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8月31日(火)

目覚めると、既にNさんの姿はなかった。今頃はもうタコ焼き文化圏へ向けて空を飛んでいるはずだ。
あーせいせいした。と、思ってみたけれど、やっぱりちょっと寂しい。

チェックアウトして朝の街に出ると、今日はまた、すごい暑さだ。
荷物をガラガラ引っ張って駅まで行く。
来たときの台風は誰のせいか、雨男は誰かと、Nさんと非難し合ったのを思い出す。Nさんが帰ったとたん、この強烈な日射し。へへへ。
いかんいかん、どうもまだNさんが一緒に歩いている感覚が抜けない。一人旅モードに切り替えよう。

通勤ラッシュの駅で、コインロッカーを探し当て、荷物を全て突っ込む。ここのは暗証番号方式だ。20元。
身軽になって、さあ今日は台湾旅行のハイライトの一つ、故宮博物院だ。と意気込んだところで、ハッと気づく。
今年はたまたま台湾観光年で、その一環として旅行者には観光パスポート、まあ行ってみれば割引クーポン冊子、が配られる。僕らも高雄の空港でもらったことは前述の通りだ。内容は飲食店の割引券が殆どで、結局夜市中心だった我々には無用であった。しかし、このパスポートの最大の売りは、故宮博物院の入場券だ。何たってタダで入れるのだ。
その折角のパスポートをバッグに入れたままだったのだ。
泣く泣くコインロッカーを開けて取り出し、また20元入れて収納する。タダ券のありがたさがちょっと薄まったじゃないの。
実は取り出すときにも時間オーバーでさらに20元取られ、地団駄踏むことを、この時の僕はまだ知らない。

故宮博物院へはMRTで士林駅まで行って、そこからバスだ。
士林駅を降りて調べると、故宮まで行くバスは何本か路線があるようだ。
観光客がぞろぞろ並んでいるわけでもなく、地元の人たちが朝の光の中で暢気におしゃべりなどしているだけだ。バスは何台か到着したが、お目当ての路線番号のはなかなか現れない。
ようやくそれらしきバスが到着し、ままよ、と乗り込む。ガラガラだ。席に着いてから、そう言えば降りるバス停が分かるだろうか、料金は、と不安になる。やはり観光客にとって、バスは難しいな。
すると、いかーにも日本人観光客然とした若者が恐る恐る乗り込んできた。お、こいつも故宮に行くに違いない、と直感した。案の定「地球の歩き方」と外の景色を忙しく見比べながら、そわそわしている。
10分ほどすると、そいつは立ち上がって降りる準備を始めた。外を見ると、立派な門が見える。ははーん、ここだな。僕も彼の後について降りる。料金も表示されており、15元だった。市内一律料金のようだ。案ずるより産むが安し。

壮大な門の前に立つ。美術的な青空から遠慮なく太陽が照りつける。
アプローチの階段を上がろうとすると、工事中のようで、脇道から登らされる。
博物院の白い中華風の建物が濃い緑の中でコントラストを強めている。
観光客の姿は殆どない。
静かだ、と思ったとたん、蝉の声が風景を覆い尽くしていることに気が付いた。
入場タダ券を出し、メイン施設に入ってみる。




すると、あれ、なんと改修工事の真っ最中のようだぞ。展示室も工事用の壁で仕切られ、ごく一部しか使われていない。
1階から3階まで一通りじっくり見て回ったけれど、普通の美術館の展覧会ぐらいの規模だし、当然展示品も少なかった。
一日では回りきれないと覚悟してきたのに、2時間ぐらいで隅々まで見てしまった。
今回の旅の中で一番と言っていいほど楽しみにしていたのに、実に残念だ。
事前に東洋美術の予習までしていったのにさ。何も台湾観光年の年に改修しなくたっていいじゃないか。
それでも、殷、周代の青銅器や北宋、南宋の絵画、玉の細工など、エッセンスは感じ取れたから良しとしよう。また今度来るぞ。
ミュージアムショップでお土産を買い、別棟で展示されている清朝時代の玉細工、故宮名物のいわゆるバッタと角煮も見物し、切り上げることにした。








