2月吉日、起き抜けにおコタでコーヒーを飲んでいて、ふと鎌倉に行こうと思いました。春めいた風が誘ったのです。
 そこへトントンという遠慮がちのノックが聞こえ、ニコニコと入ってきたのは、尼崎人のNさんです。キアヌ・リーブスを自称し、タイの建築工事を1日中ぼーっと見ていたという実績を持つアジアウォーカーでもあります。一口でいうと愛想の良いアラブゲリラという感じの人です。謀議即決し2人で鎌倉へ行くことになりました。
 北鎌倉の駅に降り立つと、日差しがポカポカして遠景はぼんやり霞み、ちらほらと梅の花がほころんでいます。
「春だなあ。」
と僕が小さな感動で立ち止まると、いたって実利的な関西人であるNさんは
「そんなに春が珍しいでっか?」
とすげない。
「北国育ちだからね。」
「なんで?」
「春を待つ気持ちが強いのさ。」
「早よ先行きましょか。」
 まず、駅近くの円覚寺に行ってみます。観光客もそれほど多くなく、梅の香りが漂う静かな境内に、僕らが踏みしめる敷石の音が吸い込まれていきます。
 小銭の整理を兼ねて本堂にお参りをし、
「世界が平和でありますように。」
と願うと、横でもNさんが目をつぶっています。
「こないだ買った宝くじ当ててや。」
とでも祈っているのでしょうか。
 国宝の鐘があるというのでそちらへ行ってみました。長い階段を一気に駆け上がるのは敢えて止め、休み休み登ると、せいぜい言いながら見渡す景色は、春の日差しをふんわりとかぶった鎌倉市街のたたずまいです。
 この市街に深い音を放つであろう鐘は、静かに目を閉じている風情です。緑青に寄進者ゆかりの賛が刻まれており、歴史と同じだけの重みが積み重なっているのが伝わってきます。
 そこへ名古屋弁の中年グループが押し寄せてきました。国宝の鐘をなでたり叩いてみたり
「レントゲンで見たら内部はヒビだらけだがね。」
「ほお、厚さ20センチ以上はあるだぎゃ。」
とか、うるさいうるさい。
 僕が鼻白んでいると、Nさんが「あそこに甘いもんありますで。」と茶屋を見つけました。彼は1滴も飲めない代わり、甘い物に目がないのです。
 僕も近頃甘いものが好きになってきました。高校生のころショートケーキ3個を1度に食べて激しく胸焼けを起こして以来、20数年にわたり決して口にしなかったのに、近頃おいしいなあと思うのです。
 ある友人が先日、手荒れがひどくて病院に行ったら
「それは老人化の始まりです。」
と言われたらしい。つまり40歳過ぎぐらいにも体質の変化が起こるらしいのです。してみると嗜好が変わるのもそのせいかなぁ。釈然としないなぁ。
 茶屋で安倍川餅を頼み、遠く山あいのお寺に咲く梅の白から赤を眺めていると、目の前の竹垣にひょいとリスが現れました。全身灰色で愛らしい目と尻尾です。それに気が付いた店のおばさんが、安倍川餅を狙っているから気をつけて、といいます。確かにいくら追い払っても、隙あらばと狙っているようです。そうなるとかわいいリスちゃんも小憎らしく見えてきて、気の休まることなく阿部川餅を食べるはめになってしまいました。
 さて次は建長寺です。拝観料を払って、梅の姿を愛でつつ境内を散策していると、山門で坊さんの話が始まるとアナウンスが流れました。山門に行ってみますと、広報担当という坊主がハントマイクを巧みに使って、講話を始めました。内容は、建長寺の由来とか(日本で初めての禅宗寺)、京の大徳寺の開祖も建長寺で修行したとか、自分の寺の宣伝が主でした。しかし、寺の側ももっと外に出て人々と接する必要を感じて、最近このようなことを始めたということで、なかなかいい試みだと思います。
 この辺の寺では一般の人でも数千円の費用で何泊かして、座禅などの修行を行うことができるそうです。この案内を見たNさんは、
「これいいですね、今度一緒にやりまへんか。」
「お金払ってバシバシたたかれるのは御免だよ。」
「違いますって。何千円かで三食、寝泊まり付きってことでっせ。おいしい話ですやんか。」
 やはり関西人は発想からして違うなぁ。
 さて、次はどこのの寺にしましょうか、というところで脈絡なく「春の江の島」というフレーズが頭に浮かび、お寺巡りの予定を簡単に変更することにしました。
 その前にまず腹ごしらえ。鎌倉駅まで「この辺の家は高いんでしょうねぇ。」とか言いながら歩き、鶴岡八幡におまいりした後、参道のうなぎ屋へ。
 鎌倉は蕎麦が名物ですが、うどん食いのNさんは食べないのです。蕎麦は喉に刺さるとか、訳の分からないことをいうのです。
 うなぎ屋では二階の広い座敷に通されて、Nさんは1番安い鰻重、僕は1番高い鰻丼を頼みました。両方とも同じ1700円です。こっちが絶対お得と双方相譲らず、さあどっち、とわくわくして待つうち、おばさんが二つを持ってきます。
