8月27日(金)
カーテンを開けると、おお、うっすらと陽が差しているではないか。台風一過ってやつか。まだ雲はあるけれど、明るい。
台風情報を事前に見ていたから覚悟してきた。だから雨は構わないが、やはり晴れていた方が気分はいい。
朝食はホテル前のドトールで簡便に取ることにした。
1階まで下りて外に出ようとしたとたん、いきなり雨が降り出した。やっぱりか。空は明るいのになあ。すごい土砂降りだ。
ドトールは通りをはさんだ向かいだから、雨の中を走って行く。
メニューは日本のものと微妙に違う。僕が頼んだサンドウィッチのパンにもよく分からない変な種がいっぱい付着していたり、飲茶のようなメニューもある。せっかくなので杏仁豆腐を食べてみる。フツーの味だった。
Nさんがトイレから戻ってきて手柄顔で聞く。
「和式トイレのこと英語でなんて言うか知ってる?」
答えは squatting 。確かにそんな格好だ。
Nさんは一人でいつまでも受けている。


予報を見ると今日一日あまり天気も良くなさそうだ。ざっと高雄市内を観光しつつノンビリすることにした。
ガイドブックを睨み、まず蓮池潭という人造湖に行ってみることにした。ここには龍虎塔という七重塔が二本並ぶ有名な場所があり、台湾の観光写真にもよく使われている。
小降りにはなったが、まだ雨は止まないので、タクシーで行く。
運ちゃんにガイドブックを見せると、行き先を納得したようだ。
街中を通り、鉄道を渡り、郊外の森を抜けると、湖に出た。観光地然としたお土産屋やケバイお寺が並ぶ一画にタクシーは止まった。
目的の七重塔ではなく、その隣にある五重塔の方だった。ガイドブックの小さな写真を見て、こちらだと思いこんだのだろう。まあ、同じようなものだし、こちらを見学することにする。
まず湖に突き出た桟橋を歩いて、先端の四阿に行ってみる。
平日のせいか観光客はいず、ひっそりしている。雨がそぼ降り、湖面を静かに打っている。
四阿には閑そうなおっさんと、地元の子供たちがいて釣りをしていた。看板に「釣りをするな」と書いてある。
ここから、五重塔や隣の七重塔が見渡せ、少し遠くには関羽らしき巨大な人物像が霞んでいる。みなコンクリートにペンキを塗ったようなチープな造りではあるが、キッチュで中国的なセンスが好ましい。
床に子供が乗って遊ぶ自動車や機関車のおもちゃが放置されている。子供達のはしゃぎ声が聞こえるようだ。
今は全て雨の静寂。
山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆふべもよろし
山頭火の句を思い浮かべてみる。




五重塔の前には竜と虎の巨大なハリボテがあり、中に入れるようになっている。
龍の口から入って虎の尻から出ると今までの悪行が全て帳消しにされるという。
間違って逆に回ると何かエライことになるらしい。
龍の体内に入ってみる。
壁一面に極彩色で絵が書いてある。それぞれ物語の場面のようだ。ところどころ寄進用の箱が置いてある。
無事虎の後部から外に出る。Nさんも悪行が洗い流されてさっぱりとした表情だ。
出口近くにある池を見ると、一面亀だらけ。これも皆が願をかけて寄進するらしい。絵馬のようなものか。
写真を撮ろうとすると、ドボドボ一斉に池に飛び込んだ。




せっかくなので本家の七重の塔の方へも行ってみる。
こちらの竜の入り口には番人のじいさんがいて、寄付をせざるを得ないような雰囲気だった。二〇元ほど寄進すると、ちゃちな絵はがきをくれた。
さらに悪行が帳消しとなってまっさらな心身となった僕らに、相変わらず雨が打ち付ける。




雨脚が次第に強くなってきたので、孔子廟など他の観光施設はパスすることにした。
タクシーを待つが、なかなか来ない。ビショ濡れになるころようやく一台捕まえる。
高雄駅でおりて、明日の台北行き自強号の切符を買う。
名刺大の切符の他に小さい券も渡される。何に使うのだろうか。
来年、高雄〜台北間は新幹線が開通するという。それまで自強号が最速の特急列車だ。
外に出ると雨少し小振りになっている。今は駅裏口にいるので、正面に回ってみることにする。
駅の自由通路は新幹線建設に合わせて改修中のようで、案内板に従い、入り組んだ迷路のような通路を通ってようやく跨線橋にたどり着く。
下りたところは昔の高雄駅だった。現在は何か記念の施設となっている。






