールもいるらしい。ホンダガール多発地帯という荘厳な造りの中央郵便局のまえのロータリーに行ってみる。とにかくぐるぐる回っている。周辺には若者男女がそこかしこにタムロしている。このまま日本に持ってくれば暴走族の大集会のようだ。ただほとんどがカブなので排気音は蜂の群のようだし,第一健康的だ。ただただヒマに任せて走り回っている。あれはホンダガールっぽいな,とか3人でしばらく眺める。全然飽きない。
ホテルへの途中、塀で囲まれた大きな公園の門に若者たちがたむろしている。
近づくと、みんなチケットを出して公園内に入場している。何をやってるのかは分からない。近づくともぎりの兄ちゃんがチケットはないのかという顔をする。首を振ると、まあ仕方がない、入れ、という身振りをする。
門をくぐって中にはいると、暗い公園の所々に明かりがついてホットドッグのスタンドなどがある。地元の若者だらけだ。言ってみれば夜の学園祭のような雰囲気か。
奥の方にステージがあって、ロックバンドの演奏にジャズダンスのようなものを踊っている。
よく分からないまま反対の門から外に出る。いったい何だったんだ。
雑貨屋を見つけアイスキャンディーを買う。ミネラルウォーターも仕込む。路上でもミネラルウォーターはよく売られているが,単に普通の水を詰めて売る奴もいるとのことで,手を出せない。お腹を壊すことだけは気を付けなくては。ガラスケースの中に外国製のお菓子などが大事に収まっている。Nさんがナビスコのリッツを買おうという。大好物らしい。トータルで7万ドン。7百円ぐらいだ。レシートを見ると,このうちリッツが4万ドンもすることがわかり,Nさんは顰蹙を買う。
アイスを食べながら,ホテルに戻る。
夜はすっかり更けてきたが、南国の夜はまだ終わらない。雑多な店には明かりが煌々とともり、道行く人もバイクも未だに絶えない。
明日は7時に起きなくてはならない。
濃い一日が終わる。二人のいびきを聞きながら,僕は窓辺でひとりウィスキーをなめる。眼下には相変わらずバイクのヘッドライトが絶え間なく流れている。