8月19日(月)

 さわやかな朝の白い光の中で,Nさんが不機嫌そうに喋っている。
「夜中にクーラーの温度を何度も調整してあげたんやで,もう疲れた疲れた」
って頼んでないし。さらに
「昨日今井さんそのまま寝そうになるから,TV消してやっ,て命令したら,起きあがって,ちゃんと消しに行ったで。覚えてる?」
 全然記憶にない。無意識の僕を操らないでよね。

 朝食はバイキングだ。世界中だいたいどこのホテルでも宿泊料には朝食も含まれている。どうして日本だけは別なんだろうか。
 卵のオーダーでNさんはかたくなに fried egg でいいんやと注文するが,ここでは両面を焼いた目玉焼きがでてきた。シュンとしている。これでこの論争には決着がついた。
 マンダレーについて3食,結局全部ホテルで食べてしまった。

 まだ昨日の登山の疲れが癒えない。Nさん秘蔵のアリナミンAを2錠ずつ飲み下し,重い腰を上げて観光に出ることにする。
 まずフロントで交通機関の相場を聞いてみる。街の中心までタクシーなら2〜3000K。サイカーは?と聞くと,ホテルのスポーツジムに電話するという。変だなと思い,すぐ気がついた。貸し自転車,レンタサイクルと間違えたのだ。発音が良すぎるのも困りものだ。「サイカーなら,よく知らないけれど(私みたいな高級ホテルの従業員には縁がない乗り物だけれど,と言う風情で)500Kぐらい」とのこと。

 とりあえず,いや,ひとまず歩いてみっか。
 ホテルのすぐ近くにパゴダがある。入場料2.5$。高い。というよりミャンマーはパゴダだらけだし,だいたい分かったからもう勘弁という気分。パゴダだらけという表現がこんなものじゃないことは,後に思い知らされるよ,お二人さん。
 この辺は外から見るだけにする。

サンダムニパゴダ

 マンダレーヒルの登り口にさしかかる。昨日あれだけいたサイカーの群れが,きれいさっぱりいなくなっている。やはり夕日を見に来た観光客相手なのだろう。
「昨日の連中みたいな楽して稼ごうとする奴らはアカンて。地道にコツコツやらな。稼ぐに追いつく貧乏なし」
 関西人Nさんの舌鋒は鋭い。
 僕が好きな関西の格言。
「おいでやす,ごめんやすには蔵が建つ」
 これはお客さんが入ってきて「ごめんやす」と言うよりも先に「おいでやす」の声がかかる,そんな店は繁盛するよ,という意味だ。
 アキンド魂に胸を打たれる。

 まず王宮に行ってみることにする。
 ここはイギリス統治前の最後の王朝の宮殿だが,第2次大戦で焼失し,現在はミャンマー軍の施設となっているため,ずっと公開されていなかった。しかし最近宮殿の一部を観光資源として復元し,公開を始めたという。ただし毎日公開しているわけでもないらしい。
 とりあえず,いやひとまず入口まで行ってみよう。

 一辺約3q四方の王宮敷地は水路で囲まれており,水路沿いを幹線道路が取り巻いている。
 我々のホテルは水路の北東角に位置し,王宮の入口は南辺中央にある。つまりその距離は約4.5qだ。もう500mは歩いているので後4q。歩けない距離ではないが。

 水路沿いの直線道路をのんびり歩く。王宮敷地は緑に覆われ,所々の復元された登楼が朝の日差しを浴びて鉄錆色に佇んでいる。水路を渡って涼しい風が吹いてくる。

王宮の水路

 道路に止まっていたサイカーのオヤジが声をかけてきた。何か色々話しかけてくるがよく分からない。無視して通り過ぎてもずっと併走してくる。
「どうします,乗ってきましょか。あの顔つきは人を騙す奴じゃないと思いまっせ」とNさん。
 Nさんと行ったベトナムのサイゴンでは,道を歩いていると必ずといっていいほどしつこくシクロが寄ってきたし,乗れば乗ったで平気で料金を吹っかけるなど質の悪い輩が多かった。その経験を踏まえた発言だ。
 よく見ると,年の頃はもう50を過ぎているようで,こすからそうだが,確かに人の良さも見える。それに入口まではあと3qはある。
 王宮入口までいくらか聞くと100kと言う。安い。じゃあ乗ってくか。