暑いので茶でもしばくかと、近所を歩く。
茶芸館っぽいオシャレな店、安い露天の泡抹茶、クーラーの効いたコーヒーショップ、迷ったあげくどこにも入らなかった。
ブラブラするうち、昨日の六合夜市の場所に差し掛かる。何てことはない普通の道路だ。夜の姿が想像できない。




昼食はデパートの地下食堂に入ってみる。
安っぽいテーブル席の周りを色んな店が取り囲むカタチで、客は好きな店で注文した料理を持ってきて食べる。タイにもこの方式はあったし、日本でもショッピングセンターなどでおなじみのスタイルだ。
客層は地元の家族連れが多い。観光客は僕らぐらいだ。彼らの日常生活の一端が見られて面白い。
店は麺類や寿司、丼、など一般的なものだが、台湾らしいと思ったのは、鍋を食べている人が結構いたことだ。昼食で一人用の鍋をつついてる若い女の子って図は、日本じゃなかなか見られないだろう。
僕は、台湾名物牛肉麺を賞味してみた。うどんの上によく煮込んだ牛肉を乗せたもので。麺のもちもち感、スープの深さ、箸で崩れる肉の柔らかさ、味付け全て良し。うまー。
Nさんは日式ラーメンを頼む。大阪にもあるチェーン店だという。一口啜ってみて、鰹ダシの素をぶっこんだような味がするとウツムク。哀れ。



タクシーでいったんホテルに帰る。
例によってNさんは昼寝し、僕は快適なネットサーフィンで情報を集める。

夕食はホテル内の台湾素食にしてみる。
素食とは精進料理で、一切動物性蛋白質を使わず、肉や魚チーズといったものを、豆腐などの植物性の食材で本物そっくりにつくった料理だ。ネットで調べると中国南朝、梁の武帝蕭衍の時代に始まったとされる。
44階に降りて、「人道素食」というレストランに入る。
バイキング形式だ。
唐揚げ、鮭、刺身、チーズ、牛ステーキ、などなど全て模造品。鶏の唐揚げやチーズなど、味付けや歯触りといい、本物と全く区別付かないものもあった。でも明らかにこれは違うでしょう、というゼラチン状のマグロの刺身とかもある。
野菜や果物はそのまま。ケーキもおいしい。生クリームは何を使っているのだろう。天心も、果物もサラダもジュースもアイスも何でもあり。満喫。
でも、ここまで似せる執念というものは、動物蛋白への渇望、未練ととれなくもないなあ。哲学より実利優先の中国的発想だろうな。
一人680元というのは結構高い。客もそれほど多くない。高級店なのかも知れない。
台湾素食自体はポピュラーのようで、街を歩いているとあちこちに看板を見つけられる。






夜、今日は南華夜市というところに行ってみる。ここは衣料が中心。センスは商店街の寂れた衣料品店的。ただしものすごく安い。
女物の服や下着、靴などが中心なので写真を撮りずらい。
食物屋台も少ないがちらほらとはある。
夜市のはずれで猪血香腸(ソーセージ)を買い食い。猪の血って・・名前は不気味だが、単なる豚肉のウインナみたいなもの。小さいの四個付き20元。






