私は、若干閉所恐怖症気味のところがあって、例えば雨が降っていても地下街よりは地上を歩く方が好きだったり(名古屋人にはなれないな)、混みあったデパートに入ると漠然とした不安感を覚えることがあったりします。
 それで、東京に行くと同じような閉塞感で息苦しさを覚えることがあります。何か人口圧力といった言葉が現実感をもって迫ってくるのです。逃げ場所がないというか。
 さて、統計書を見ていてちょっと面白いデータを見つけましたので、紹介します。
 人口密度という指標がありますね。
 人口を面積で割ったもので、札幌市の場合は最近の国勢調査時点(平成2年10月1日)で1,485人/km2(1km四方に1,485人の密度)となっています。
 これは、人口を札幌市全体の面積で割ったものですが、札幌市は大ざっぱにいって半分が山林で、残る半分のそのまた半分強が農地などの市街化調整区域、残った4分の1弱が市街化区域となっており、ほとんどの人がここに住んでいます。ですから、この市街化区域面積で割った人口密度もよく使われます。
 こちらを使うと札幌市の人口密度は約4倍になるわけですが、東京や大阪などではほとんど全部が市街化区域のため両者に差はないことになります。
 ともあれ、全体の面積で割った人口密度では、東京23区(衛星軌道上に24区目が出来たという噂も聞くが)で13,113人/km2、大阪では11,816人/km2となっています。
 しかし、1km四方に1万3千人といわれても、どのぐらいの密度なのかピンとこないと思いませんか。
 そこで、直感的理解を助けるために、”接近度”という指標が使われます。
 これはどういうものかといいますと、住民1人1人が等間隔に正6角形の中心に来るように配置したと仮定した場合の、隣同志の距離を表わすものです。
 つまり、ある都市に蜂の巣型の部屋をビッシリ敷き詰めて造るとしますね。そのとき、ちょうど一人一部屋当たる大きさに造って、部屋の真中に座った場合、お隣さんとの距離はどのぐらいかということです。言い替えればその部屋の大きさ(壁から壁までの距離)はどのぐらいかということです。
 札幌では、27.8m。全市民が、札幌中、山から川までビッシリ等間隔に立ったとすると約30メートル向こうに隣の人が立っている見当です。ということは、円形の部屋だと直径30メートルのものが一人一部屋もらえることになります。結構大きいですね。
 これが、東京区部になると9.6m。さらに日中はたくさんの人が働きに出てきますから7.6mまで接近します。息がつまりそうだな。
 ここまではきちんとしたデータに基づく数字ですが、さらに考察を進めてみましょう。
 人を等間隔に並べるといっても、普通は車道とか川とかには立ちたくないですよね。これらと大規模工場など面積を合わせて約50%とします。この数字に明確な根拠はありませんが、地図を改めて見てみると道路面積というのは想像以上に大きいものです。因みに道路面積だけで50%を超えるとその都市は衰退するという説もあります。
 さて、面積を半分にすると人口密度は2倍になりますが、先程の接近度はルート2分の1倍となります。0.7倍です。
 ということは、東京区部において日中の車道等を除いた場合の接近度は5.4m。ああ息苦しい。
 実際にはオフィスビルも住宅も縦方向に積み重なっていますし、地域によって密度の濃い薄いがありますから、これ以上混んだところもあれば、がらんとしたところも多いのですが。
 でも、これが地震や空襲などでパニックになったと考えて下さい。この時は、みんなあわてふためいて地面に下りてくることになるでしょう。そういう場合は道路にも溢れだすから、余裕が出来るとお考えの向きもございましょうが、今までの考察で無視してきた自動車が道路を占領していることをお忘れなく。
 この場合建物内には誰もいなのですから、人を並べる面積はさらに約半分とすると、接近度は3.8m。
