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7時半に目が覚める。
昨日は旅の興奮と疲れで夜10時には寝てしまった。だから9時間以上も寝たことになる。
んーよく寝たなあ,と寝ぼけマナコでNさんを見ると,既に餌を探す鳩のような機敏さで、活発に動き回っている。
6時に目が覚めて,もう朝風呂に入ってきたという。
これだから年寄りは・・・。

ベランダに出てみると,ここは山上なので海が一望に見渡せる。島々と船が曇り空のもとで,じっとしている。
朝食は食堂でバイキングだった。品数は少ないが味はそこそこ。総じていいホテルだった。



昨日はお伊勢参りだった。
今日からは熊野詣でだ。
天気予報では雨のはずなのに,今のところ晴れている。
助手席でフト気がついた。道路側の支柱の全てにと言っていいほど,赤福の看板が付いている。まるで軍事政権下の衛兵の示威行為のように延々とそれが続いている。
恐るべし赤福。そうなのだ,ここらは”赤福王国”なのだ。

国境を越えたあたりで,運転を代わり海岸沿いの山道を進む。
カーブや坂が多く,北海道の道を走り慣れた僕には,運転がとても疲れる。
いきなり雨が降り出した。
「僕が運転すると雨が降るみたいだよ。だから運転交代しようよ。」
とNさんに進言するも,
「雨もなかなかええもんやね」
と言下に断られる。

途中,鬼ヶ城という観光スポットで降りる。
海が荒れて凄まじい波が立っている。雨もぱらついている。海沿いに続く奇岩が抉れて部屋のようになったところがあり,それが鬼ヶ城らしい。
団体さんも何組かバスで乗り付けている。中国語も飛び交っているから,台湾あたりから来ているのだろう。彼らは九州方面からバスをチャーターし,超ハードスケジュールで精力的に日本観光して帰るらしい。とはNさんの情報。
典型的な観光地らしく,記念撮影用に鬼の人形がある。その鬼君と肩を組んで撮ってもらっていると,近くにいたオバチャン組に大いに受け,すぐに真似された。
土産物屋でみかんキャラメルを買ってみる。食べてみると正にミカンの味だった。名物にうまいもの無しと言うが,これも旅の話題だ。




続く観光スポットは「獅子岩」。
海岸の岩が獅子の頭に見えると言うもの。
あった。雨も上がらないので車の中から見る。
「なるほど,獅子の頭のカタチしているね」と確認する。
観光終わり。



次は花の窟(イワヤ)というところ。
後で知ったがここは日本最古の神社だそうだ。
イザナミノミコトが火の神様カグツチノカミを生んだときにやけどをし,それがもとで死んだ。その時イザナミをここに葬ったという。
ひっそりとした脇道に車を止め,鳥居をくぐって鬱蒼とした森の中へ踏み込む。横手においなりさんへの真っ赤な鳥居が重なり合っている。
さらに進むと,突然視界が開け,高さ十数メートルはある大きな岩が正面に見える。その前には祭壇がしつらえられていた。岩の上からは海岸の方へロープが張られている。これは年に2度の祭りの時に使うという。



入口まで戻り,由来などを書いた看板を読んでいると,小柄で痩せたじいさんが自転車を止めて近づいてきた。
じいさんは僕の横に立ち,なにやら説明を始める。ボランティアのガイドさんかな,とも思ったがどうもそうではないらしい。
一生懸命説明してくれるが,ほとんど意味が分からない。訛りもきついし,しゃべり方がもごもごしていて,聞き取れないのだ。
なんとか分かる言葉をピックアップすると,この神社にまつわる歴史を解説しているようだ。
黙って聞いているのも何なので,お祭りがいつ行われるのかとか,岩のロープにはどんな意味があるのかとか,大きな声で聞いてみた。ちょっと耳が遠いようだから。
それが敗因だった。
当初遠慮がちだったじいさんの顔がぱっと輝き,得意満面で講釈をしゃべり出して止まらないない。
Nさんを振り向くと,にやにやしながら車にもたれている。
しばらく聞いていたが全然終わりそうもない。僕も打ち切りの言葉を探して,何度もお別れしようとする。でも,悪名高きYes,but話法を天性で身につけているようで,一応こちらの話しに相づちを打っておしまいと思いきや,すぐに別の話しを続けてくる。
しかも意外と鋭い目でじっとこちらを見ながら喋るので,割り込むきっかけがつかめない。
もうかなわん,と本当に打ち切ろうとして
「ありがとうございました。とても貴重なお話でした。帰ったらここの由来とかよく調べてみます。」
と,お辞儀をした一瞬の息継ぎの合間に,何も聞こえなかったように新たな話題を差し込んでくるし。素晴らしいテクニックだ。
ひえー,助けてー,とNさんを見ると,すでに車の中で,いい加減に切り上げてや,という表情で待ちくたびれている。
もう負けました。すいません。と心で謝りながら,延々と続く話の途中で離脱する。
じいさんは、まだ話足りなそうにこちらを見ていたが、諦めて,キコキコ自転車を漕いで去っていく。
そういえばあの自転車,お稲荷さんの下に停めてあったなあ。キツネ!?まさかね。



