8月25日(日)
最後の朝,曇り空にビル群が張り付いている。
朝食後,我が家のように快適だったこの部屋を後にして,フロントに降りる。
もちろんルームサービスもミニバーもレストランも利用していないので,追加料金はない。
帰国後ホテルを舞台にした本を読んだ。高級ホテルでは滞在者が全く金を使わないと,何か事故でもあったのか,部屋で死んでるのでは,とか心配するらしい。ひょっとして貧乏なのか,とは思わないらしい。
ウィッキーさんによく似た愛想のいいドアマンにタクシーを呼んでもらう。チップの額への不満が顔に一瞬よぎる。

スモッグに霞んだ朝の高層ビル群を横手に高速道路を走る。Nさんは財布の中身とタクシーのメーターを何度も見比べ,残ったバーツでちょうどタクシー代を払えると判断する。
空港に着いた。2バーツ足りない。悔しがるNさん。値切ろうとしたが,無口な運ちゃんは首を振る。両替せざるを得ない。僕を人質に残しNさんは空港ビル内へ走っていく。
なかなか戻ってこない。運ちゃんが次第にいらついてきたころ,ようやく戻り,支払いを済ませる。
なぜそんなに時間がかかったのか聞くと,Nさんの口から驚くべき事実が語られた。
最初は両替しようとカウンタの前に行ったが,たった2バーツのために両替する悔しさがこみ上げてきた。それで,近くで両替をしていた日本人らしき人に,何と「2バーツくれませんか」とお願いしたというのだ。Nさんてば,それはどうなんだろう。
結局その人は日本人ではなく,ビックリしてそそくさと逃げて行ったので,諦めて両替したという。僕だってビックリしたわ。
免税店でNさんはとある女性に頼まれたという香水を購入する。2個セットだと安いというので,僕もつきあわされて買う。
ふと「商人と屏風は真っ直ぐでは立たない」という諺がよぎる。
帰国便の機内でぐったりとシートに沈み込む疲れた中年男が二人。まだ整理されない旅の思い出と,帰国後の生活が頭の中で渦巻いている。
この旅行記を読んで,Nさんて何て間抜けでケチンボな人なんだろう,それに比べて今井さんは渋くて大人で魅力的!という印象をお持ちになったかもしれない。どうしてそんな二人が一緒に旅をするのだろう。さあ,そこやがな。
「一人称で語ると自分に甘くなる」
このことを踏まえて読んで欲しい。この旅行記は,Nさんを狂言回しに使って旅の情景を引っ張り出す,という手法を取っているから尚更だ。
Nさんから見れば当然僕だってかなりヘンだし色々失敗もしてる。どだい同レベルじゃないと楽しい弥次喜多道中なんかできっこないさ。何より,この旅行記を事前に読んで快諾してくれたことが,彼の性質を示して余りある。友達である所以だ。
ついでに言うと,関西を揶揄した表現も,僕の関西に対する愛情の裏返しだ。ほら,好きな娘には意地悪したくなるっていうあれさ。変な関西弁も,どうせネイティブの真似は出来っこないと良く分かっているので,突っ込まないように。
今回僕が密かにNさんから学んだことがある。それは「商売は対等」ということだ。売り手と買い手の間には上下関係はない。そんな当たり前のことに,はっと気づかされたのだ。
Nさんがシビアな値引き交渉をするときも,お互い同等の立場でのある意味真剣なゲームだということが,僕には伝わってきた。
商人魂が根底にある上方では当たり前の感覚なのかも知れないが,箱根を越えると得てして商人を見下すような,金払ってるんだから神様と思え,という思い,態度が残っている人が多いような気がする。
かくいう僕だって心のどこかでそういう部分があった。でもそれは間違いだったことに気づいた。商品やサービスとお金との交換に,上も下もないのだ。対等なんだ。
仕事や人間関係だってきっと同じだ。今まで別に支障があったわけではないが,きっとこれからは,気持ちの持ちようが幾分変わると思う。いくらオトナになっても学ぶことは多いよね。これが今回の旅で得た最大の財産のひとつだ。Nさんありがとう。
さて,フォローはこれぐらいにして,機内へ戻ろう。
目を閉じると脈絡なく浮かぶ風景。バガンのパゴダ群。馬車の音。ヤンゴンの夜道。マンダレーの夕日。ワットアルンの犬。イラワジ川。
いつか眠ってしまったようだ。父の夢を見た。機内販売のウイスキーを買っていってあげよう。
眼下に大阪近郊の工場群が見えてきた。ガスタンクがたこ焼きのようだ。
明日からいつもの暮らしが始まる。
再び目を閉じるとミャンマーの人々の笑顔が浮かび,それが親しみやすい仏像のお顔と重なる。あの暗く暖かい夜の匂いもふと感じる。
旅に意味はいらない。目的も。ただ僕らが生きているこの世界を少しでも感じたい。それでいい。
僕は旅の前よりほんの少し優しい気持ちになっている。
そう思ったとき,確かに心の底に風が吹いた。イラワジ川の風だ。

