奥尻は一度だけ行ったことがあります。91年の夏でした。この奥尻行は暑い日差しと海の輝きと共に強烈な印象となって記憶に刻まれています。その訳をちょっと書いてみましょう。
 その日の午後、前泊した瀬棚の民宿からフェリー乗り場まで車を飛ばし、駐車場に置いて、待合室に向かいました。乗船まであまり時間がありません。早速乗船券を買い、掲示されている民宿一覧の中から手頃なものを選んで電話しました。そうです、まだ宿は予約していなかったのです。一軒目は満室でした。ちょうどお盆の時期だったので、結構混んでるだろうとは思いました。続いて数軒かけてみましたが、どこも満室です。乗船時間は迫っているし、券は買ってしまったし、次第に焦りを感じてきました。一覧表の十数軒の宿全部に電話している時間はないぞ。どうしよう、あ、ここだ、観光協会にかけてみよう。もしもし、と電話して事情を話すと、腹立たしい位のんびりした職員が親切に心当たりを探してくれました。が、結果はやはりどこも満室とのことでした。がっくりして電話を切ると、出航の合図が鳴り始めます。楽しみにしていた奥尻行きもこれでオジャンかと覚悟したとき、大変気の強い妻が「私がもう一度協会にかけてみる」といいます。まあ、やってみな、と子供と二人で肩を落としてベンチで待っていますと、妻は走ってきて「とれたとれた」と僕たちを船着き場へ追い立てました。走りながら「本当?」と聞くと、手柄顔の妻が言うことには、一軒だけお盆で休みにしているところがあり、食事なしでいいのであれば泊めてくれるとのことです。この状況なら御の字だ。ぎりぎりで乗船と同時に小さなフェリーは波一つない鏡のような日本海へ滑りだしていきました。
 さて、航路の中程、自分たちの幸運はやはり普段の行いが良いからだと納得しあう旅の空。ついウトウトしかけたとき、非常に度胸のある妻が「あ、お金どうする?」と何気なく言いました。え、お金って、どういうこと?「あんまりないの」え?「下ろしてないの」今いくらあんのさ「○千円」えーーーっそれじゃ帰りのフェリー代しかないじゃん!奥尻って普通の銀行なんかあるのかな。「ないんじゃなーい」民宿ってカード使えんのかな「使えないんじゃなーい」ど、どうすんのさ「なんとかなんじゃなーい」
 それからというもの、責任が重くのしかかるお父さんの頭の中ではめまぐるしくシミュレーションが繰り返されました。
 まず最悪の場合を想定して泊まらずにそのまま帰る。帰りの便を調べると翌日までないようです。げげ、ということは金がなかったら野宿か?こいつは何が何でもお金を調達しなくては。あ、郵便局なら必ずあるな。郵便貯金にお金入ってる?「全然ないよ」じゃあ、実家に頼んで振り込んでもらうか「今日は出かけていないって言ってたでしょう」そうか。やっぱり民宿で皿洗いしかないかな。色々悩んでいると降り注ぐ陽光も色あせて感じられます。
 そうこうするうち船は奥尻に着きました。乗客たちが三々五々目的も確かな足取りで散っていく中、僕たちは切符売り場の小屋へ向かい地元のお姉さんと思しき人に尋ねました。「ここに銀行はありますか」「ありませんよー。漁協ならあるけど」それを聞いて暗澹たる気分で町まで歩き、ともかく目的の民宿を探し当てました。しかし、玄関をくぐるのがためらわれます。よし、ひとまず中心街へ行ってみよう。しばらく歩くと郵便局はありました。あ、あそこのは何だ?ちぇっ信金かあ。「ちょっと待って、わたしキョーシンにお金あったと思うけど」キョーシンてひょっとして信金じゃないの?行こう!行ってみよう。恐る恐る自動支払機にカードを入れてみると、やったー。ありがたくももったいなくもお金がちゃんと出てきた。小躍りして民宿に戻り、以後二日間美しい奥尻を満喫したのでした。めでたしめでたし。
 あの地震の時は、報道される変わり果てた姿に胸が痛みました。あの時親切にしてくれた人達は皆無事だったのだろうか。最近の力強い復興の動きを心から喜びたいです。
 またいつか、あの美しい島に、今度はブナの木も目的に訪れてみたいと思います。

1996.11記す