昼時になったので,回転寿司に入る。僕は寿司の世界には疎いので,Nさんの勘を頼りに一軒の店に決め,腰を下ろす。まあ海沿いだから間違いないだろう。
食べた感想は,はあまり触れたくない。



近くの名所,七里ヶ浜にも寄ってみる。鉛色の海辺に出ると,凄まじく荒れ狂った波頭が 左手最奥から,右手の彼方まで連なっている。
これのどこが景勝地なんだー,と叫ぶ声は,正面からまともに吹き付ける強風に吹っ飛ばされる。
這々の体で土産物センターに駆け込み,生オレンジジュースを飲んでみる。だって紀州だし。
身体の内側から蜜柑色がしみ出してくるようなおいしさだった。



さ,いよいよ熊野詣での始まりだ。
熊野は,熊野三山といって,本宮(熊野本宮大社),新宮(熊野速玉大社),那智(熊野那智大社)の3社でワンセットだ。
熊野信仰の中心地で,平安〜鎌倉時代には上皇等の寄進を受け,三山とも発展,修験道の霊場としても栄えたという。
熊野は,日本の起源,古代史との関わりも深い。その辺は各自調べるように。

まず,近くの新宮・熊野速玉(ハヤタマ)神社へ行ってみる。
清々しい境内に新しい朱塗りの本殿。ご神木の梛(なぎ)の大樹が印象的だ。ご当地縁の佐藤春夫の詩碑もある。
まだ熊野の入口という感じだ。
パラついては止みと繰り返していた空模様が,ついに怪しくなってきた。
そそくさと車に戻り,次の那智大社へ向かう。



那智に着き,観光客が行き交う細い道沿いの駐車場に入れる。有料だ。Nさんの顔が曇る。
雨は既に本降りとなっており,Nさんが持ってきてくれた変な色のビニル傘をさして,滝に向かう。

山道が開けると,どんと正面に滝がある。間近で見る滝は迫力があり,その高さに驚く。133メートル。日本一の直瀑という。頭を相当反らせなくては頂上が見えない。
ここには神社の出張所のような所があり,護摩を焚いたり,グッヅを売ったりしている。周りは鬱蒼とした熊野の山にかこまれ薄暗く,護摩の煙が立ちこめて,ご神体である滝そのものの神秘性を高めている。
雨脚はいよいよ強くなり,滝の飛沫なのか雨滴なのか,瀑布の轟音なのか雨の音なのか,さらにお香の匂いも鼻孔を刺激して,熊野の自然と渾然一体となる感覚を味わう。
滝壺の近くまで行けるらしいが,そこへの通路は有料300円。微妙に迷うところだが,トイレからさっぱりした顔で帰って来たNさんに相談すると,針は止める方にストンと振り切れた。



那智大社へは我々が停めた駐車場あたりから山を登っていける。そこは表参道ではなく,旧熊野街道で,途中から石段が続いている。
ちょうど観光客の切れ目なのだろうか,誰もいない中,Nさんと二人だけでハアハア息を切らしながら上る。

以前にこんな状況があったような・・・そうだマンダレーヒルか。去年行ったミャンマーのマンダレーという街に,丘全体が仏教施設となっているところがあり,麓から頂上まで千数百段の石段が続いていたのだ。そこを裸足でヒイヒイいいながら登ったことを鮮明に思い出した。詳しくはミャンマー旅行記を読んでおくれ。
あちらは仏様,こちらは神社だが,熊野はもともと原始的な山岳信仰の地であり,また,平安後期には本地垂迹思想と結びついて,阿弥陀浄土と信じられたというから,マンダレーヒルと大きな違いはない。