 約5歩の間隔で一千万人が23区内の歩道という歩道、公園、庭等にビッシリと立ち並ぶ様を想像すると何とも異様なものです。これが、パニック状態で北へ南へ右往左往するのですから何かあったら大惨事は免れないでしょうな。
 データ不足のため大雑把な計算なので誤差はあるでしょうが、そう大きくは違わないはずです。

 一昨日、今期初キャンプに行ってきました。然別湖です。
 先程の接近度でいえば、数kmになるのではないかというほどの自然の中にあります。エゾシカの密度の方が高いかもしれません。
 初めて行ったのですが、他の湖とはちょっと異質な素晴らしさがありました。
 最初は家族で行く予定でしたが、子供が風邪で熱をだしたため、妻子置き去りの参加となりました。
 メンバーは大人7人子供5人で、4年越しの家庭問題にようやくけりが着いた奴がいるかとおもえば、10年ぶりに会った人妻は相変わらず美人だったが、中身はすっかり2児の母つまりオバハンに変貌していたり、帯広の画家の子供はなるほど上品だったり、何やかやと飽きない人たちでした。
 これ以上望めないほどの好天に恵まれ、昼間はカヌーを漕ぎだして遊びました。
 湖上で缶ビールを飲みつつ辺りを見回すと、水面はキラキラ輝き、白鷺が優雅に木々を渡り、後は静寂あるのみでした。
 湖の中ほどには直径10メートルほどの小島があり、小さな祠と鳥居が設えられていました。ここに上陸して屯していますと、小さな温泉街から出てきた遊覧船がこの島をご丁寧に2周して行きました。船客から好奇の目でじろじろ眺められ、いい晒物となったわけです。
 祠を囲む手摺りには、昭和47年とか50年とかの日付が入った落書きがありました。当時はカヌーを持っている人などいなかったはずですから、まさか泳いできたのかと訝しんだのですが、温泉街に貸ボートでもあるのでしょう。
 罰が当たらないように念じながら祠の裏手で立ち小便をして引揚げました。
 夜は子供たちを手足のように使って焚火を燃やし、恐ろしいほどの満天の星を見上げては星座にまつわる悲しい物語をしてあげました。それを聞いていた星マニアの仲間からは「子供に嘘を教えちゃいかんて」と怒られましたけど。
 バーボンと焚火の匂いは、どうしてあんなに合うのだろう。
 耳を澄ますと梟の鳴き声が聞こえました。

 翌日は、もう少しカヌーをしていくという皆と別れ、私は折角近くまで来たのだからと、一人帯広の道立美術館に赴き英国絵画展を見てきました。
 この美術館は去年か一昨年出来たばかりで、結構意欲的な展覧会を開催しています。初めて行ったので美術館自体にも興味がありましたが、広大な公園の一角にあり、建物自体の雰囲気も札幌の芸術の森美術館に非常に似ていました。
 展覧会は英国近代の絵画史を概観するスタイルで、目玉はラファエル前派の作品のようでした。しかし作品数が少ないのとコンスタブルなどの本当にイギリスらしい風景画がなかったので、コンセプトがもひとつぼやけたものだったように思いました。多分、予算の関係もあるのだと思いますが。ロセッティが数点と大画面のターナーがめっけものでした。
 とはいえ、私ゃ批評家じゃないですから存分に楽しみましたけれどね。
 気がついたのは、見に来ている人の熱意が違うことです。まだ札幌の鑑賞者のようにすれていないというか、素直な驚きがこちらまで伝わってくるようでした。受付の人に「三石町から来たが、素晴らしかった。」とわざわざ御礼をいっているおばさんがいたりして、ほほえましい気持ちになりました。
 先週は同じマンションのおじいちゃんが亡くなって、葬式を手伝いました。無事終わってほっとしたところで、職場の同僚の父親が亡くなったとの報があり、結局連続して二件のお葬式に出ることとなりました。
 つくづく生きている間は仕事でも遊びでも大事にしようと思ったものです。
 そうは言っても私は凡人ですからボンヤリ無駄に過ごすことの方がずっと多いのですが、今回のキャンプ行はマルをつけましょう。○。