 自転車を利用した交通機関はここのサイカー,ベトナムのシクロ,インドのリキシャ,タイのサムローなど様々な呼び方がある。
 形態もベトナムのシクロなら逆3輪で座席が自転車の前になっている。乗客から運転手が見えないので,荷物からこっそり抜き取ったりする輩もいると聞くので,ベトナムへ行ったときは注意していただきたい。というよりサイゴンあたりではタクシーに押されて観光客相手しか残っていないので,すべからく質が悪い。ベトナム人監督トランアンユンの鮮烈な映画「シクロ」もここでお勧めしておく。

 実は確か昨年あたりから札幌にもシクロが登場した。時計台の前などに何台か停まっている。以前からある馬車や人力車と同様に観光目的だ。初乗り料金で1500円だったと思う。ここでは100Kつまり約10円,150分の1か。うーん。
 札幌の中心部を回っている観光馬車は現在2代目の馬,ギンちゃんが引いている。初代はキンちゃん。御者のおじさんが家族同様かわいがっており,長らく勤めを果たしてきた。優しい目で寡黙に馬車を引く姿は札幌市民みんなが愛していた。しかし,さすがに高齢となり,かわいそうなので引退させてのんびり余生を送らせることになった。ところが仕事を辞めたとたん体調を壊し,間もなく亡くなってしまったのだ。なんだか仕事だけが生き甲斐だった定年後のサラシーマンのようで哀れを誘ったものだ。

 何の話だっけ。そうシクロは前に客を乗せると。それに対し,リキシャやサムローは客を後ろに乗せて引っ張る形だ。バンコク市内ではサムローは禁止され,自転車をバイクに置き換えたトゥクトゥクに取って代わった。それも最近はメーター付きタクシーに押されて姿を消しつつあるという。
 また,このサムローは当初は自転車の横にサイドカーのように座席をつけていたのが改良されて,幌付きの座席を後ろに付けた形に変わっていったらしい。

 ではここミャンマーのサイカーどうなのか。それはサムロー改良前の形,つまり自転車の横に座席とタイヤを取り付けただけの原始的なものだ。客はそこに前後背中合わせで座る。
 この時は僕が後ろ向きで乗った。

 二人を乗せた自転車をおじさんが力を込めて漕ぎ出す。風が気持ちいい。車道を走っているので車がびゅんびゅん迫ってきて,クラクションを鳴らしながら追い越していく。本当に僕の目の前ぎりぎりまで来てハンドルを切るので怖い。さらに他にも自転車で走っている人がいるので,彼らと僕が1メートル前後の間隔で向かい合うこととなり,目のやり場に困る。何だかみんな(金持ちの観光客がっ)という目つきでこちらを睨んでいるような気がしてくる。
 おじさんがNさんに盛んに話しかけている。王宮の入場料は5$もするんだよ,いやはや,と首を振っているようだ。

 王宮の入口に到着する。運良く今日は入れるようだ。
 おじさんに200K札を渡すと釣りがないという。困ったな。そこで街までサイカーで行くことにして,計500Kで交渉成立する。1時間ぐらいで戻ると言うと,僕らが出てくるまで待っているという。全然苦にしないようだ。

 入り口の小屋でチケット買う。パスポートナンバーが必要と言われ,持ってきていないので困った。しかしNさんが自分の番号を暗記していた。
 これは旅行術として必要なことかも知れない。旅行者にとってパスポートは命の次に大事だとよく言われる。万が一なくしたときにも,コピーや写真を用意すると共に,ナンバーを覚えておくと安心だ。さすが旅の達人Nさんだ。
 僕のナンバーは書かないでも許してくれた。王宮施設以外はうろうろしないようにと念を押されながらチケットをもらうと,まずあそこの係官のところへ行けという。
 見ると入口脇で軍人が2人机に向かって座っている。そこで名前や入場時刻,パスポートナンバーを書かされる。施設の中で働いているらしき人たちも全員書いているようだ。さすが軍事施設だけに人の出入りを管理しているのだろう。

