初秋ひとり旅(鉄道ファンに捧ぐ)

 朝5時、フロントに降りると人影はない。
 前夜教えられた裏口を通り、ホテルを出る。
 まだ目の覚めぬ肌寒い町を10分ほど歩き、岡山駅に入る。
 今日は東京まで普通列車でたどり着こうという馬鹿気た計画を決行しようというのだ。
 先ずは岡山発6時18分の普通列車で姫路まで。
 もちろんハラペコだ。
 ホームに出たがどの売店も閉まっている。
 やむなく缶コーヒーで我慢して車中の人となる。
 いつまた来れるかわからない風景を眼に焼き付けようとしたが、とにかく眠い。
 7時42分姫路に着く。
 駅に降り立ってすぐ、快速電車が滑り込んで来た。7時47分発長浜行きとある。
 多くの通勤客が乗り込んでいく。
 事前調査では8時27分の新快速が一番早く次の目的地米原に行けるはずだが、もしかしたらこの電車の方がうまく繋がるのだろうかと思い、あわてて時刻表をめくる。
 しかし、ハラペコ寝ぼけ頭ではうまく探せない。だいいち長浜という駅がどの辺にあるのかわからないので、へたに飛び乗るのはためらわれる。
 そうこうするうち発車ベルが鳴り響き問題の電車は走り去ってしまった。
 これが第1の失敗である。
 あとで調べると、長浜は米原のちょっと先。時刻表では時刻が前後していて見落としたのだった。
 この一瞬の判断ミス、事前調査ミスによる40分の時間差が、東京到着時刻では1時間半以上の差に広がるのであった。
 去るものは追わず。約30分の待ち時間を利用して立ち食いそばを食べる。
 以前姫路に来たときに姫路城の近くで釜揚げうどんを食べ、腰の強さ、ダシの旨さに(さすが讃岐の近く)と感心した。
 だが、駅にうどんはなかった。変だな。
 ソバは更科系の白っぽいもので、ダシは薄口。体に染み渡った。
 そういえば出雲大社の近くで食べた出雲ソバは真っ黒で太くていかにも田舎ソバだった。
 8時27分新快速米原行きは静かにホームを離れた。
 神戸に差しかかる。
 通勤ラッシュで満員の中、車窓から神戸市街を眺める。
 至るところに空き地があり、クレーンが林立している。
 震災の傷跡はまだ癒えてないようだ。
 一軒の屋根が目に飛び込む。屋根だけが地面から生えている。その下に潰された人は居なかったのだろうか。胸が痛む。
 きれいに整地された空き地がある。地震で倒壊した場所なのかもとからの空き地な のかわからない。ふと隣接する建物の壁面を見ると、三角屋根の形にくっきりと影が映っている。そうか。以前あった建物で陽が遮られ、日焼けした部分と色が変わっている のだ。建物の残像だ。
 亡くなった方の冥福と、大好きだった神戸の一刻も早い復旧を願って目をつぶる。
 目を開けると京都だった。どうやらそのまま眠り込んだらしい。
 10時55分米原に着く。
 ところで米原ってどこだ。地図を見ると滋賀県だった。
 次の予定は11時50分発新快速豊橋行きだ。1時間ほど時間がある。
 昼飯に駅弁でも食べようか。近江ステーキ弁当が美味しそうだが高い。そういえば財布が心細い。
 普通乗車券は片道100キロ以上なら何度も途中下車できると時刻表に書いてあるので、おそるおそる改札から出てみる。駅員はわかったから早く行けという表情で、すんなり通してくれた。
 銀行で金をおろし昼食をとろうと駅前に出る。
 ぐるっと見渡したところ、ビルの1棟もないではないか。
 100m先にスーパー発見。
 とぼとぼと歩く。その姿はアヒルのようだったろう。
 というのも、歩き過ぎて両足の裏に豆ができているのだ。
 岡山の後楽園を見ようと駅前通りを歩いていたとき、あまりの痛さに歩けなくなった。豆の中の水を抜くことにし、目の前の洋裁店に入った。店のおばさんに声をかける。
 「針を1本ください。」
 「1本では売ってないんですけど」
