「朝からホタテは食う気がしないねー。ホタテ焼きは止めましょ。」
駐車場から車を出すと,Nさんはそう言った。
朝飯はありきたりのバイキングだった。いくらでも食べていいとなると,いくらでも食べてしまう悲しさ,ぼくは食欲の奴隷だ。
今日は天気が崩れるとの予報だが,空はまだ明るい薄曇りで,ときおり晴れ間も見える。
ひとまず網走に向かい,刑務所でも見ることに決める。
相変わらず車は少なく,ボート競技が行われると言う網走湖を右手に,滑らかに走行していく。
Nさんによればサンゴソウの群生地が途中の卯原内というところにあるらしい。
車を降りると,すっかり晴れた空を背に,トーテム上から木彫りのオジロワシがぼくらを睨んでいる。
能取湖の岸辺に,くすんだ赤のサンゴソウが広がっる。すり切れた絨毯だ。
板張りの散策路の上を,カメラ片手の人々が三々五々静かに歩いている。その足音。磨き上げた朝の青空,冷たく黒ずんだ湖面,と瘡蓋のようなサンゴソウの赤の対比。最盛期ではないらしいが,十分に違和感のある色彩だ。
遠くオホーツクの水平線。
網走監獄への道に戻ると,Nさんが歌い出した。「オホーツクの海」だそうな。
蒼いうねりも潮鳴りも、
消えて沖ゆく船もない
見渡す限り流氷の、
身を切るような風が吹く、
ああー、オーホツクの冬の海
{ちゃらちゃ、ちゃんちゃん}
サンゴソウが感興をもよおしたのだろう。犬が興奮して遠吠えをしていると思えば微笑ましい気持ちになれる。
ぼくは優しい目であたりの風景を楽しむ。
北海道というバイアスはかかっているが,道東,道南,道央,道北の相貌は相当異なるようだ。
ぼくの生誕の地室蘭や函館などの道南は雪も少なく植生も広葉樹が豊かで山々も丸みを帯びている。全体に何かがほどけている雰囲気がしてならない。
札幌,旭川の道央は多雪地帯,生きるのに厳しく,尖った山峰が寒々と木枯らしを吹き下ろす感じだ。
道北は名寄の近くの朱鞠内湖あたりまでしか行ったことがないので良くわからないが,少し諦めの入った、居直り的明るさが感じられる。
道東もやはり別世界だ。もともと北海道の西と東は別の陸地で,それがぶつかって今の形になったらしい。その時の力で日高山脈が盛り上がったため,いまでも山頂近くで海生生物の化石が出る。
心の底がすっとするような空,景色,植物,いいなあ,と眺めてしまう。
本当に札幌は寒い。雪が多い。本来人の住むところではない。
ここで,ぼくが考えた壮大な「札幌南下計画」をご披露しよう。
札幌の市域の北側を近隣市町に割譲し,南側を市域に組み込む。これを気づかれないように少しずつ少しずつ何世紀も続けていくのだ。市の中心部も知らないうちに徐々に移っていくだろう。
そうすると気が付いたときには野を越え山を越え苫小牧あたりまで南下できるわけだ。
さらに青森県に飛び地を作っていけば,いずれ流浪の都札幌は東京の隣ぐらいにいるのかも知れない。
この極秘計画をNさんに打ち明けた。
彼は哀れむような,さげすむような目でぼくを一瞥するのみで,今度は「網走番外地」を歌い始める。
その名も網走番外地〜
その名も網走番外地〜
その名も網走番外地〜
壊れたSPレコードだ。
これだから関西人はロマンを解さない。
Nさんの記憶を頼りに網走刑務所を探す。どうもおかしいと,盛んに首をひねるNさん。
そうなのだ。網走刑務所は最近まで実際に使用されていたが,建物が老朽化して近代的施設に改築する際,既存の建物を別な場所に移転復元し,全体を博物館として保存した。
Nさんが20年前に来たときにはまだ移転前の刑務所を訪れたため,現在とは位置が違っていたのだ。
刑務所の門の周りには数組の団体観光客がタムロしている。そのうち制服を着た案内のおばさんが現れ,流ちょうに説明を始めた。
最近の博物館などはボランティア説明員を置くところが増えている。きっとその手の職員と思い,後を着いていくことにした。
復元された川(実は池)に架かる橋を渡ると,まず煉瓦造りの小さな小屋が数棟並んでいる。