夜風に当たり、ソーセージをハミハミしながら、そぞろ歩く。楽しい。
しかし油タップリで口の中もべとべとしてきた。味も濃くてのどが乾いてきた。売り子のおばあさんの様子を思い出すと、もしかしたらお腹壊すかも知れない、とじわじわ不安が押し寄せてきた。
さっぱりとしたお茶が飲みたい。全てを洗い流したい。
地元的食堂で、台湾名物「泡抹茶」を飲もうとしたら、Nさんが「きっと甘いで」と言い放つ。確かに抹茶ミルクみたいなものだったらいやだな。パス。
Nさんはコンビニでお茶買おう、と言う。
こちらのコンビニのペットボトル茶もほとんど砂糖入りだが、無糖のものも「日式」と表示された特殊品扱いで、売ってはいるのだ。
でもそれじゃあ安易だ。折角の台湾ナイトだし。
ああじゃこうじゃ(関西弁?)言いながら歩いているうちに、若者の街っぽい場所になった。ちょうど飲料専門のスタンドがある。メニューのボードを見ると百種類以上の飲み物が並んでいる。もちろんオール漢字。乾きを癒す系と分類されたグループにウーロン茶を発見。これこれ。これなら甘くないだろうし、正体も分かっている。中のオネーさんにボードを指さして注文する。10元。
オネーさんは注文を理解すると、紙コップを取り出し、いきなりスプーンで何かの液体をチャッと入れた。えっ?なにそれ?
続いて機械から氷をガーと落とし、ウーロン茶をざーっと注ぎ、蓋をしてストローを差してハイできあがり、持ってきな。
冷たくて、量もタップリ、喉はカラカラ。でも最初のチャって?
Nさんの差すように鋭い視線を受けながら、最初の一口・・・
甘ー!
がっくり。
やはり、チャッはシロップだった。
こちらではやっぱり甘いのが基本なのね。
Nさんは、ほれご覧、コンビニにしときって言ったのに、と手柄顔だ。
夜風が気持ちいい。ちょうどいい気温になった。ホテルまで歩いて帰ることにする。
途中の公園内にカフェがあった。入ってみる。Nさんはアイスコーヒーを買い、僕はまだ飲みきれない甘いウーロンを持って席に座る。
ライブでギター弾き語りをやっている。こちらも甘ーい声だ。年配の人や若いアベックなど皆思い思いに楽しんでいる。
隣の公園でもバンドのライブをやっていて、若者達が行儀良く聞いている。
今日は金曜日の夜か。それにしても夜遅くまで皆楽しそうだ。
こんな暮らし方ってアリかも知れないと思う。
ここの都市的利便性は日本と大差ない。コンビニもブティックもデパートもカフェも揃っている。
それに加えて、様々な日常的小売店や屋台、夜市。
生活の楽しみに溢れている。


ホテル近くの道にたくさんの夜店が並ぶ一画があった。昨日の六合夜市よりもにぎわってる。六合夜市は観光名所であり、札幌で言えばラーメン横町のようなものかもしれない。地元の人たちはむしろこういうところに来ているのだろう。
その外れにビンロウの店があった。
ビンロウ椰子を石灰と共に噛むのは東南アジア全般で行われている習慣だ。若干ハイな気分になり、習慣性もあるらしい。
これをクチャクチャしてると、唾液が真っ赤になる。それを辺り構わずはき出すので、道に血を吐いたような跡が点々と残り、また、ニッと笑うと口の中が真っ赤で不気味だ。
それで、街の美観や健康面から当局が抑制する傾向にある。
台湾ではさらに、このビンロウ屋台の売り子に色っぽい格好をさせたり、売春させたりと、悪いイメージがつきまとい、縮小傾向にあるようだ。しかし未だにあちこちでビンロウのスタンドを見かけた。
ビンロウ自体はそんなヤバイものではないと思われるので、一度話のタネに試してみたい。
この店の売り子は色気の全くないオバチャンだ。
店に売っているのは、最小で30個入り100元だという。30個も要らないし。2個でいい。
Nさんが10元札を見せて3個売ってくれと、言ってみる。言下に断られる。それでも諦めず、何度も哀願するNさん。
すると建物から悪そうなおっさんが出てきた。しつこいから追い返されるのかと思ったら、売り物の一つを開け、3個取り出して渡してくれた。
同情してタダで分けてくれたのだ。Nさんはそれでも10元を渡した。あとで聞くとそのおっさん、ちょっと目がイッてて、「イッツグッド」とニヤリと断言したそうだ。仲間意識か。

ホテルに戻るともう深夜だ。最後のスカッチでシミジミ乾杯。
そういえば、夜市ではアルコールは一切売っていなかった。治安とか何らかの理由で規制があるのだろう。
Nさんは既にベッドの中だ。たこ焼きの夢でも見ているのだろう。旅の疲れが出てくる頃か。
今日はビンロウを噛むのは止めておく。ちょっと怖いし。
旅のメモを書く。こうやってその日のうちに書いておかないと、後から写真を見たりしても、まるっきり思い出せなかったりするから。だって僕ってば昨日のことさえ忘れたりするんだぜ。やっぱ年かな。
旅行記を書くこともすっかり習慣になってしまった。勝手なことを書いて旅行を反芻するのは楽しいし、僕やNさんの老後の楽しみだ。だから、読み物としては冗長な部分も、記録の意味で敢えて削っていない。
言い訳はこのぐらいにしとくか。ははは。
さ、寝よ。