 「実は足の豆の水を抜きたいだけなんだよね」
 「あら、抜かないほうがいいわよ、カットバンとか持ってる?」
 「いや、ないんですよ」
 「ちょっと待ってて。おじいちゃーん、カットバンある?」
 奥からおじいちゃんが出てくる。
 「え?かっとばん?何だそれは」
 「ほら、傷バンソウコウ、キズバンよ」
 「ああ、あるよ。何するんだ」
 「このお兄さんが豆できて歩けないんだって」
 「そうかちょっと待ってろ」
 恐縮する僕に何枚も渡してくれた。岡山の親切。嬉しかった。
 結局別の店で画鋲を買い、ライターで消毒後プスリとやった。少し楽にはなったが、未だにまともに歩けない。
 さて、スーパーに入り米原顔の店員に銀行があるか聞いてみた。フガギンのキャッシュコーナーならあるという。教えられた場所にいくとフガギンは滋賀銀のことだった。
 金をおろし、スーパー内のマクドナルドで昼にする。
 まずい珈琲をすすりながら時刻表を眺めていて、本日第2の失敗に気がついた。
 11時25分発の普通列車でちょっと先の大垣までいけば、豊橋行きの新快速が出ているではないか。それをたどっていくと、東京には30分早く着けたのだ。
 今は11時30分。もう遅い。
 ま、行ってしまったものはしかたない。
 アヒル歩きで駅に戻り、予定通り11時55分の列車に乗り込む。
 車内はがらがら。消化活動のため血液は脳に回らず、心地良い振動と音のリズムに誘われて、間もなく夢の中へ。
 13時52分、よだれを拭きながら豊橋駅に降り立った。
 14時4分、すぐに静岡行きに乗り込む。ここからは各駅停車で行くしかない。快速電車が関西以西に多いのはなぜだろう。
 次第に東海地方の色が濃くなって行く。海が見え、怠惰な浜名湖を過ぎるとお茶畑が広がっていく。
 学校帰りの学生たちが乗り降りする。彼らは総じて純朴さが残っているように感じる。
 島根県の松江市では若い女性が少なかった。そのくせ白いヘルメットをかぶった女子中高生達がどこでも自転車で走り回っている。卒業すると皆都会へ出て行ってしまうのだろうと思ったものだ。
 15時49分静岡に着く。
 小腹がすいてきたが、食べる時間はない。もちろん普通列車に車内販売などあろうはずはない。
 16時1分沼津行きに乗車。
 午後の陽はたっぷりと陰っていく。
 16時54分沼津着。
 17時5分熱海行きに乗車。
 そろそろ仕事帰りの客が増えて来た。
 彼らが1日働いている間、僕はずーっとJR車中にいて移動して来たのだ。
 自分だけが世界から取り残されたような、甘い感慨を噛みしめる。
 それにしても腹が減った。
 17時25分熱海着。
 すぐに17時30分発の品川行き快速アクティーに乗り込む。2階建ての電車だ。
 2階席から外を眺めると、宵闇が迫る熱海の海は台風の前兆か激しくうねり出していた。
 瀬戸内海を一目見ようとして鷲羽山のある岡山の児島へ行ったことが思い出される。
 駅の近くから本四架橋を見る遊覧線が出ているのを発見し、乗ってみた。小さな船だが客は僕と、もう1グループ2、3人連れだけ。
 船室には入らず、一人後部デッキで潮風を浴びながら、四国の一歩手前まで往復した。
 日差しは強く、島々はのどかに霞み、たくさんの船が行き交っていた。
 花嫁は泳いでいなかったけれど、帆船がしずしずと進んでいた。
 橋ができる前に来ておけば良かった。
 ああ腹が減った。
 外はすっかり暗くなり、窓に自分の顔が映る。疲れた表情だ。
 もう乗り換えは無しだ。数えると6回も乗り換えをしたことになる。
 さすがに背中が痛くなって来た。足の痛みも取れない。
 18時28分、ついに品川に到着。12時間10分の旅だった。
 ホームに降りて雑踏の中で夜の空気を深く吸い込むと、早朝で人気のなかった岡山駅の白い光景が懐かしく思い出された。