 宮殿は正方形の敷地の中心部にある。そこまで真っ直ぐに道路が続いている。そこをぶらぶら歩いていく。職員らしき民間人も結構歩いており,所々にジープや軍人が立っている。両側には木立を透かして軍の施設らしき建物が見える。と言っても緊迫したムードはどこにもなく,軍服姿の若者が笑いながら立ち話をしていたり,長閑なものだ。

王宮中心部へ続く道王宮中心部

 中心にたどり着いて復元された宮殿に入る。ここにも係官が座っており,名前をチェックされた。
 王宮は中央の大きな宮殿を中心として数十の建物が復元されている。豪華絢爛というより,質素で開放的な南国らしい建物である。
 王様の人形を見ると,あとは整然とした庭を散歩するぐらいしかすることがない。

王様の人形王様夫婦
王宮の庭

 少し離れたところに見張り用の塔が見えたので行ってみる。
 狭い螺旋階段をハアハア言って上ると頂上は板場の見張り台になっている。
 いい眺めだ。王宮の建物群が見渡せ,晴れ渡った空の下マンダレー市街の広がりや遠くイラワジ川も一望できる。
 木の柵の内側にびっしりビルマ文字が書かれている。これは記念の落書きなのだろうか。どの国も同じだな。
 見張り台の中央では,なぜかソフトクリーム売りが座って商売している。地元の家族連れがそれを子供に食べさせている。ソフトクリームに目がないNさん。食べようかどうしようか迷っている。そのソフト色たるや毒々しいというレベルを遙かに超えて,蛍光ペンのインク混ぜ込んだような鮮やかさだ。さすがのNさんもビビッて止めたようだ。

監視塔の柵の落書き王宮全景

 塔を降りると,喉がからからだ。宮殿の前にカフェテラスがあった。といってもブリキのクーラーボックスの売店と安っぽいテーブル,イスを道端に置いただけのミャンマースタイルだが,そこで休むことにした。
 Nさんはファンタオレンジ。僕は昨日のなんちゃってコーラと同じメーカーの VeVe super drink を試す。これはいわゆるスタミナドリンクで,目にも鮮やかに真っ黄色だ。
 東南アジアでは広くスタミナドリンクが飲まれており,特にリポビタンDは王様格としてあがめられていると聞いたことがある。リポDを買うと男の店員は黙って静かに頷き,女店員なら顔を赤らめる,らしい。

スタミナドリンクで一息問題のドリンク

 入口まで戻ると,サイカーのおっちゃんは何事もなかったように待っており,愛車を近づけてきた。
 市街の中心にある市場へ向かう。
 途中からお堀沿いの道を離れ,舗装も定かではない裏道に入っていく。一気に生活の匂いが押し寄せる。
 食堂や雑貨屋,何かの修理工場,様々な露店,老朽した建物の隣に小洒落たアパートがあったり,彼らの日常生活の中に間違えて紛れ込んでしまったような気分がしてくる。そんな感想もサイカーの揺れが激しく次々こぼれ落ちていく。
 横道からいきなり貨物列車が飛び出し汽笛が雑踏を切り裂く。まるで,つげ義春だ。線路が横切っていたのだった。

露天ロンジーが粋突然列車が

 サイカーのおっちゃんはハアハア言って漕ぎながら,分かりにくいカタコト英語でNさんに話しかけている。
 観光ガイドいらないか,明日はどうするんだ。一日300Kをサイカーのオーナーに取られると愚痴ったりもしている。盛んにマペットショウを勧めてくる。
 人形劇はマンダレーの伝統芸能で,ここには名人がいるらしい。僕も見たいとは思っているけれど。おっちゃんは僕らが相手にしないのを見て,今夜ノボテル前で待ってるから,と勝手に1人で決めた。

 街の中心部シェーズーマーケットで降りる頃,雨がぱらついてきた。雨宿りがてら,マーケットを覗いてみる。
 倉庫のような建物の中には隙間なく店が並ぶ。布や雑貨などが天井までびっちりと陳列されている。これがベトナムであれば客引きがワンサカ寄ってきそうだが,ここでは皆泰然としており,売らんかなの姿勢は見られない。客は地元の人ばかりだ。地方から買い出しに出てきた仲買人のような人もいて,店の人と札束を数えあっている光景もある。
 2階から通路を見下ろすと,小雨の中大勢の人や自転車が行き来しており,活気に満ちている。
 もう昼時だ。弁当を広げている店員もちらほらいる。我々も昼食を取ることにした。