途中ぼくの感度のいい耳に微かにご詠歌のような節回しが聞こえてきた。それが次第に大きくなってくると,ようやく頂上の開けた境内ににたどり着く。

そこには那智大社と並んで,青岸渡寺というお寺がある。これらはもともと神仏習合の一体のものであったが,日本の文革とも言える明治の神仏分離とその後の廃仏毀釈により,一時廃屋とされたものを信者が復活させた寺という。西国三十三ヶ所巡礼の一番札所でもある。
御詠歌はテープで流されていた。御詠歌も,そもそも藤原道真の父兼家に廃された花山天皇が,三十三ヶ所の巡礼を行った際に詠んだのものが起源らしいから,ここが発祥の地だ。

境内から対面する深い緑の山並みに白く一筋,那智の滝の美しい瀑布が見渡せる。滝の音は聞こえない。雨も小降りになり,曇り空も少し明るくなっている。
那智大社で一応お参りする。Nさんも何やら熱心に手を合わせている。おおかた株価上昇でも祈願しているのだろう。
何度でも言う。お賽銭10円じゃ無理だって。




熊野二山目クリアということで満足し,参道をぶらぶらと下る。
道端には土産物屋が連なっている。那智黒という石が名産らしく,真っ黒な石細工を売る店が多い。確か碁石として最高級の素材だと言うことを思い出した。碁石もあちこちで売っている。因みに白石の高級素材は蛤だ。

今日行った観光地の各所で,那智黒飴という真っ黒な飴を売っていた。試食してみたが,変哲のない黒砂糖を使った硬い飴だ。このあたりの山道の至る所で,那智黒飴の看板を見た。伊勢が赤福王国なら,熊野は那智黒帝国だ。色といい硬さといい,どう見てもこちらの方が悪役だろう。間違いない。

一緒に参道を下っている人たちは,大声で中国語を喋っている。台湾あたりからの観光客だろうか。態度が堂々として皆楽しそうだ。二十一世紀は中国の時代,そんな言葉を思い出す。
駐車場に着いて,ふと見上げると那智の滝がよく見える。到着したときには傘に隠れて全然気が付かなかった。



今日の観光終了宣言をして。今夜の宿,勝浦温泉へ向かう。
勝浦に着いて,まず何はなくとも酒の買い出し。Nさんは一滴も飲めない人だが,僕は一滴でも飲みたい人だから。
ホテルでも酒は売っているだろうが,僕はワインを飲みたいのだ。昨日のホテルにも置いてなかったし。
まず,この辺で唯一っぽいコンビニへ。売ってない。
次に一番大きそうなスーパーに。酒なし。
がっかりして店を出ると,向かいに酒屋が。なるほどね。
ところがこの店,ほとんどが日本酒,焼酎,ウイスキー。ワインは片隅で数本だけ埃をかぶっている。しかも3千円ぐらいの割と高級なもののしか売っていない。店のオバチャンに心の中でダメ出しして立ち去る。
困った。狭い街の端から端まで流してみる。
もうホテルの売店でビールでもいいやと諦めかけたとき,一軒の酒屋が目に付いた。古い民家のような昔ながらの酒屋だ。多分ワインなんてないだろう。でも一応。
黒くくすんだガラス戸をガラガラと引いて薄暗い店にはいると,石のタタキの奥の椅子で,じいさんが二人世間話をしている。ワインなんてものとは一番遠い位置に存在する店だ。案の定,棚には日本酒が並び,ガラス戸の冷蔵ケースにはビールのみ。
失礼しましたー,と店を出ようとしてふと台に並べられた日本酒瓶の中に「梅酒」を発見。ん?紀州といえば・・梅だ!アリだな。早速方針変更してだみ声のじいさんから買い求める。

安心して,今晩泊まるホテル浦島専用の駐車場に車を入れる。ここからバスでまず勝浦漁港まで向かうという。
ホテル浦島,忘帰洞といえば,関西人の10人が10人知っており,8人は行ったことがある,というほどの有名なところらしい。
もちろん僕は聞いたこともない。東京の晴海にもホテル浦島というビジネスホテルがあるけれど,そこの本店みたいなものかな。
なぜわざわざ送迎バスに乗り換えるかは,すぐ分かるから。

