ホテルはサイゴンでも最高級のクラスであり,部屋は表通りに面した中層階だ。ベッドはツインとエクストラベッドだ。高級ホテルだけあって、エクストラベッドも立派なものだが、公平を期して3泊それぞれローテーションで使うことにする。クーラーが利いて快適だ。窓から見下ろすと,通りを挟んで食堂,バイク屋などが並びその前で客待ちのシクロや何をしているんだかわからない男たちがいすを引っぱり出してタムロしている。ごちゃごちゃした家並みの背後には鬱蒼とした緑の丘が真昼の日差しを照り返して広がっている。
 荷物をほどき,今後の予定を見当しようとして,あることに気がついた。
 ベトナムのガイドブックが1冊見あたらないのだ。それも2冊あったうち,「コッチの方がいい本だなあ」と言っていた方がない。
 「最後に読んだのは誰だっけ」と思い出しながら各自荷物を引っかき回す。
 「ごめん。僕かも知れない。」
と最初に頭を下げたのは,何を隠そう僕だった。
 成田からの飛行機でウトウトしながら流し読みし,前座席の背のポケットに入れた覚えがある。
 入れた覚えはあるけれど,出した覚えはない。
 大ひんしゅくを買いながらも,もう1冊あるからまあいいじゃん,と説得し許してもらった。
 早速外へ繰り出すこととする。
 ホテルを出ると,いきなり熱風が体を包む。今は乾期で過ごしやすいと言うが,それでも35度は優に超えているだろう。つい昨日,広尾で冷たい雨に濡れていたのが遠い昔の思い出のようだ。
 ここサイゴンにいられるのは今日を含めて3日間だ。だが特に有名な遺跡や観光名所があるわけでもない。そこで,とりあえず明日,近郊へのバスツアーに参加することに決めた。
 サイゴン近郊の主なツアーはメコンデルタ周遊とクチトンネル見学だ。ベトナム南端部近くに位置するサイゴンからちょっと南下すると,そこは数億の人々を養える豊かなメコンデルタ地帯が広がっているらしい。また,クチはベトナム戦争当時解放軍がゲリラ戦に駆使した長大な地下トンネルの跡があるという。両方ともほぼ1日がかりのバスツアーとなる。
 まずはツアーを主催しているシンカフェという喫茶店に歩いていく。ホテルからそう遠くないファングラーオ通りにある。バックパッカーのたまり場で安宿も沢山ある通りだという。
 僕らが直面した第一の問題は道を横断できないことだ。信号付き横断歩道はほとんどないので,バイクの切れ目をねらって渡らなくてはいけないが,いつまで待っても全然流れがとぎれる気配がないのだ。バイクは蚊の群のようにブンブン飛ばしている。現地の人が渡るのを見てみると,ほんのちょっとの隙を見てとりあえず車道に突っ込んでいき,あとは流れを泳ぐように渡っていく。バイク側もクラクションをビービー言わせながらも器用に人を避けていく。なるほど。僕らも勇気を出して車道に飛び込んだ。いったん車道にはいるとそれぞれのバイクの動きが意外に良くわかり,ドキドキしながらも何とか泳ぎ切ることが出来た。この横断術はだんだん旨くなっていき,帰る頃には殆ど無意識で横断して逆にぶつかりそうになるぐらいになった。何はともあれ,"サイゴンの歩き方"の基本技術である。
 道々話すと,Nさんはクチトンネルの方に興味があるらしい。僕は暗い閉鎖空間が映画館でさえ息苦しいので遠慮したい。一番望ましくない死に方は青函トンネルで事故にあって生き埋め,というのが僕の一貫した主張だ。もうひとつは,本音を言えば,ベトナム戦争を今真剣に考えさせられるのは,ちょっと重たいな,ということもあった。広島で原爆記念館に行く,グアムで旧日本軍の爪痕を見る,ミュンヘンからダッハウの収容所を見に行く,実際に現場へ行って真剣に戦争や人間について考えるのは大事なことだというのは十分理解しているが,今はそういう気分ではないし,だからといって,そういう問題をないがしろにしていることにはならない。でも好奇心はあるし,成り行きによってはもちろん見てみたい。
