8月16日(金)
札幌に夏は来なかった。
8月の半ばを過ぎても最高気温が30度を超える真夏日はわずか1日だけ。どんよりした空からそぼそぼと雨が降り続く毎日だった。
その日の朝,5時前に家を出て見上げる空ははやはり暗く,半袖の腕から寒さが這い上がって,ぶるっと震えた。
千歳空港行きの電車の窓で暗澹たる雲行きを眺めていると,気持ちが否応なく沈んでいく。仕事に追われ,前日になって遅くまで荷造りをしたため,ほとんど寝ていない。
千歳空港ロビーも何だか白々しく,コーヒーが苦い。一眠りしようと乗り込んだ機内でも寒くて全く眠れない。
ようやく関西国際空港着。人間味のない冷酷なデザインの空港ビル内では,顔のない人々が行き交っている。
リュックを背負い直して,ロビーに出る。
見覚えのある顔がイスに座って力無く手を振っている。いたいた。
「元気?」
「ちょっと腹が張って調子悪いんですわ」
「ダイジョーブ?」
「何とか」
「僕もここに来るだけで,もうぐったりさ」
これから旅行へ行くというのに,華やいだ雰囲気も弾んだ笑顔もなく,脱力感満々の疲れた会話を交わすこの二人。
そう僕とNさんとの中年コンビが,懲りもせずまた弥次喜多道中に出るのだ。
今回はなぜかミャンマー。タイにも少し寄ってくる。
とりあえずチェックインをすませる。
ところで,この「とりあえず」という言葉,おじさんの定番だ。ワイシャツのおじさん達で真っ白になってる新橋的居酒屋。席に着くなりオシボリの袋をパーンと割わって,手を拭き顔を拭き,首を拭い,脇の下まで擦りつつ叫ぶ。
「おねーちゃーん,とりあえずジョッキ4つ」
食べ物の注文を済ませ,他にございませんかと言われて
「とりあえずそんなもんで」
とか連発のイメージ。仕事でも家庭でも「とりあえず」とオジサンは切っても切れない関係にある。
高度経済成長時代あたりの臭いが芬々として,ちょっとそれは僕の知的イメージとは合わないなあ,それに変わる言葉がないものかとずっと探していた。毎日のようにいやいや酒を飲みに行き,苦しい研究,試行錯誤を重ねた結果,ある言葉にたどり着いた。
それは「ひとまず」。
さあ声に出して言ってごらん。
「ひとまずジョッキ4つね」
ほら,どうです,この上品な響き。しかも「とりあえず」との代替性の高さ。
そんなわけで,ひとまずチェックインを済ませた僕たちは,時間潰しに隣のショッピングセンターでコーヒーでも飲むことにした。
クーラーの効いた空港ビルから一歩踏み出して,一瞬鳥肌が立った。
ぐわっと押し寄せる蒸し暑さ,強烈な日差し。
北国から舞い降りた繊細な白鳥のような僕は,一陣の熱風に晒されて目が眩み,思わず立ち止まる。
関西,そこは既にアジアだった。
カフェの窓からは関空の2期工事の埋め立て現場が見渡せる。濃い色の海面に延々と続く土のライン。何台かのパワーショベルがカマキリの子供のように見え,埋め立て地のあまりの巨大さを引き立てる。アジア的猛暑に揺らめく海辺の光景はある種人間離れした夢のようだ。滝壺から見上げたナイアガラもこんな感じだった。
そういえば関空から海外へ行くのは初めてだ。出発ロビーへはわずかな距離だが,最新式の新交通で結ばれている。興味を引かれてきょろきょろ見回す僕に,Nさんが冷たく言い放つ。「こんぐらいの距離なら歩いた方が早いで」
まず免税店で旅の友スカッチ1本とタバコ2カートン買う。
アジア旅行のいいところは煙草がわりと自由に吸えるところだ。ここで僕は喫煙人だとカミングアウトしておこう。なるべく迷惑はかけないようにマナーは守るので,そっとしておいてほしい。
眼鏡を作るときは,ぴったり度数を合わせないという。なぜならあまりピントが合いすぎると目に負担をかけるからだ。僕が煙草を吸うのは,あまりに研ぎ澄まされた感受性が心の負担になるから,それを優しい煙でなだめるためなのだ。なんて,誰か突っ込んでくれ。