雨で濡れた広大な駐車場に車を止めて待つと,ホテルのマイクロバスが現れた。乗り込む。10分ほど市街地を走ると,港に到着した。ここの桟橋から今度は船に乗るのだ。ホテル専用の乗り場には団体客が並んでいる。
僕らもそこに行こうとしたとき,Nさんが,「あ,無い。」と言って立ち止まった。ぼくもビクンとして3pぐらいジャンプする。
またパスポートなくした?!
そう,ミャンマーでNさんがパスポートをなくし,一騒動起こした。それが,トラウマとなっているのだ。
あ,そうだ。関西はパスポートいらないよな。と頭の中で確認し,とひとまず安心する。関西というアジア的文化の中を旅していて,パスポートが必要なような気がしてしまったのかも知れない。
「携帯,車に忘れてきた」
「一晩ぐらいいいじゃん」
「いや,どうしても必要なんや」
結局,送迎バスで戻って取ってくると言う。
なぜそんなに携帯と離れられないのか分からない。もしかしたら僕の知らない深夜,密かに油を嘗めながら携帯をかけているのかも知れない。あまり詮索しない方がいいな。

ぼくは荷物番をしながら,暮れていく港を眺める。厚い雲の下で,肩を寄せ合って停泊する漁船のマストがギシギシと蠢いている。対岸にはいくつか大きなホテルが見える。船着き場には団体客が続々と詰めかけ,小さな連絡船が次々と彼らを運び出していく。
すっかり暗くなった頃Nさんが戻ってきた。



船は二十人も乗れば一杯になるぐらいの大きさだ。僕らは後部デッキの椅子に座る。波が高く,相当揺れる。やがて,巨大なホテルの灯りが近づいてきた。ホテル浦島だ。
専用船でホテルにアプローチするなんて,バンコクのペニンシュラホテルと同じだ。違いは,向こうの船はチーク材を豊か使ったキャビンにスマートなクルー,こちらは魚臭いプラスチックの船室と漁師のような船員。向こうの客ははカーディガンを着た金持ちパパとテニスウェアの女の子,こちらは覇気のないじいさん方と傍若無人なオバチャン達。この程度の些細なものだ。



さて,ホテルのフロントは団体客でごった返し,ここでも大声の中国語が飛び交っていた。すごい活気だ。疲れたポンニチ中年オヤジの我々は,スタミナドリンク10本ぐらい一気飲みしないと,到底太刀打ちは出来ないだろう。
部屋は意外なほど広かった。メインの和室の他に,出窓付きの洋室と化粧部屋のような鏡台と衣紋かけのある部屋が付いている。



さっそく風呂に行く。ホテル浦島は海に突き出た半島の先端に位置しており,そこの海辺から丘の上まで新旧数棟の建物で構成されている。各棟は渡り廊下で複雑に結ばれ,中の人間は迷路に押し込められたネズミと同然だ。
各施設へのガイドとして,大きな病院のように,床に色分けされたテープが貼られている。しかし,それも増設した土産物売り場などにより時々消失したりして,あまり役に立たない。

だから風呂もたくさんある。浴衣姿のおばちゃん達が何かの紙を持ってはしゃいでいるのに気づいた。風呂場のスタンプラリーだった。全ての風呂にはいるとなにがしかの景品がもらえるようだ。前述したとおり,ここのシンボルは忘帰洞という洞窟風呂だ。客がそこに集中しないようにと考え出されたのだろう。なかなかナイスな企画だ。
熱心な若手従業員あたりがアイディアを出したのだろうか。ホテル浦島,将来も安泰と見た。

さて,忘帰洞。
洞窟の広い空間の中に,いくつかの湯船が設けられている。湯で煙る天井を見上げ子細に観察すると,岩肌は直接見えず,全面コンクリートを吹き付けている。安全上の理由だろうか。
視線を何かが横切ったと思ったら,ツバメだった。天井のあちこちに巣を作っている。
洞窟の口は海だ。波が荒いためか,一番近い湯船は立ち入り禁止のロープが張られている。
真っ暗な海面が砕け白い波頭が盛り上がっては,洞窟の口に叩き付けられてしぶきを上げる。
その繰り返しを見ていると飽きない。のぼせるまで見とれてしまった。

食事はバイキングだった。まあまあの品揃え,お味。特別に言及することはないかも。



部屋に戻り,窓際の椅子で例の梅酒を飲む。さすが紀州は梅の産地,滋味深いおいしさだ。雨粒が流れるガラス窓に目をこらすと,黒々とした港にぽちぽちと船の灯りが明滅している。
Nさんは僕が持ってきたパソコンとにらめっこしている。果たして今日のお参りの御利益があったかどうか,眉間のシワがよく語っている。


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