外に出ると、タクシーの運ちゃんの客引きに合う。結構しつこい。
「100元で中心部まで行くよ。ホテルどこ?」
バスで行くからいいよ、と断ると、
「バスいくら?15?電車いくら?25?全部で40元?変わらないねっ」
って随分変わるよ。2人以上なら乗るかもしれないが。
ただ、故宮前のタクシーは、変な土産物屋とかに連れて行かれるという噂もあるので、女の子の一人旅などは気を付けて欲しい。



バス停で待っていると、暑くてもう汗だくだ。今回の滞在中で一番の暑さだ。
台北駅まで一旦戻る。
暑くてちょっと動くだけで疲れるので、構内のマックで軽く昼食を済ませる。

ひとまずホテルにチェックインしてしまうことにし、歩くことにした。ホテルまでは普段なら何でもない距離だが、この暑さと、荷物をガラガラ引っ張っているので、果てしなく遠く感じる。今更タクシー勿体ないし、とひたすら歩いていると気が遠くなりそうだ。甘く見てた。
ようやくたどり着いたときにはシャツから汗がしたたり落ちるほどで、気持ちもぐっしょり濡れ鼠だった。

チェックインして、ベッドに荷物を投げ出す。
結構古いビジネスホテルだ。一応ダブルベッドだけど、必要最低限の施設って感じ。ドアの配置図を見ると、窓のない部屋もあるみたいだ。
一言で言うと”陰気”か。
Nさんが「シェラトンに比べたら、そんな安いトコきっと陰気なホテルに違いないで」と言っていた。
おっしゃるとおりだったよ。



まずシャワー。とにかくシャワー。
さっぱりして着替え、陰気な部屋にいてもしょうがないので、外出する。
占いで有名な行天宮まで歩いてみる。近代的なビル街の一画にあるその行天宮の境内に入ってみると、水色の服を着たおばあさんたちが各所に立っており、その前でビジネスマンやOLなど地元の人たちが行列を作っている。何かの厄払いか占いをしてもらっているらしい。
この広場を囲むようにお参りをしている人々もおり、すごい人数だ。
すぐ外の現代ビジネス街と隣り合わせで、こんな別世界が違和感なく繋がっている。それが台湾らしい。






ぶらぶらしながら、駅方面に戻ってみる。次第に日が傾いてくる。
高速道路のガード下に細長く連なる怪しげな建物を見つけた。ちょっと中を覗くと、半地下と半2階の2層構造になっている。狭い通路の両脇にぎっちり並んでいる店は、古本とか電子部品とか怪しげなDVD、ゲームなど、要するにオタク関連グッズ店の巣窟であった。そこを身動きが取れないほどの密度で、若干太り気味でTシャツ、ジーンズ、ショルダーバッグというオタク的ファッションの人たちが蠢いていた。
ここが有名な光華商場というスポットだと後でで知った。もっとじっくり見ておけば良かったけれど、なんだか雰囲気に気圧されて、押し出されるように外に出てしまった。



さらに少し歩くと、今度はまさに台北版秋葉原電脳街らしき通りに出た。日本でも馴染みの台湾ブランドが並んでいる。ここでも秋葉原あたりと同じ匂いを放つコアな人たちがびっちり歩き回っていた。ちらっと価格をチェックしてみたが、日本と比べて特別安いというわけでもなさそうだ。





そろそろ空も暗くなってきた。夕食はどうしようか。一人だし。
やっぱり夜市に行こう。士林は2日行ったから、今度は違う夜市に行ってみよう。
台北市内には最大の士林の他に、いくつも夜市があるのだ。ガイドブックを見て、一番近い寧夏路夜市(ニンシアルーイエシー)に行く。



