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8月25日(水)

電話に起こされた。
不安気な声が寝ぼけた頭の遠くで響く。Nさんからだ。
何か飛行機がどうのと、言っている。そうだ今日から台湾旅行に行くんだ。え、何かあったのか。
よく聞くと、台湾行きの飛行機が台風の影響で2時間遅れとなっているという。
窓に目をやると青空だ。ここ札幌は強い朝の光が差している。思わず目を細める。台風って?
まだ何だか夢の中にいるようで、混乱する。

今回の台湾行き、Nさんとは飛行機会社も出発時刻も違う。僕のは午後4時千歳発、Nさんは午後1時関空発。台北空港で待ち合わせる予定だ。
事前に天気状況を確認すると、台風は来てるわ、現地の予報は雨続きだわで、旅行自体は楽しみだけれど、心配はしていた。
それが現実の物となっているらしい。Nさんと僕のどちらが雨男か、なんてこの際どうでもよろしい。関西地方が現在雨、札幌は快晴という事実だけを示すにとどめよう。

そんなことより、まず状況把握。
僕のキャリアは今回エバー航空だ。まず、インターネットで会社のサイトを見た。しかし最新情報は掲載されていない。電話をかけても自動応答の声がするばかり。
次の手段で、代理店のHISに営業開始の10時をやきもきしながら待って電話してみる。捕まえた。早速確認してもらう。
やはりNさんのエアーニッポンと同様、エバー航空も2時間遅れになったようだ。
ということは午後6時発になるのか。ポジティブに考えれば、その分のんびり出発準備ができるともいえる。
その後関空に到着したNさんの情報によると、どうやら台北を台風が直撃しており、どの会社も飛行機が戻って来れないようなのだ。

午後3時ごろ、おっとりと自宅を出て、最寄り駅まで荷物をガラガラ引っ張って歩く。雲一つない快晴とはこんな天気だ。台風に痛めつけられ台北空港に蹲っている飛行機の群れをイメージしてみる。日射しが眩しくて無理だ。



JRは30分ほどで千歳空港に滑り込む。そういえば千歳から国際線に乗るのは初めてだな。
ターミナルビルの一番はずれにカウンターがある。そこで早速チェックイン手続きをしようとすると、笑顔を貼り付けた地上勤務員から衝撃の事実が告げられた。
「申し訳ございませんが、出発時刻は現在午後9時となっております」
え?ってことはトータル5時間遅れかよ。
えー!どうしよう。

実は僕らは台北で待ち合わせた後、そのまま高雄まで飛行機を乗り継ぐことにしていたのだ。
台北での乗継時間は4時間弱だったから、オマエは既に間に合わない!ということになってしまう。
どうなるのか聞いてみると、台湾国内便は現在全て欠航しているという。
てことはどのみち乗り継ぎできないということか。
しかも翌日の便に変更するのか、代替バスを出すのか、アレンジは台北側で決めるため、こちらでは分からないとも言われる。
全てが宙ぶらりんだ。

何せ相手は台風だから文句も言えない。待つしかないか。
そんな気持ちを見透かしたように、1000円分のお食事券を渡される。
「天候が理由なので、本来は渡さないのですけど」
と恩着せがましく言われる。
こっちは単純だから、「ま許してやっか」という気持ちになる。御しやすいタイプ。

Nさんに連絡を取ってみる。
向こうは1時間毎に乗客への状況説明があるという。さすが日本の航空会社だ。
しかも、お食事券は2回、2千円分もらったという。あちらは昼前から待っているからとはいえ、この話を聞いたときはムッとした。

閑なので空港ビルウォッチング。
香港便は飛んでいるようで、国際線カウンターまわりでは、電気製品と思われる段ボールを山のようにカートに乗せたホンコンガーの団体さんが、行列を作っている。
インターネットコーナーでしばらく遊ぶ。お見送りのメールなどに「まだ千歳で足止めなんですー」と返事を書く。何故か得意な気持ちになる。

夕食時になったので、お食事券を使うべく、新しくできたラーメン横町を覗いたり、空港中の店を吟味に吟味を重ねて比較検討する。
選び疲れてどうでもよくなり、結局生ビールと豚トロ焼きのセット、1060円を賞味する。



ようやく搭乗ゲートに入れる午後6時になった。
ところが、搭乗口に行ってみると太ったガードマンがポツンと立っているだけだ。
手書きの看板があり、出発時刻がさらに午後9時50分まで延びたこと、7時にならないと入れないことが書かれてある。
あれま。また延びたのかい。