植民地時代の時計塔市場内部市場2階からの眺め

 外に出ると雨も一旦上がったようだ。空気は未だねっとりしているが曇空は明るい。
 そろそろビルマ料理でも食べてみっか,とガイドブックで探したところ,桜花レストランというのが割と近くにあるようだ。日本人が命名した,というところに何となく清潔そうな印象を持つ。
 ガイドブックの粗い地図を頼りにそれらしき通りを進む。しかし一向に見あたらない。もう潰れたんだろうか。この店の向かいにはナイロンアイスクリームという有名な店があり,Nさんはかつてそこで食べたからすぐ分かるという。その近くにはナイロンホテルというのもある。しかしどちらも見つからない。通りを間違えたのだろうか。

 うろうろするうちに,またぽつぽつ雨が降り出した。今度は次第に雨脚が強まり,道ばたの露店も軒先に避難し始めた。僕らも一本の街路樹に身を寄せる。
 雨はどんどん強くなり,木の葉では防ぎきれないほどの強さになってくる。どうしよう。

雨が本降りに街路樹の下から

 その時,近くの店の中で佇んでいる年配の男と目があった。手招きしている。ありがたく店に入ると,眼鏡屋だ。感謝する間もなく,今度は店の奥からイスを2脚持ってきて,道路を眺める場所に置き,座れと笑顔で示す。うれしい。ふわっと心が熱くなる。
 その椅子に座ってしばらく雨を眺める。もはや風景全体が水浸しだ。雨粒が日本では見たこともないほど大きい。天の神々が高笑いしながら雨粒をたたきつけている。これがスコールか。
 カッパで全身をくるんだ5歳ぐらいの女の子が,弟らしき男の子と一緒に店に入ってきた。僕らを健気なまん丸い目で見つめ手を差し出す。僕らが今受けている親切のお返しの気持ちで100Kあげる。

 Nさんが男にナイロンホテルの場所を聞いてみる。彼は英語が話せないらしく,奥から若い女性の店員を呼んできた。彼女は知的な感じで,Nさんより流ちょうに英語を話す。自慢の看板娘だろうか。ホテルはここのすぐそばだという。おかしいな。

眼鏡屋の中から道を聞くNさん

 ようやく雨も小降りになってきたので,お礼を言って外に出る。教えられた場所を探すとナイロンホテルはあっさりと見つかった。隣接する別のホテルと紛らわしくて見つからなかったのだ。
 ここを起点に目当てのレストランを探してみる。やはり見あたらない。

 ひとまずNさんお勧めのナイロンアイスを食べて作戦を練ることにした。
 店はホテルからすぐの所にあり,清潔そうな店内はそれなりに客が入っている。僕はバニラ,Nさんは種物のアイスを頼む。
 ここのアイスは冷凍装置などは使わず店の奥にある氷室の氷を利用して作っているとのこと。甘さを抑えしっとりとした口触りだ。
 小学生ぐらいの子供が給仕や会計で走り回っている。その子がテーブルの片づけをしているのを何気なく目で追っていると,アイスの容器を持って外に出て,濁った水が入ったバケツにそれを入れた。浸け置きにしてもちょっとね。Nさんは手を止め,結局そのアイスを半分残した。

僕のNさんの トッピングはココナッツ

 もうどこでもいいから近くの店に入ろうと決めて歩き出す。そのとたん桜花レストランが見つかった。ちょっと脇道に入ったところで,「桜花」と下手な手書きの小さな看板があるだけなので,見つからなかったはずだ。覗いてみると薄暗い普通の食堂だった。ビルマ料理にはこだわっているわけではないのでパス。

 近くに割とちゃんとした店構えの中華料理屋があったので,そこにする。
 店内はシンとしており,一組の地元グループが楽しげにビールを飲んでいるだけだ。僕らはチャーハン,焼きそば(米の麺),野菜炒めにビール,コーラを頼む。一つ一つの量が多く,結局ずいぶん残してしまった。
 こちらに来て気づいたが,店員の物腰がみんな優しい。欧米も一般的に愛想がいいが,あれはプロ意識というかチップ狙いというか,それとも違う。日本によくある客に甘えきった馴れなれしさでもない。心からサービスしようとしているように感じるのだ。
 窓の外,雨上がりで光る通りを見ていると,身体の芯がほんのり酔ってくる。