これは懲罰独房で,頑丈な扉を閉めると中は真の暗闇となる。新入りの罪人をまず何日か放り込んで反抗心をなくしたりする。暴れて手の着けられない囚人は,ひときわ壁の厚い小屋に入れられる。ここだと中で叫ぼうが喚こうが一切音が漏れないという。
閉所恐怖症で想像力豊かな僕としては足が震える思いだ。
続いて囚人用の講堂,風呂場,放射状の監房,作業小屋など,説明を聞きながらぞろぞろ後に付いて見学する。
いずれの建物も黒ずんた柱や天井に囚人たちのうめき声が浸み込んでいる気がして,暗鬱になる。
暗い建物から出ると,真っ青な空から眩しい陽射しが降り注ぎ,ナナカマドの実が赤くたわわになっている。こんな年は雪が多いという。
途中で,説明員のおばさんに引き連れられた集団と何度かすれ違ううち,どうもこのおばさんたちは,バスガイドさんであることに気が付いた。僕らのグループも観光バスの一団らしい。でも,まあいいや,と付かず離れず後をついていった。資料館らしきところで別行動にする。
「もう全部見たね。だいたい分かったね。」と見学を切り上げる。
帰り際,Nさんが,好物のソフトクリームを食べるといって売店に向かう。僕は甘いものが余り得意ではないけれど,酪農地帯でもあるしきっとおいしいかも,とお相伴にあずかることにした。
売店ででほっぺの赤いお姉さんに注文し,軽口をたたくNさん。
「びっちり底まで詰めてや。」
これはコーンの底までクリームを詰めてくれということだ。お姉さんはとまどったような迷惑なような曖昧な笑いを浮かべ,作成を開始した。
「僕らどこから来たか分かります?」
「さあ・・。」
「イントネーションで分かりませんか?」
「さあ・・大阪ですか。」
「そやそや,こんなこと言うの関西人ぐらいしかおらんやろ。」
「そうなんですか?」
どうもはずし気味だ。
別に関西人が珍しい時代でもないからなあ。と見学するぼく。
ソフトの1個目がフィニッシュする間際,Nさんが鋭く言い放った。
「あと一巻き,おまけしてや。」
この叫びに,彼女はビクンとして一巻き加えた。
僕の分も受け取って近くの四阿で食べる。
確かに,通常のソフトクリームに比べ一段と盛り上がっている。
「何でも言ってみるもんやでー。だめでもともとやないですか。大阪人はみんなこんなんでっせ。」
確かに一理はある。旅行後しばらくして衝撃の文壇デビューを飾ったアントニオ猪木の処女詩集はまだ読んでいない。が,きっとNさんと同じことを語ってるのかも知れない。
タイトルは「バカになれ」である。
ソフトクリームはおいしかったけれど,途中で飽きてうんざりしてきた。コーンだけをパリパリ囓って口直しをしたい。にもかかわらず,底の底までクリームがびっちり入っていた。
車を出してすぐ,刑務所のパンフを見ていたNさんが気づいた。ど真ん中にあった肝心の施設を見逃していたのである。
バスガイドさんの解説聞きたさに,途中までくっついていったばかりに,周辺をぐるりと回って真ん中がぽっかり空いてしまったのであった。好事魔多し。
今日の天気は次第に荒れ模様になると予報されている。美幌峠への坂を上るにつれ空模様は下り坂となっていく。
峠に着くころには冷たい霧があたりを覆っていた。下界の景色は全く見えない。
峠には大きな山小屋風の茶屋があり,なぜか軍服姿の自衛隊員が大勢タムロしている。茶屋の前にはチングルマやクロユリなどの高山植物が売られている。いいのだろうか。
Nさんによれば,ここは芋団子発祥の地であるという。芋団子というのは,茹でたジャガイモにホットケーキの生地をまぶして油で揚げたものだ。札幌近郊の中山峠にも同じものがあって名物となっているが,確かにこちらの店には「元祖」と大書してある。名物にうまいものなしという警句のとおり,甘ったるくて僕の口には合わない。
Nさんは腹が減ったといい,イカの丸焼きを頼んでいる。
その間,僕は峠の頂上へ歩いて行く。大きな石がごろごろして歩きづらい。足下を確かめつつ登り,天辺に着いて目を上げると,眼下に屈斜路湖の大パノラマが開けていた。うっすらと霧にかすんでいるが,手を伸ばせば届くような近さに感じる。