そんな僕だって,健康に悪いのは分かっているし,いずれこの悪友との別れが訪れるかも知れない。けれど,正直言って過剰な嫌煙運動には辟易している。ピューリタニズム的宗教性も臭うし。
オフィスの分煙は定着しているが,いっそのこと社員採用時から明確に分けて,退職するまで一切接触がないようにしてはどうか。社会的にも居住エリアを分けるなどして一生顔を合わせないようにしたっていいと思う。僕は喫煙者エリアの方が寿命は短いけれど楽しい人生を送れるような気がするね。
と,いくら言ってみても,現実的にはもはやマイノリティとなった喫煙者は,意志薄弱者として弱い物いじめの対象になっていくのだろうな。
Nさんは多分間に合うからと言って1カートン買う。
待てよ,ミャンマーの免税範囲って2カートンまでいいのかな,と不安がよぎる。
離陸だ。
タイ航空は初めてだった。紫の内装がエキゾチックだ。アテンダントのタイ美人の笑顔にも見とれる。しかし,まだ日常感覚が延長しており,旅の予感は湧いてこない。今夜ミャンマーの土を踏むことがどうも実感できない。
なかなか美味しいタイのシンハービールやワインを飲んでいるうちに,さすがに寝不足が効いてきて,しばらく眠る。
目が覚めて涎を拭う。もうバンコクのドンムアン空港だ。
昔の羽田空港ビルを巨大化したようなターミナルに入る。
僕らはトランジットだがチェックインは関空で済ませているので,待合いロビーへ直行する。クーラーはがんがん効いており,アジアにいるという実感は全くない。
毎年のようにここを訪れているNさんに誘導されて,smoking room で一服する。そこはセンスのいい免税店が建ち並ぶロビーの一角にあり,磨りガラスで覆われた小部屋だ。中に入ると,ビニル張りの薄汚れた椅子が並び,昭和40年代の中小企業のオフィスビルのような蛍光灯が灯っている。ガラスには怪しい唐草模様のシールが一面に貼ってある。それを見てようやく,ああ,ここはバンコクなんだ,と思い出す。

出入りする外国人から,ライターを貸してくれと3回も言われる。
どうも僕は道を聞かれたり火を貸してくれと言われたりすることが一般人より多いような気が以前からしている。なにかちょっと困った人を引きつけるパワーがあるのかも知れない。全然ありがたくない。
先のワールドカップ開催中,ショッピングセンターのベンチで煙草を吸っていると,隣りで騒いでいる柄の悪いヒップホップ系若者グループが突然声をかけてきた。(なんだこのヤロ)と対決姿勢で振り向くと,「サッカーどこが優勝すると思いますか」だと。「イタリアじゃねえの」と拍子抜けして答えると,あ,なるほど,と感心していた。突然そんなこと聞くなよな。しかもイタリアは予選で負けるし。
ロビーは確かに国際色豊かだ。様々な肌の色,特色のある衣装。通路のベンチで親戚一同疲れた顔で座り込むアラブ系の人,インターネットコーナーで真剣に画面を見つめるインド系の人,不機嫌な表情で言い争っている北欧系カップル,中国系エリートビジネスマン風,日本人OLグループエステ旅行風。
待ち時間が結構長い。クーラーが効き過ぎていて何だか体調が優れない。Nさんもぐったり疲れた顔で居眠りしている。
今後の旅に不安を感じる。どうしてミャンマーなんかに行こうと思ったんだっけ。だいたいミャンマーって国,イメージわかないし。
ずいぶん前に母をヨーロッパに連れて行った。それがとても感動したらしく,短歌に詠んだり,のちのちまで思い出話をしていたらしい。いつかもう一度連れて行ってやろうと思いながら時がたち,気が付くともう遠くへの旅行が出来ない病状になっていた。自責の念で,それ以来僕も海外旅行は封印した。そして今年,ツツジが満開の初夏,母が亡くなり,それを解いた。
ホウシャオシェンの映画で見た台湾の田舎の風景がふと胸に浮かび,行ってみたいと思った。