食堂の窓量が多い食堂入り口から

 Nさんは7年前の思い出を語っている。年を取ると昔話が多くなるね。
 その時ここマンダレーでミョータンさんという人に大変お世話になったらしい。彼は日本で働いていたこともあって何くれとなくNさんに親切にしてくれた上,家で食事までご馳走してくれたという。
 しばらく後,日本でたまたまテレビを見ていていると,ミャンマーからの不法入国者が強制送還されたというニュースをやっていた。その中にミョータンさんらしき人を見た気がするというのだ。軍事政権だし処罰が厳しそうだから,今生きてるのかどうかも心配だ。
 彼の家は確かこの近くだったから,探して確かめてみたいと言う。

 中心部を少し外れると舗装されていない道も多く,あちこちに水たまりが出来てぬかるんでいる。サンダルも素足もどろどろになる。
 Nさんの記憶を辿っていくと一軒の建物に行き着いた。2階建ての古い下駄履き住宅だ。ここの2階の1室に間違いないという。1階の一部はホテルになっている。Nさんがそのホテルのおじさんに聞いてみる。しかしミョータンさんと言う人は記憶にないようだ。おじさんは外に出て,そこにいた子供やサイカーの運ちゃん連中にも聞いてくれたが,よく分からないみたいだ。
 そのうち1人が「美容室やってるミョータンというのがいる」と言いだした。ミョータンビューティーサロンというのがあるらしい。いつの間にか人だかりができて,騒ぎが大きくなりそうなので,お礼を言って離れた。
 近くの雑貨屋でジュースなどを買いがてら,もう一度店員に聞いてみたが,やはりミョータンさんは知らないという。
 Nさんは,もういいです,とあきらめた。根性ありそうな人だし,きっとどこかで元気にやってるさ。

ミョータンさん捜索中 この建物か

 ホテルに戻ることにして,予め500K以下ならサイカーに乗ると決める。まず近くのサイカーに声をかけると1000Kと吹っかけられ,即パス。次にミニタクシー,これはオート3輪の荷台に客を乗っけるもので,700Kから下げない。これもやめる。
 暇そうに座っている青年のサイカーに言うと,500KですんなりOKが出た。彼にする。

 ノボテルの場所は知ってるよと自信ありげだったが,何だか変な方向へ向かっている。違うよと指摘すると,自転車を降りサイカー仲間に聞いている。どうやら何か勘違いしていたらしい。同時に激しく後悔している風情がある。500Kじゃ安すぎたのだろう。でも何も言わず黙々と漕いでいるのがミャンマーの人らしい奥ゆかしさだ。
 結局ずいぶん遠回りになって王宮のお堀端の直線道路を必死に漕いでいる。強い向かい風が吹いて辛そうだ。苦しい息づかいを間近に聞きながら座っているのは何だか気が引ける。
 ホテルに着き,感じの良い青年だったので600Kやることにした。渡すともう100Kくれという。最初に500Kといったはずだと言うと,すぐににやりと笑って諦め,帰っていった。Nさん曰く「いい勉強になったやろ」だって。

 シャワーで汚れと疲れを落とす。やはり高級ホテルは極楽だ。そうそうあのアイス心配。念のため正露丸を飲む。
 明日はバガンという町に朝6時発の船で移動する予定だ。今朝フロントで聞いてみると船会社のオフィスでチケットを買っておいた方がいいだろうと言われたが,観光客もそんなにいないようなので明日直接船着き場に行くことにしている。
 フロントに降りて明朝5時でタクシーの予約をする。3000K。すっかり顔を覚えられている。我々がさらに有名人になることを,この時は誰も知らない。朝食は弁当にしてロビーで渡してくれるとのこと。

 夕食はさすがにこのホテルは飽きたので,Nさんが予約時に迷ったセドナホテルに行くことにした。マペットショウの小屋がそのすぐそばにあるので,流れで見てもいい。
 6時半頃ホテルを出ると,今朝乗ったサイカーののおっちゃんがちゃっかりと待っていた。ミニタクシーの連中も寄ってきたが,おっちゃんが300Kでいいというと,あきれ顔で離れていった。彼らはおっちゃんに「300$か」と叫んでからかっている。
 このおっちゃん,マペットショウを盛んに勧めてくる。ホテルで食事するだけだといっても,おれが話すと3$で見れるとか,待ってるからとか食い下がる。きっとリベートでももらってるのだろう。ちょっと哀れになって400K渡す。