感激してNさんを呼びに行く。
イカ焼きを食べ食べ解説するNさんによると,ここら辺は車のCMでよく使われるポイントらしい。なるほど峠道がいいカーブを描きながら湖を見下ろしている。
例によってNさんの口からメロディーらしきものが流れる。
「黒ゆりの歌」だそうな。
黒百合は恋の花、愛する人に捧げれば、
二人はいつーか、結びつく。
あーーあああああー、あーーあああああー
この花、ニシパにあげようか、私はニシパが大好きよ。
黒百合は魔物だよ、花の香りが染みついて、
結んだ二人は、離れない。
あーーあああああー、あーーあああああー
風が強くなってきた。歌の断片が屈斜路湖の上空へ千切れて飛んでいく。
せっかく道東に来たのだから,と摩周湖を見に行くことにしている。
峠の下りではパラパラとフロントガラスを叩く雨に,ついに来たかと覚悟をした。でも,下界に下りるとそれも止み,空の周辺部が明るい。しばらく持ちそうだ。
「確かこっちの方かな,ちょっとそこを曲がってみて。」
Nさんの指示で寄り道する。
そこは,砂湯温泉だ。
屈斜路湖の一画にあり,湖畔の砂を掘れば温泉が出るらしい。
砂を踏みしめて,子供たちが遊ぶ岸辺に行ってみる。
みな一生懸命砂を掘っている。穴だらけだ。ひとつの穴の溜まった水に手を入れてみると,思ったよりずっと熱い。水で埋めないと入れないぐらいの温度だ。試しに屈斜路湖の湖水に手を入れると,こちらは普通に冷たい。不思議だ。
土産物屋が並ぶエリアの無料温泉水を飲んでみる。まずい。硫黄の臭いにむせんで,半分捨てた。
黒雲が湖に蓋をしている。空の周辺だけがまだ明るい。鉛の湖面で白鳥型ボートが不安気に揺れている。
摩周湖観光コースの定番である硫黄山に着いた頃には,ついに雨が本降りになってきた。
広い駐車場にも車はほとんどいない。ここで降りて傘も差さずに山裾まで歩くのはしんどい。なにより駐車代が有料ということで,パス。
土砂降りの中摩周湖の第3展望台に着く。ここも有料だが致し方ない。Nさんは例によって
「こんな何も見えないのに駐車代とるの。」
と係のオジサンを困らせる。
展望台の建物に走り込む。もちろん何一つ見えない。
摩周湖がきれいに晴れて見えると,いいことがあるという。以前一度だけ訪れたときには摩周ブルーに澄んだ湖面が硬質の鏡のような静謐さを湛えていた。
しかし,Nさんの数多い体験ではほとんど晴れていて,いわゆる霧の摩周湖を見る方が珍しかったそうだ。実際はどうなんだろう。世の中にはいいことの方が多いのだろうか。
ともあれ本日は湖面どころか視界ゼロ。
ぼくもお腹が空いたので,摩周名物芋餅を買う。
芋餅はジャガイモでつくった粘りけのある餅で,これを甘辛い醤油ダレを絡めて食べる。ぼくの記憶では数年前に突然スーパーなどで売られるようになった。どこかの農協婦人部あたりで発明したのだろうか。ここのは,割り箸で平たい餅を2こ刺してある。
それを見たNさんが,食べたことがないのでちょっと味見させてと言う。
ちょっと囓るだけだよ,と差し出す。
しかし,粘ってなかなかかみ切れず,四苦八苦している。
哀れに思い,一個行っちゃっていいよ,と提言する。もう唾だらけだし。
2個のうちの1個だから,空きっ腹を我慢して半分も上げてしまうなんて,ぼくはなんて心の優しい人間なんだろう,と感動する。
雨の中小走りに車に戻り,しばらく走ってほっとした頃,やはり来た。
霧にあなたの名前を呼べば、
こだま切ない湖にひとり〜
「霧の摩周湖」これはぼくも知っている。
ていうか、この霧じゃ、あなたの名前より,レスキュー隊を呼ばないと。
こうやって馬鹿にしているけれど,内心では驚いているのだ。
これほどメロディーと歌詞を無尽蔵に引き出せるのはひとつの才能である。聞けば小中学校の音楽の成績は芳しくなく,自他共に認める音痴だと言う。が,ぼくが聞くと音程はきちんと取れているし,音楽的記憶力からみて,学校教育やカラオケなどでは掬い取れない素晴らしい能力が備わっているのだろう。