夏休みが近づいたある日,Nさんにメールでそんな気持ちを伝えた。確か彼はゴールデンウィークにもタイに行ってきたはずだし,道連れは当然無理だろうから,近況報告のつもりだった。
ところが,腹を空かしたイタチが傷ついた白鳥に飛びかかるように,「是非一緒に行きましょう」と間髪入れぬ返信があった。白状すると嬉しかった。
Nさんは台湾にも行ったことがあり,もう一度行きたい国の一つだからお勧めだという。僕の中では久しぶりにヨーロッパに行きたいという気分も少しあったので,台湾かヨーロッパの線で話を進めることにした。
早速仕事帰りに旅行会社で状況を探る。夏休みだから相当高いんだろうなと思っていたら,お盆を含む週でもそれほどでもない。若者なら金はないが暇はある。僕らは休暇はなかなか取れないが,そこそこの経済力はある。だったら,多少高料金の時期でも積極的に旅行した方がいい。というか,でなきゃ旅行なんて出来ない。そんなことに初めて気が付いた。
で,台湾かヨーロッパどちらにしようか。ヨーロッパといっても僕が行きたいのは南イタリア,南スペイン,ポルトガル,そのあたりだ。陽光と美食,いいなあ。あれ,待てよ,これらの国ってどっかで聞いたような。そうか,ついこないだのワールドカップで皆韓国に負けた国じゃないの。ツーことは裏道なんか歩いてたら韓国人と間違われてボコボコにされる恐れあり。今年はやめた方がいいかな。
それでNさんに台湾にしようかとメールすると,唐突にミャンマーに行きませんか,と返事が来た。え?ミャンマーって・・
なんでもNさんは7年前に一度行って大変感激したらしいのだ。
「他のアジア諸国とまた全然違いますで。スリランカとかネパールもいいんやけど,今政情不安定だし」
なるほど,台湾に行って中華料理を食べてきました,と言っったって誰も驚かないし,いつでも行けそうだ。でも,ミャンマーなんて,誰も思ってもみない国だろう。だって僕も思ってもみなかったし。こいつは手柄顔で自慢できるぞ。よし,乗った。
こうして行き先が決まったのである。
準備完了までには,お互いの休暇と飛行機の空席状況のすりあわせで四苦八苦したり,旅行会社のVISA取得手数料が高いと言っては別の代行サービスを探したり,インターネットでホテルを探したり,大変な作業だった。これを,決して暇なわけではないだろうに,殆どNさんが手配してくれた。
いよいよ旅行プランが確定してわくわくしていると,Nさんから「行程表作ってみました」とメールで送ってきた。旅行会社並みの手間暇かけたものだ。決して暇なわけではないだろうに。
これを同僚に見せると,皆一様に「団体旅行で行くんですか」と言う。違うよ。「だってこれ旅行会社で作ったものでしょ」違う違う。「へーっ,暇な人なんですか?」違う・・・と思うけど。
因みに,海外旅行へ行くんだと言うと,「へー,どこへ?」東南アジア。「いいなー,どこの国ですか?」と好奇心満々。そこで得意気にミャンマーに行くのさ,と宣言したとたん,「ミャンマー?・・・どこでしたっけ。あ,ビルマね。軍事政権の?ああ,スーチーさんが軟禁されてた。何でまたそんな国へ?」明らかにヒイテいる。心なしか後ずさっている。あわてて,いやいや一緒に行く奴がどうしても行きたいって言うから,付き合わされちゃって。(Nさんごめん)
それほど忘れられた国だ。
事前にガイドブックやインターネットで情報を物色したが,他の国に比べ圧倒的に情報量が少ない。
待ちくたびれた頃いよいよ搭乗が開始された。外はもう薄暗い。
ここバンコクとミャンマーの首都ヤンゴンは国境を挟んで隣り合わせており,1時間余りのフライトだ。ミャンマーと日本はマイナス2時間半という中途半端な時差だ。タイとはマイナス2時間。ヤンゴン到着予定が18時50分だから日本時間で言えば20時20分となる。
水平飛行に入るとあわただしく機内食が供される。国際線のメンツか。こちらもあわただしくワインを飲む。