Nさんに電話すると、向こうの方が詳しい情報が得られている。
台北の天候がようやく収まって飛行機がが出発し、関空からは午後8時時30分発で確定したという。
ただ、やはり、そこからはバスで高雄に向かうのか、代替便か、一泊か、どんなアレンジされるのかは分からないと言う。
どうやら、多分これで欠航にはならないようだが、業界に詳しいNさんによると千歳は10時以降離陸できないことになっており、機材到着が遅れれば翌日便になる可能性もまだあるという。
いずれにしても、台北でうまく会える可能性は低い。携帯電話も使えないし。
もし会えなくても、高雄のホテルは決まっているので、そこで落ち合うことにする。

ところで、両替をどうするか。Nさんは念のため既に空港で1万円分したという。僕も深夜に高雄で放り出される可能性もあるし、少し両替しておこう、と千歳空港内の銀行を探したけれど、台湾元は扱っていないようだ。
まあ、高雄に深夜一人で着いたらホテルまでタクシーで行って、先着のNさんを呼び出せばいいか。あ、でも高雄のホテルは高層ビルの39階より上だから、タクシー待たせて大丈夫かな。どうしようどうしよう。余計なシミュレーションをして心配になる。

ようやく時間になり、パスポートチェックなど一通りの出国手続きを経て、初めての千歳空港国際線ロビーに入る。
本当にこぢんまりとしている。むしろしょぼい。
僕の経験から言わせてもらうと、ミャンマーのヤンゴン空港以上ベトナムのホーチミン空港未満という印象か。
唯一の免税店で、旅の友スカッチを入手せんとするが、競争原理が働かないのをいいことに、必要以上に高級な銘柄しか置いていない。やむなく一番安いシーバスリーガル12年のハーフボトルで手を打つ。
心の中でダメ出しをする。

探検するような店もなく、椅子に座って2時間以上じっと待つしかない。暇。
待合室は結構混んでいる。ほとんどが台湾の人のようだ。
僕の前の列に若者達の一団が座っている。楽しそうに笑い転げている女の子のグループを見ると、全員眼鏡をかけている。受験戦争が日本どころじゃなく厳しい国と聞く。そのせいだろうか。
その中のリーダー格の女の子が突然立ち上がり、トランプを使った手品をを披露し始めた。芝居気たっぷりに大声で口上を述べ、見事成功させると、関係のない周りの人まで拍手喝采。本人恥ずかしそうに礼。昔の青春映画を見ているようで微笑ましい。
こういうところは日本人とは違うなあ。

たっぷりの待ち時間を、ウイスキーを嘗めなめ、売店で仕入れたベーコン囓りかじり、やり過ごす。
職員の動きが活発になったので外を見ると。やっと飛行機が着いたようだ。これで、今夜の出発は確実だろう。
やがて、午後9時50分、結局5時間50分遅れの台北行きエバー航空BR115便は千歳の夜空へ飛び立ってくれた。

フライトは揺れることもなく順調だ。機内食を脳内で一々褒めたり貶したりしながら食べ、ワインを何度も何度もお代わりする。
台湾方面では台風が随分暴れてるようで、出だしからこんな調子だし、この先どうなるのかしらん。
でも、不安な気持ちにはなれず、かえってワクワクする。ひとごとのトラブルのように思えて、何か笑ってしまう。僕には元来、旅人の資質があるのかもしれないな。
いや、ワインの飲み過ぎだよキミ。

台湾との時差は1時間。だから実質約4時間のフライト後、現地時間で深夜の1時頃台北空港に無事着陸した。暴風雨は収まっているようだ。

空港ビル内を標示に導かれて歩いていく。ほとんどの乗客はここで入国するが、僕ほか2、3名はトランジットの国内線カウンターへ向かう。

さて、ここからどうなるのか。バスになるのか、明日の便になるのか。その場合ロビーで雑魚寝か、ホテルが当たるのか。色々聞いたりクレーム付けたりしなくてはならない。

緊張してカウンターに並ぶ。
僕の列の前は、坊主頭のアジア人だ。ブロークン英語でカウンターの女性係員と横柄に交渉している。
随分ラフな格好で、太り気味の人だ。ヤクザかな。