「この二つどう違うんですか。」
「ご飯もウナギも全く同じ。入れ物が違うだけ。」
ちゃんちゃん。
お酒もちょっと入り、ほとんど客のいない座敷の窓からは白梅の枝が午後の薄い光の中で曲がりくねっていて、眠気を誘います。ああこのまま昼寝したい。でもそれは叶わぬ夢。
 鎌倉駅からのんびりと江ノ電に乗り、江ノ島に着くころには、日差しはかげり、風が強くなってきました。大きな橋を渡ると波は高くざわめき、ヨットハーバーの林立したマストが揺れています。南欧の漁村のようだと思いました。
 江の島に来たのは、ここに有名なエスカーという乗り物があるとNさんに話したところ、ぜひ乗ってみたいと言ったからです。
 いかにもB級温泉街然とした江の島の商店街は後で見ることとし、早速エスカー乗り場へ直行します。
 エスカーってご存じですか?僕も初めて乗ったときは腰を抜かしました。江の島の頂上まで登るためのもので、その実態は単なる有料エスカレータです。何台か乗り継いで頂上へ行くのです。
 ずうっと前、最初に乗った時は、何かロープウエーみたいなものがあって、そこへ行くためのエスカレーターとばかり思いましたね。ところがどこまでいってもそんなものはなく、
「あ、これがエスカーですかー。」
とようやく気が付いたのでした。
 江の島の頂上は大衆食堂や遊具があって、昭和40年代ぐらいのデパートの屋上を思い浮かべてもらうといいでしょう。眼下に広がる太平洋を見て
「このまま行くとアメリカだなぁ。」
と僕が感慨深くつぶやいたのを聞き、Nさんは
「こっちは千葉の方やがな。」
「太陽があそこだからやっぱりこっちだよ。」
「違いますがな。」
とかあっちだこっちだと言い争っているうちに日が暮れてきました。
 下りは歩きです。定番の木刀を売っている土産物屋や、名物の紫いも饅頭の店を冷やかしながら歩いていきます。
「さっきの店の店員さんかわいかったなあ。」とNさん。
「どうして早く教えないのさ。」
とかつまらない話をしながら、ふもとにたどり着きました。
 橋を渡って振り返ると江の島が黒いシルエットに浮かび上がり、潮騒を孕んだ風が夕やみの底を掃いています。街の灯もちらほら灯りはじめ、僕はなんだかさみしい気持ちになりました。
 当初の予定では横浜によって中華街でパッとやるはずでしたが、時間が遅くなったので戻ることにしました。
 江の島からは湘南モノレールです。これは懸垂型のモノレールで相当スピードを出します。先頭に乗っているとトンネルにぶつかりそうで怖いくらいです。とにかく今日は随分色々な乗り物に乗ったなぁ。
 Nさんがデジカメを買いたいから新宿につきあってくれというので、新宿西口のヨドバシカメラへ行くことにしました。富士フィルムの150万画素のもので、実売で59,800円です。Nさんは前から狙っていて、何店も価格調査していましたが、どこも59,800円だったので、気持ちを固めたようです。
 早速売り場へ行くと、なんと49,800円になっているではないですか。きっと230万画素の新機種が発売されていたので、値を下げたのでしょう。Nさんは満面に笑みを浮かべて喜びを表現し、僕もよかったよかったとうなずきます。
 ところが、Nさんの表情がふっと曇りました。前に見たときに、おまけの5点セットがついていたはずだというのです。店員に聞くともうそのセットはないが、大ガード店に行けばあるかもしれないとのことです。
 ここで、関西の人にわれわれ純情な北海道人がいかに太刀打ちできないかというエピソードを紹介します。
 ある日Nさんが「甘栗を買ってきたから食べに決まへんか。」と部屋に呼んでくれました。
 1袋250円だったそうです。
 甘栗に爪を立てながら「随分安かったねえ。」と聞くと、本当は1袋300円だったそうです。どうやって値切ったのか、まあ聞いてください。
「おっちゃん、これいくら?」
「300円。」
「4袋で1,000円にまけてえな。」
「うーん。よし、まけた。」
「おおきに。じゃあ、その1,000円のやつを1袋。」
「???」
「はい、250円。」
 鬼のようなテクニックでしょう。
 さて大ガード店に行ってみると、めでたく5点セットがありました。59,800円と値付けされていましたが、本店に確認させて49,800円にしたことは言うまでもありません。5点セットといっても、ちゃちなポーチやストラップなどの販促グッヅですが、関西的情熱には大変胸を打たれるものがありました。
 夕食は近くの博多料理店でモツ鍋をつつきました。
 鎌倉の梅も良かった。春の江ノ島も面白かった。デジカメと5点セットもちゃんと手元にあるよ。
 二人それぞれ幸せな気分で、長い一日はようやく更けていくのでした。