こちらは士林に比べると規模は小さく、客もほとんど地元民のようだ。
まずは続々と客が訪れる人気の肉まん店で、挨拶代わりに10元まんじゅうを一個買う。これを食べ食べ、端まで一通り見て歩く。
軽く食事が出来る麺類の店などを探したが、なかなかピンと来る店がなかった。そんなにお腹も空いてないしな。
じゃあ、例のかき氷でも食べておくか、と探す。一軒だけあった店はトッピング5品で50元と割高。しかもこの暑いのに誰も食べてないし。
ここの夜市はもひとつかな。と勝手にダメ出し。



どうしようか、やっぱり士林に行こうかなと、夜市をはずれて歩いていると、「四神湯」と書いた店に人だかりがしているのが目に付いた。
たしか高雄の夜市でも人気店があったのを思い出した。何だろう四神湯って、とその時も思った。
ちょっと勇気を出して、試しに食べてみることにした。
店先で日本語も英語も全く通じないおばさんにまくし立てられながら、何とか注文する。
指差された店内のステンレスのカウンター席に座って待つ。何が出てくるんだろう。
ドッドッドッ(心臓の鼓動)

しばらくして目の前に置かれたのは、プラスティック製の器に入った白濁したスープだった。
レンゲでかき混ぜると、何か薄茶色でチュープ状のモノがどっさり入っている。うわ、何だこれ。気持ち悪っ。
たぶん何かの腸とかその他の内臓だろう。それと米のような穀物も沈んでいる。
恐る恐る一口啜ってみる。ん、何だ?
続いて変なチューブも囓ってみる。んー!
これはアアタ、絶品じゃないかー。
スープはしみじみとした滋味のある味わいで、腸の類もは柔らかくて、ブリッとしている。
最高。もう一気に残さず飲み干してしまった。
何度もTVや新聞にも取材されているらしく、壁一面に記事などが誇らしげに貼ってあった。それもうなずける。
大満足。




ホテルへ帰ろうとして、歩いていると、道を間違えて変な方角へ来ていることに、だいぶ経ってから気が付いた。
今日は夜になっても気温が全然下がらず、しかも眼鏡が曇るほどの湿度だ。
もうヘトヘトになって、ホテルの側まで来ると、「春水園」というオサレな店を発見。
メニューも何も表示されていないけれど、どうやら茶藝館のカジュアルバージョンぽい感じだ。
何か冷たい者でも飲みたいから、思い切って入ってみた。
示されたメニューからウーロン茶のアイスを注文。それでも120元もする。
店内はアンティークなインテリアで、椅子に畳を張っていたり、鳥かごのウグイスの鳴き声をマイクでひろってBGMにしていたり、高級感あふれる装いだ。
烏龍茶は、大降りのブランデーグラスにてんこ盛りになった烏龍茶のシャーベットだった。シャーベットは泡立てたようにふんわりしている。
汗だくの身体がサラサラになっていく。
何とも僕にふさわしい優雅な店だと思った。





店を出てすぐ、スーパ−マーケット兼おみやげ屋のようなところを見つけた。土地のスーパーは日本国内でさえ色んな発見があって面白い。
早速、探検。台湾土産と言えば、定番は烏龍茶などのお茶関係だろうが、いいものはやはりカナリ高い。あとのお菓子の類は、まあ中華街にでも売ってそうなもので、日本語が書いてあって鼻白んだりする。
迷った末、職場用に買っていったのは梅の砂糖漬けだ。綺麗な中華風包装紙にくるまれていたのが決め手だった。
後日談だが、皆に1個ずつ配った残りを誰も食べようとせず、1か月以上放置されて悲しかった。
僕も2個目は遠慮したけれど。

陰気なホテルに戻って、帰国準備を終える。
コンビニで買った台湾ビールで最後の夜に乾杯する。
カンパイ、とちっさく声に出してみる。

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