9月1日(水)
朝6時前。
台北の街も流石に眠りから覚めていない。
陰気なホテルをチェックアウトした僕は、荷物をガラガラ引っ張り、空港行きバス乗り場へ歩く。
コンビニで買った甘い烏龍茶を啜りながら、人気のないバス停で待つ。
空が青黒い。今日も暑くなりそうだ。
そのうち、チラホラとバス待ちの人が現れ始め、車の交通量も増えてきた。いつもの一日が始まろうとしている。

6時半、空港行きのリムジンバスが現れ、乗り込む。いくつかの停留所を回った後、高速に乗り一気に市内を離れる。
ぼんやり車窓を眺めるうち空港に到着した。他の乗客と共に降り、チェックインのためカウンターを探す。あれ、エバー航空のがないぞ。
焦って見回すと、どうやら、ここは第1ターミナルで、わがエバー空港は第2の方らしい。どうやって行くんだ。
あ、スカイトレインてので行けるようだ。ほっとして乗り場に急ぎ、無人のリニア新交通で第2ターミナルへ。
チェックインを済ませると、急にお腹が空いてきた。ホテルには朝食クーポンが付いていたが、レストランが7時からなので使用できなかった。まだ何も食べてない。
財布を確かめると所持金残は102元。なかなか巧く使ったな。
これで何か食べようと、少し歩き回ってチェックするが、一番安い麺類でも120元する。やはり夜市とは違う。
くそー、おなかが空いて、機内食まで持ちそうもない。
ターミナルの端から端まで根性で探し、ようやくウーロン茶とドーナツ合わせて95元で食べられる店を発見。ホッとしてカウンターに座り、かぶりつく。
残り7元。お見事。
気が付くと、殆ど第一ターミナルの近くだ。連絡通路を先ほど新交通に乗った分歩いてしまった。
ついでに家人から指定された化粧品関係を免税ショップでクレジット購入。なんと肉まん3百個以上買えるよ。今回の全食事代より高いよ。
故宮博物院のコーナーがあって、レプリカ作品の展示もしており、ミュージアムショップもある。改修中の博物院より余程充実していた。改めて次回のリベンジを誓う。
海外旅行というと、辺境の地札幌からは、普通千歳空港に行って成田などに飛び、そこで改めて国際線に乗らなくてはいけない。それぞれの手続きや待ち時間などが加算されて、だから移動だけで必ず最低一日は潰れるようなイメージを持ってきた。
今回初めて千歳からの直行便に乗ってみると、行きは台風待ちとか乗り継ぎとかあって、あまり感じなかったが、帰国便ではそのメリットは歴然だった。
直行便は千歳空港の免税店のショボさを補って余りある。
逆に東京圏、関西圏はやはり有利なんだなと思った。
帰国便が飛び立った。
窓から見える台湾の景色を見送る。
これで、随分近しい国になった。
機内食を噛みしめながら、ブロイラーとかエコノミークラス症候群とかいう言葉も噛みしめる。
早起きしたので眠い。ワインを飲んで一眠りする。
すると、もう千歳空港だ。

空港から電車に乗って30分で最寄り駅に降りる。
荷物をガラガラ引っ張って自宅まで歩く。
良く晴れている。まだほんの昼過ぎだ。
何となく台北から瞬間移動して呆然とここを歩いているような気分だ。
旅の終わりの物憂さ。
台北のホテルでダラッとしながらNさんと話したことを思い出す。
今度はどこへ行こうか、って。
Nさんお薦めのネパールはテロでだめ。スリランカも情勢良くないし、タイでも騒ぎがあったと聞く。
シリアなんてとてもいい国だと言うが、中東は今かなりまずい。インドあたりはどうなのかな。
台湾だって微妙な問題を抱えていることは、知っている。
だんだん気軽に旅行も行けない、不安な世の中になっていくのだろうか。
でも、だからこそ今のうちにうんと旅をしたほうがいいとも思う。
ともあれ、少なくとも僕は旅に出ようという気持ちだけは持ち続けていたいんだ。
たとえ、仕事とか色々な事情に縛られて実際の旅には行けなくても、
空を眺めて、どこかに行きたい、と願うことこそが、僕の旅だ。
精神が自由に羽ばたけば、どこにだって行ける。
気持ちを閉ざして部屋に引き籠もるのも時には必要かも知れない。
世界に目をつぶって日本の安寧に身を任すのは確かに心地良いことだろう。
でも、心の窓を開けてちょっと顔を出してごらん。
そこに吹いている風を胸に吸ってごらん。
ほら、もう君は一人の旅人さ。
良い香りがするだろう。
家の前で空を見上げると、もう秋だなと思う。そんな匂いがする。空も高い。
台北では今ごろ強烈な日射しが降り注いでいるのだろう。
日に焼けて赤くなった腕を無意識に掻いているのに気が付く。
一つの旅が終わった。
僕は決然と玄関のドアを引いた。