機内誌を読んでいて気になる記述を見つけた。各国の免税範囲が書いてある表があり,ミャンマーの欄を見ると煙草は1カートンまでとなっている。大丈夫かな。
ヤンゴン空港に降り立つ。すっかり日は暮れている。
タラップを降りてバスに乗る。フト見ると降車ボタンがあって「お降りの方はボタンを押してください」と日本語で書いてある。あれ,日本製の中古バスだ。
真っ暗な空港で唯一オレンジ色の明かりが漏れる小さなビルがすぐ近くに見える。わざわざバスでそこへ向かう。
軍事政権下の空港だ。やはり緊張する。
裸電球のような薄暗い照明の建物内にはイミグレーションのゲートが4つ並び,係官がボックスの中でチェックしている。空港職員は皆軍服のようなものを着ている。しかし笑顔も見られ意外と物々しい感じではない。
列に並んでいると女性の係官がボックスから出てきて,みんなのパスポートを回収していった。一瞬不安がよぎるが,単に効率を上げるためのようだった。
やがて順番が来て名前を呼ばれる。ポンポンハンコを押してパスポートを返すときの笑顔。これがミャンマーとの最初の出会いだった。なんだかいい予感がした。
ゲートを通過すると,1人だけ目つきの怖い係官がいてパスポートをチェックしながら旅行者を仕切っている。見せると,あっちへ行けと指示された方向には両替所がある。
そう。これが悪名高き強制両替だ。
ミャンマーでは外貨獲得のためか個人旅行者は入国時に200$を強制的に両替させられる。パッケージ旅行の場合は免除される。数年前は300$だったから少しはましになったが,この国の物価からして使い切るのが大変なため,あの手この手でこれを逃れようとした話がインターネットの旅行記などに見られる。隙を見て通り抜けられたとか,失敗して両替所に連行されたとか,5$の賄賂を渡せばまけてくれるとか,いずれにしても評判の悪い制度だ。僕らは飛行機で国内を移動する予定だったので,素直に両替する。
ミャンマーの現地通貨はチャットだ。Kと表記する。しかし,ここで渡されるのはFECという中国の兌換券のようなものだ。子供銀行券のようなFEC紙幣が茶封筒に入れて渡される。
一応1FECは1ドルと等価と言うことになっている。しかし,公的機関やホテルなどでしか使えないし,チャットへの交換レートもドルより悪い。
チャットの公式レートは1ドル6チャットだが,闇では1ドル数百チャット,しかも日々インフレが進んでいる。つまり,公式レートと実態経済とはとんでもなく乖離しているのだ。
例えば缶ビールは一本500K位だったので,僕らの旅行中のレートでいうと一本60円ぐらい,ところが公式レートなら何と一本1万円になる。
このため,旅行者が合法的に両替できるよう,一旦ドルをFECに替え,これを実態に近いレートで両替し旅行者の便宜を図る,という建前のようだ。でも,実際には殆どドルのままで通用するし政府も闇レートを黙認しているという。経済制裁を受けているので公式レートを動かせないらしい。ちなみにミャンマーでは円は全く通用しない。
要するに,このFECとドル、チャットの3種の紙幣が流通していて、使えたり使えなかったり、レートも様々で、複雑怪奇さに頭が痛くなる。

次は税関だ。出口の近くに長い木机がおいてあり,そこに荷物を乗っけて開けろと言う。
全員のものを一応開けているようだ。携帯電話やパソコンは国内での情報統制のためか没収されて空港預かりになってしまうとかで,実際携帯が見つかって没収された,などというインターネット情報もあり,それらは念のため持ってきていない。
デジカメも一応申告書に記載したし,大丈夫だろうと,がばっとリュックを開けた。すると,荷物の両脇に2カートンの煙草が丸見えではないか。免税範囲のことを思い出しドキッとする。
係官は両手を底の方まで入れてごそごそし,ハイOKと身振りで示す。はー良かった。