 セドナホテルはノボテルより格式が高い感じだ。後日ミャンマー政府の要人がスピーチするのを国営放送で見ていたら,会場はヤンゴンのセドナホテルだった。Nさんは,同じ料金だったしこっちのホテルの方が良かったと後悔している。
 イタリアンレストランがあったので,そこに入る。
 面倒なので本日のコース料理にした。お味の方はミャンマーにしてはよく頑張ってるという程度。一皿一皿の量が食べきれないほど多いのは,確かにイタリア的だ。デザートもケーキが1人3個ついている。イタリアはフィレンツェのレストランで,腹一杯で死にそうになった頃,雛鳥の丸焼きが1人一匹ドーンと出てきてのけ反ったことを思い出す。
 客は最初僕らしかいなかったので,数人のウェイターが隙あらばサービスしようと待ちかまえている。煙草を吸おうとしたらさっと火をつけられたのには素直に降参した。
 いつしか人形劇の開始時間は過ぎてしまった。人形劇はイギリス植民地時代にマンダレーでは禁止されたせいで,この地の伝統芸能が国中に広まったという。また見る機会もあるだろう。それにマンダレーヒルで鬼のダンスショーは見たしね。
 二人で43$+チップ1$,先ほどのおっちゃんに罪悪感を感じる。

前菜トマトベースステーキ

 帰りも乗ってやろうとしたが,さすがにもう待ってなかった。数台寄ってきたサイカーに聞くと700Kという。400Kと主張しても500Kまでしか下がらない。ミニタクシーは1000Kで論外。交渉決裂と歩きだすと,しばらくして1台のサイカーが400Kでいい,と寄ってきた。
 道々Nさんと運転手は7年前は車がいなかったとか,ドイツ人は1か月近く滞在するとか,話している。たまに僕が通訳してあげる。すっかりビルマなまりの英語が分かるようになってきた。一日中働いたのだろう,へとへとになって漕いでいたので,500Kあげることにした。

「さ,明日朝早いから荷造りせな」
 ホテルに帰ってきたばかりなのに,Nさんは早々と荷造りを始める。
 そんなせっかちな。君って関西で言うイラチ?とか言いながら暢気にスカッチを傾ける僕を尻目に,Nさんはハイになってリュックに荷物を詰めていく。
「今井さんも早よしてや」
と言い放った直後
「あっ」
と叫び声をあげてリュックから手を抜く。
 見ると,中指から血がどくどく流れている。
 血を見てNさんは真っ青になる。
「どうした!」
「切ったみたいや」
「どうして」
「あ,これや。カミソリや。知らずに握ったまま横に引いてしまったみたいや」
「何でカミソリ持ってんの」
「そこの洗面台の入れたんや。うわ,うわー,骨までいってるかも知らん」
「ちょっと落ち着いてティッシュで拭いてみ」
 拭いてよく見ると傷は言うほどではないようだ。安全カミソリだからそんな深くは行かないはずだ。でも血の量は結構多く押さえても止まる気配はない。ティッシュがみるみる赤く染まる。
 絆創膏は二人とも持っていない。その時ハッとひらめいた。僕が使っている魚の目用の人工皮膚はどうだろう。早速取り出して巻き付けるとうまい具合に止血になった。何と機転が利くんだ。
 フロントに行って絆創膏をもらってこようとしたが,傷もそんなに深くないし大丈夫みたいだからと言うので,ひとまずこのまま様子を見ることにした。

 こちらに来て以来仏罰の波状攻撃にあっているNさんは,すっかり意気消沈し早々とベッドに入ってしまった。
 Nさんに早よ寝えや!と怒られながらも,僕はしばらくスカッチを嘗める。
 窓のマンダレーヒルは所々明かり灯り,静かに黒い山容を横たえている。
 今回の旅は体調も壊さず,トラブルもない。何と順調で満たされた旅なんだろう。
 Nさんに同意を求めると,鋭いイビキが返ってきた。