 Mちゃんはどっちでもいいとオットリ刀だ。協議の結果明日はメコンデルタに行き,様子を見て,体力があれば翌日クチトンネルにも行くことにする。
 安宿街のファングーラオ通り周辺、シンカフェのあるデタム通りはまさにアジア的雑踏で,バイクやしつこい物売りの子供たち,ベトナム独特の菅笠(ノン)をかぶったオバサン,ひたすら道ばたで群れている男たち,それに雑多な国の観光客が入り乱れている。両側に建ち並ぶ店は間口が狭く,デザインの統一も何もあったものじゃないという建物や看板を,脳天を押しつぶすほど強烈な太陽が焼き尽くしている。ただ,文字が殆どローマ字表記のためか,過去のフランス統治の影響か,どこかしら洗練された雰囲気も感じる。ベトナムは中国語文化圏であるが,言語表記をローマ字にしたため,勤勉な国民性と相まって識字率が非常に高いという。確か8割を超えると何かで読んだ。
 シンカフェのオープンカフェをすり抜け,ほの暗い内部に入っていくと,カウンターがあって,そこがツアーの申込書になっていた。壁に貼ってあるツアーの案内写真を眺めていると,店員が寄ってきて,英語で話しかけてきた。早速メコンデルタツアーに申し込む。一人7$だ。同じようなツアーがベトナム観光という小ぎれいな旅行者では40$である,とガイドブックには書いてある。この違いは何なのだろう,と若干不安を抱きながらも手続きをする。粗末なチケットを渡され,明朝7時にここへ来いとのこと。
 外へ出ると相変わらず日差しが眩しい。ちょうど午後の入りでおなかが空いてきたので,付近で食べることにする。物色しながらちょっと歩くと,もうダメだ。汗でベチョベチョになるし頭はクラクラする。結局シンカフェからほど近い,こざっぱりした店構えのインド料理屋に入る。ベトナムでインド料理というのも何だかなー,と言う意見も出たが,いきなり屋台の地元料理というのは,今朝着いたばかりの上この暑さ,ちょっとハードすぎる。
 店内は黄色を基調とし,テーブルが数卓あるだけのこぢんまりとした雰囲気で,冷房はないが天井ではファンがゆっくり回っており,日差しを避けられるだけでも有り難い。客は僕らだけだ。奥にはいかにもインド系の主人が見え,イタリア系っぽい奥さんがメニューを持ってやってくる。
 それぞれカレーやベトナム風チキンなどを注文し,ぬるいベトナムビールを飲みながら待つ。
 そこへ,かわいい女の子が勝手に店内に入り込んできた。我々のテーブルに近づいて,いっぱいぶら下げた絵はがきを指さす。買えと言うことだろう。かわいそうだが追い払う。以前ミュンヘンで愛らしいジプシーの女の子が突然1マルクと言いながら寄ってきたのを思い出す。純粋なまなざしで「ママがどうのこうの」とか言いながら哀願するのに負けて渡したら,ピューっと走り去り,元締めらしき男に渡していた。どうもこういうのには弱い。
 料理はそこそこおいしかった。しばらく雑談しているうち,Mちゃんがトイレに立つ。奥さんに聞いて,どうやら店の裏に出ていった。
 戻ってテーブルに座るや,無精ひげの顔に何ともいえない半笑いを浮かべ,
「すげえぜ。ちょっと行ってみなよ。」
どうしたのかと思って,そんなひどいトイレだった,とか聞いても,まあ行ってみな,との一点張りである。Nさんが行き,入れ替わりに僕が行った。
 店の奥に行くとドアがある。店内にキッチンがないので,中にトイレなど一緒にあるのかなと,ドアを開けた。するとそこはいきなり狭い中庭になっていて,地べたに座った数人の地元男女が汚い洗面器のようなもので野菜を洗ったり,調理らしきことをしているではないか。驚いて見回すと,一画に板の目隠しがあり,の下から便器が見えた。べちゃべちゃと湿った床を歩いて無表情の彼らの脇をすり抜け,トイレにたどり着く。