入国手続きが終わり,ほっとしてロビーへ出る。そこにはカウンターが二つ置いてあり,おねーさんたちがボードを持ってなにやら叫んでいる。空港タクシーの勧誘らしい。ホテルの紹介もしているようだ。カウンターから出てはいけないという決まりでもあるのか,身を乗り出すようにして競い合っている。
Nさんが聞いてみると,僕らの泊まるホテルまでリムジンで6$だという。ガイドブックでは市内まで2$位と書いてあった。もう一つのカウンターに行こうとすると,慌ててタクシーなら3$だという。もう夜だし,何度も料金を確認した上それで行くことにする。早速FECで支払いチケットを買う。
補助員らしき若いあんちゃんが僕らを誘導する。あんちゃんはロンジーという巻スカートにゴム草履というミャンマー独自の衣装で優雅に歩く。玄関を出たところで,待っていろと言う。
客待ちのタクシーが数台,男達が何人か座って話をしている。暗くてあたりの風景はよく見えない。しかし生暖かい南国の匂いを含んだ夜風がまとわりついてきて,あー僕らはミャンマーに着いたんだと実感する。胸が高まってきた。
1台の相当古い小型車が現れた。これに乗れという。タクシーと表示されているわけでもなく,普通のボロ車だ。どうやら日産サニーの中古車のようだ。
乗り込むと,運転手がそこにいた男の1人に声をかけた。ガイドブックでは闇両替屋が乗り込んで盛んに両替を持ちかけるがレートが悪いので相手にしないようにとあったので,一瞬警戒する。結局その男は乗らなかった。
空港からの道はきれいに舗装されている。かなりスピード出す。飛ばすなあと思ってスピードメーターを見ると壊れている。市内まではかなりの距離がありそうだ。座席のスプリングがごつごつ当たって尻が痛い。
Nさんが言う。「リムジンで6$払ってもきっと同じような車でっせ」
確かに,道行く車は殆ど日本のオンボロ中古車だ。○○商店とか△△株式会社とかのロゴがそのまま残っている。消さないのがオシャレらしい。
運転手は車線変更するときに窓から手を出して,なにやら後続車に合図を出している。ウィンカーも壊れているのだ。その代わり,どの車も闇雲にクラクションを鳴らす。車同士がクラクションで怒鳴り合いをしているようだ。
トラックの荷台に人が鈴なりにぶら下がっている。驚いていると,Nさんがあれは一種のバスだと教えてくれる。
次第に建物が多くなり人通りも増えてくる。男も女も皆ロンジー姿だ。一国の首都としては寂しい感じがするが,それでもかなりの都会だ。
そろそろホテルに近づいたかなと思った頃,タクシーはハンドルを切り舗装のない狭い道に入っていった。街灯もほとんどない。ちょっと不安を覚える。
世界中タクシーにはたちの悪いのも多い。ニューヨークやベトナムでタクシーに苦労した覚えもある。仲間に取り囲まれて金を要求されるという最悪の結果も頭をよぎる。
その時,ホテルの看板が目に入った。無事到着だ。一安心。降り際にチップでも請求されるのかと思っていたら,降車するとすぐに帰っていった。
知らない国での最初のタクシーは緊張するものだ。この国は正直な人が多いのかも知れない。
ホテルのゲートにはロンジー姿のドアマンが控えている。案内されて,夜の中庭を通り抜け,フロントに着く。そこはオープンエアーで南国の植物が飾られ,お香の匂いが静かに漂っている。
ここはパンシーヤンゴンホテル。政府の元迎賓館で現在はフランス人がオーナーだという。
手続きの間大きなチーク材の椅子に座って待っていると,ボーイがマンゴージュースを持って現れる。虫の音が聞こえる。
チェックインが終わり,NさんがFECからの両替を頼む。1FEC800Kだ。ドルなら830Kという。5FECを両替する。4000K。ただし細かい紙幣がなく最低で500K紙幣だ。
ボーイに案内されて屋外の通路を渡り,木造コロニアル風の洒落た建物の1階にある部屋に着く。にこにこ案内するボーイにやむなく500Kのチップを渡す。タクシーで30分以上走って3$だからやりすぎのような気がするがやむを得ない。この国では基本的にはチップはいらないらしいが,どこでも喜んで受け取った。もらえばサービスも違ってくるだろうし。