その坊主頭のコメカミの動きを見ていて、はっと記憶中枢に閃光が走った。もしかして?
恐る恐る横に回って顔を見ると、おおおNさんじゃないの。なんたる偶然。
「Nさん!」
「あ、来たきた」
「会えたねー」
「航空券出しっ」
「え?」
「明日の便にしてホテルに泊まれることになったんや」
ピンポイントの遭遇に驚いたり、半年ぶりの再会の挨拶をする間もなく、言われるままにアタフタと手続きを進める。
Nさんは、カウンターの職員に、友人が来るから、と予め主張して、ツインの部屋を確保しておいてくれたらしい。

既にチェックインしているNさんの後について空港内のホテルに向かう。
深夜の台北空港は照明も落とされ静まりかえっている。その巨大さが一層強調されている。
途中の手荷物チェックゲートを通り抜け10分近くは歩いたろうか。ようやく空港の端にあると思われるトランジットホテルの一画にたどり着く。
フロントでキーをもらい部屋に入ってやれやれと荷を下ろす間もなく、フロントマンが追っかけてきた。

聞いてみると僕の分は有料になると言う。え?話が違う。
カウンターで無料だと確認してると主張しても、カウンターで発行するグリーンカード(タダ券)に名前がないとダメだという。確かに僕は何ももらっていないし、Nさんがもらったカードには僕の名前はない。
じゃあカウンターに電話してみてよと言うと、彼は一旦フロントに戻って行った。
部屋は小綺麗だが、クーラーが効き過ぎて凍えそうなほど寒い。Nさんによるとコントローラーが壊れてると言う。
フロントマンが戻ってきて「国内線乗り継ぎの人には代替バスを出した。でもあなたは翌日便を選択した。だからホテル代は有料だ。」という。
そんなこと聞いてないし、無料だと確認した、と言っても首を振るばかり。

ラチがあかない。直接カウンターに行って確認することにした。延々と遠い道程を歩く。手荷物検査ゲートは、係員がもういないので、すり抜ける。
カウンターには運良く先ほどと同じ職員がいた。
ホテルで有料と言われた、話が違うじゃないかと文句言うと、フロントに電話し、ノープロブレムと笑顔。だよねー。手間とらせるぜ。
また長い道を引き返し、ホテルへ戻る。

すると、あれれ、フロントマンが交代しているじゃないか。ちゃんと引き継いでんのかな。もう一度手間取らせたら承知しないよ、と泣きそうな気分で「無料だよね」と確認すると、話しは通っているようだった。はー、ホントにもう。
ついでに、空調の操作方法も聞いて、室温問題は解決。



ようやく落ち着いてベッドに倒れ込む。
高雄のホテルは結果的に今晩分はキャンセルになった。当日だからキャンセル料は全額取られる。でもここがタダだったからトントンだ。
良かった良かった、ってまだ目的地の高雄に着いてないし。

TVを見ると、トップニュースで台風情報を流している。相当被害が出ているようだ。
しばらく見ていると、泥水が道路をズタズタにえぐっている映像が出た。キャプションに阿里山とある。
えええ!阿里山は高雄の後に行く予定をしている観光地で、既にホテルも予約している。どうなるんだろう、僕たち。

「ま、考えてもしょうがないやん」
とNさんはニコニコしながら、あるものをベッドに載せる。
こ、こ、これは・・・ これは赤福ではないか。
なぜ今ここに、赤福??
説明しよう。赤福とは伊勢神宮の門前町で売られている餡ころ餅だ。広辞苑に載っているほどの名物だが、北海道人の僕は生まれてから一度も食べたことも聞いたことさえなかった。
昨年Nさんと紀伊半島を旅行した際、赤福本店で賞味し、僕は同じ日本にありながら、こんなに文化が違うものか、と小さく感動したものだ。
関空で赤福を見かけてそれを思い出し、買ってきたという。
ネタになる、と関西人の血が騒いだんだろう。

確かに、今朝から一日色々あった、その疲れのヒビのようなものに、赤福の単純な甘さがじんわり染みこんで、ほっと一息ついた。
なんか先行きはとっても不安だけど、旅の楽しさの方が赤福のタップリした餡のように膨らんでくる。
でも二人で8個もあって、どうすんのさこれ。2個が限度だし。



疲れた中年が馬鹿なことを言いあってるうちに、もう深夜の2時を過ぎた。日本なら3時過ぎ。
酒の飲めないNさんは、お先に、とベッドに潜り込む。
僕は、スカッチを嘗めなめ、パソコンで旅のメモを書いている。
この静かな時間が好きだ。旅に来たと実感する。
やがてNさんのイビキ。オジサン今日はお疲れだったね。
黒々とした窓に映る僕の顔も疲れているか。
Nさんに、早よ寝!と文句言われる前に、そろそろ切り上げるか。

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