 席に戻ると「見ただろう。すごかっただろう。」と,いきなりのアジア的情景に興奮している。この小ぎれいなレストランの舞台裏があんな風になっていたとはね。
 Nさんや僕は平気だが,Mちゃんは外見に似合わず繊細なところがあり,ショックが大きかったらしい。「あんなところで作ってると思ったら具合悪くなってきた。見なきゃ良かった」と嘆いている。
 外に出ると,真夏にカシミアのコートを着ているような熱気でクラッとする。しかもこのコートは脱げないのだ。
 とりあえず明日の手配は終わったので、今度は市場へ行ってみることにした。Mちゃんがサンダルで歩きたいと言い出したからだ。
 再開発を予定しているブロックの工事フェンス沿いに歩いていくと,シクロの兄ちゃんから盛んに声をかけられる。
 シクロというのは人力車を自転車で引いているようなもので,バイクがはびこる前は街の主要交通だったらしい。しかし今では殆ど観光客目当てで,トラブルが絶えないという。乗る前に行き先を行って料金交渉するシステムだが,降りるときになって違う額を主張したり,移動中勝手にペラペラしゃべってあとでガイド料を請求したり,裏道に連れ込んで仲間を集めて脅したり,あの手この手で稼ごうとするらしい。そのせいか大部分のシクロは道ばたで暇そうに客をねらっている。残りは昼寝している。Nさんがあとで乗ってみたらしいが,やはり降りるときになってふっかけられ,口論の末約束の金だけ払って降りたと言っていた。
 観光客然として道を歩くと必ずと言っていいほどシクロがすり寄ってきてなかなか離れない。いくら無視して歩いてもずーっとついてくる。
 何とか振り切ってペンタイン市場に着く。この市場は時計塔がついた巨大な倉庫のような建物で,コンクリート打ちっ放しの内部は薄暗く雑然とひ人が行き交っている。正面の入り口から裏口までは一本のわりと広い通路になっていて店員や訳の分からない人がイスを持ち出してタムロしている。そこから人がやっとすれ違えるぐらいの通り道が迷路のように枝分かれし,無数の店が足下から見上げるほどの高さまでびっしり商品を並べている。Tシャツ屋,靴屋,パンツ屋,生地屋,八百屋,肉屋,薬屋,食堂,時計屋,陶器屋,雑貨屋etc…。ひととおり歩いてみる。Nさんが関西人らしくTシャツを値切ってみる。全然まけない。論外という顔をしている。値札通りなのか。Mちゃんがサンダルを物色する。Nさんも買おうかなと言っている。僕は彼らと離れ市場内を探検することにした。ひとりで歩くと,とたんに子供が次から次と寄ってきて,自分の店にいいのがあるから来いと袖を引く。客引きをやらされているのだろう。適当にあしらっていたが,中央の通りで30前後のぽっちゃりとした女が英語で時計買わないかと寄ってきた。いらないと言ってもしつこく後を着いてくる。裏口からいったん外に抜けて振り切り,たばこでも吸おう。出ようとすると今度は女がいらないか,と言ってくる。げ,こいつポン引きまでやってるのか。ノー。外に出てたばこを吸い出しても,しつこく女,女とうるさい。無視していると,ついにあきらめたのか,ちょっとの間黙った。と思ったら僕の腕をさすりさすりして,お兄さんいい体してるね,ときた。こんどは何だ。お兄さん仕事する気ない。へ?仕事?肉体労働かなんかだろうか。あきれて黙っていると,謎の微笑みを残してようやく去っていった。