ドアを閉めて二人になると,ほっとして荷物を置く。部屋のすばらしさに写真を撮りまくってはしゃぐ中年男たち。トロピカルで格調が高く,ゆったりとした広さ。さすが元迎賓館だ。ウェルカムフルーツの中にごろんと椰子の実がある。これはどうしろと言うんだ。
「どうです。いいやろ。今井さんの好みを考えましたんや」
ぼくはどうもアメリカンスタイルの画一的な巨大ホテルが好きではなく,ヨーロッパのホテルの格調が高くて家庭的な雰囲気が好み,などと常々うそぶいていた。
それを酌んでNさんが探してくれたのだ。今回の旅は各地のホテルも楽しみの一つだ。
ミャンマーでも数ドルのゲストハウスがたくさんあるみたいだが,疲れた中年旅行者には高級ホテルの安らぎが何より嬉しい,というか元気のもとになるのだ。
しかも今は雨期でオフシーズンのため驚くほど安い。ここも一泊5000円。2人でシェアするから一人2500円。もちろん朝食付き。Nさんが決して暇な訳ではないのに,インターネットや人脈を駆使し一番安いクーポンを見つけたのだった。
東南アジアはだいたい冬の乾期が青空が広がる観光シーズンだ。今は雨期。一日降り続くことはないと言うがどうなんだろう。
「僕に感謝しないといけませんねえ」
「はいはい,大変ありがとう」
Nさんの強制感謝要求にやむなく従いながらも,頬が緩む。


もう遅いし夕食はホテルのレストランで食べることにする。フランス料理のコースメニューが25$。フランス人が経営者だから,きっとおいしいだろう。かなり高いけれど,旅の第1日目を祝して良しとする。
中庭の池に面したテラス席に座る。暗い池の畔からポロポロとハープのような音楽が聞こえる。目をこらすとロンジー姿の太ったおばさんが腰掛けて,竪琴を奏でている。優雅なビルマの竪琴だ。蒸し暑い夜の空気と溶け合うな柔らかで官能的な音色。その懐かしさ。蛙の声と虫の音が,宇宙の背景輻射のように,濃密な闇を覆っている。
僕のミャンマービールとNさんのコカコーラで旅の始まりに乾杯する。
ミャンマーのビールは世界のビール通の間でも有名らしい。マンダレービールという老舗とミャンマービールが2大ブランドで,ラベルには酒類コンクールの受賞歴も書いてある。本場ドイツはミュンヘンなどで各種のビールをとことん飲み比べた私に言わせても,相当おいしい。マンダレービールの方は酸味がわずかに勝っており,僕はミャンマービールの方が好みだ。この他にシンガポールが本拠のタイガービールも出回っていた。ミャンマー,マンダレーはどこでも大瓶で供されるのに比べ,タイガーは中瓶で同じ値段だ。
料理はフランス料理のフルコースとして申し分ない。洗練されたスープと前菜,ジビエの野性味,滋味溢れるソース,絵画的な盛りつけ,洒落たデザートまで,間然するところがない。
蝋燭越しのNさんの顔も,この時ばかりはタコ焼きに目がない関西土着民ではなく,アルジェリアあたりの中級官僚のようにも見える。
テーブルにはひょろひょろ伸びた稲科の草の盆栽が置かれている。日本のものほど凝ってはいないが,東南アジア一帯には盆栽の文化があるのかもしれない。そういえばベトナムでも箱庭のような盆栽を各所で見かけた。
デザートの前に供されたカクテルグラス入りのシャーベットを一口食べたNさんは,イスラム教徒のように首を振り,グラスを置く。食べてみると微かにウォッカが混じっている。Nさんは一滴も酒が飲めない体質なのだ。みるみる頬を赤く染めるNさんの顔からなるべく目を背けながら,彼の分も食べてあげる。





いつの間にか雨が降っている。
竪琴の音は止んだ。蛙の声も既にない。
暖かい雨音が暗緑色の静けさを刺繍している。
極楽ごくらく,と呟いてみる。
幸せやねー,とNさんが返す。