 市場内に戻ると,2人がどうやら買うものを決めたようだ。ドル表示で12$。迷っていると店のおばちゃんがメモ用紙とペンを取りだした。Nさんとおばちゃんの何回かのやりとりの末,7$になる。Mちゃんは,これを日本で買ったら千円以上はするぜ,と納得して購入。でもここはベトナムだ。これがいかに高い買い物だったかを数分後に思い知ることになる。考えてみれば今日申し込んだメコンデルタツアーも7$だったことに,まだ着いたばかりでベトナム感覚になっていないため,だれも気がつかなかった。僕は今回の旅はあまりお金がないのでパス。
 市場の周りは露天の店や買い物客,自転車などでごった返している。そこをかき分けて抜け出し,やっぱりサンダルは気持ちいいなとか言いながらホテルに戻ろうと歩いていると,Mちゃんのサンダルのベルトがはずれた。見ると,金具が伸びきっている。ひでえな,と嘆きながらもまあいいや,とあきらめかけるMちゃんの尻をたたいて,市場へとって返す。買ったばかりで不良品なんだからきちんと文句を言うべきだ。先ほどのおばちゃんを見つけ,サンダルを突き出すと,難しい顔をしていたが,わかったという仕草をして奥へ引っ込んだ。当然新品と交換だろう。と待っていると,戻ったおばちゃんの手にはペンチがあり,金具を直し始めた。僕らはずっこけた。でも,ものを大事にするという感覚なんだろうか。もの余りの日本社会を反省するべきなんだろうか。結構直すのが難しいらしく,どっからか涌いてきた爺さんがその作業を引き継ぎ,どうだ完璧に直ったろうと得意顔で修理か所をMちゃんに見せた。
ホテルに戻ることとする。裏道を通ると道ばたでタムロしている連中に鋭い目でチェックされている。こういうときは決してオドオドしてはいけない。僕の気合いがどのぐらいかというと,以前一人で東京出張したとき,夕食を求めて夜の池袋を派手ピカのシャツで歩いていたら,繁華街に立つ客引きの兄ちゃんたちが皆僕に会釈をしたぐらいだ。ジツは内心かなり焦って結局他地区へ逃げたけれど,よく似たその筋関係者でもいたのだろうか。

 ひとまずホテルに戻る。部屋に入ると,快適な冷房で生き返る。体力的と言うより精神的に疲れている。いきなり刺激が飛び込んできて頭がまだ順応していないのだろう。ふんだんにお湯が出るシャワーを浴びてさっぱりする。これが,冷房もなく,ろくにシャワーも浴びれない安宿だったらと想像して,幸せをかみしめる。
 ヨーロッパでは数千円も払えばこざっぱりとしたアットホームなホテルに泊まれるので,アジアのフリー旅行といっても,そのくらいのクラスにするものだと思っていた。Nさんが最高級ホテルにこだわるのは,単にホテル好きだからだと思って付き合った。もちろんバックバックをしょって1泊千円するかしないかの汚いドミトリーなんて,沢木耕太郎や猿岩石ような旅はもうごめんだ。金をケチって長期旅行する貧乏学生じゃあるまいし。
 でも,そんな最高級ホテルにしなくても,と思っていたが,この時初めてNさんの言っていたことが実感できた。一つはヨーロッパの1つか2つ星のようなのホテルが少ないこと,もう一つはやはり何から何まで快適な再高級ホテルが現地相場のせいで安いことだ。このニューワールドホテルで1万数千円だから3人で割ればたかが5千円ぐらいで天国に行けるのだから。たしかに,アメリカンスタイルのこうしたホテルは全世界似たり寄ったりの施設とサービスだ。でも,もはやどこから見ても疲れた中年の我々には,下手なところに泊まったせいでぐったりするよりも,かえって街に繰り出す鋭気が養われ,アリな方法だと思った。
 そんなことを言って絶賛すると,N氏は「だから言っただろう」と手柄顔だ。
 こちらの習慣に従ってみんなで昼寝をする。強烈な南の国で,冷房の利いたホテルのふかふかベッドに沈み込むのがこれほど気持ちがいいとは。これだけでも来た価値があった。