多分何の役にも立たないけれど。
今夜は知床で宿を得ることにしている。
平地に降りると雨はきれいに上がった。
雨上がりの舗装道に陽射しが照り返し,車は一直線に疾走していく。
そろそろ知床半島だ。未知の土地への期待で胸が躍る。
道は断崖に張り付くように延び,片やオホーツク海の上空には大いなる太陽が傾きつつある。
「ここらで歌ってあげましょう。」
案の定「知床旅情」
知床の岬にはまなすの咲く頃、
思い出しておくれ俺達のことを〜
無視していると、暗黙の賞賛と勘違いしたのか、続いて「岩尾別旅情」が車内に流れる。
北の果て知床に吹く風は冷たく、
波荒いオホーツクに白いカモメは遊ぶ、
丘の上に咲く一輪のえぞにゅうの花によれば・・・・・・(沈黙)
ここで歌詞を忘れたらしい。
ぼくは神の国から下界に引きずり降ろされている。
ウトロの街にはいると,民宿が建ち並んでいる。ぼくはどこでもいいのだが,Nさんはここでもコダワル。
端からはじまで一応車を流しても,あの民宿はキタナイ,あそこは畳が湿っていそうだと,文句をつける。やむを得ず,知床横断道路方面にもちょっと行ってみた。
街のはずれるあたりに小洒落たホテルがあった。Nさんのお眼鏡にはかなったようだが,いかにも高級そうだ。
「今井さん,ちょっと聞いてきてくれません?」
「Nさんのお気に入りなんだから,自分で聞いてよ。」
「聞くだけ聞いて泊まらないなんて,そんな恥ずかしいことようできませんわ。」
普段の押しの強さと,この気後れのどの辺に境界があるのか,北海道人には良くわからない。不思議だ。
いやがる彼の尻を叩いて聞いた結果,一泊12000円もするという。これは高い。もらってきたホテルのパンフレットを未練がましく眺めるNさんを説得し,一番小ぎれいそうだった民宿に行くことにした。
ウトロ市街の入り口にあった,民宿「石川」だ。
2階建ての民家のような玄関先に車を突っ込み,中に入ってみる。
受付らしきカウンターがあるが,誰もいない。
「今度は今井さん聞いてや。おいしい食事かどうかも聞いてや。2階の海が見える部屋にしてもらってや。」
とNさんはうるさい。
今日はー,と呼ぶと,廊下の奥から前掛けをした作務衣姿の主人が出てきた。
50歳ぐらいで角刈りのすっきりしたオヤジさんだ。
「今晩部屋空いてますか。」
「大丈夫ですよ。」愛想良く答える。笑顔がいい。
「料金はおいくら?」
「一人6500円。」
これならいいな。ぼくは,振り向いてNさんに同意を求める。
Nさんは,ほら,食事のこと!と目顔で催促。もー,恥ずかしいなあ。
「あのー,食事はおいしいですか。」(ウワッ言っちゃった)
「え??ははは。もうここらで一番おいしいよ。絶対自信持ってるから。」
「じゃあ,お願いします。」
主人が引っ込み,受付の用紙に記入している間,Nさんはまだ言っている。
「いい部屋にしてもらってや。」
「大丈夫だよ,空いていそうだもの。」
「いやいや,やっぱり言ってみんと。」
主人が戻り,ぼくがぐずぐずしていると,たまりかねてNさんが言う。
「海の見える部屋にしてもらえます?」
主人はにこにこして,
「じゃあ一番いい部屋にしましょう。」
通された部屋は6畳ぐらいのこざっぱりした和室で,窓が2面ある角部屋だった。
ウトロの海が一望できて,確かにここでは最高の部屋のようだ。
Nさんは案の定鼻を膨らませている。
「ほーら,言ってみるもんでしょう。」
ここは,Nさんの手柄顔にヒレフスのもやむなしだな。
ぼくはどうしても上品さが邪魔をしてしまうからな。
でも、よかったよかった。
とるものもとりあえず,風呂にする。この宿のは温泉ではなく,地下の狭い内風呂だ。
Nさんが入っている間,知床の海を眺める。
雲は桃色で,水平線が橙に滲んでいる。そろそろ夕暮れだ。
浜辺に引き上げられた船の上で原住民の子供たちが遊んでいる。その歓声とカモメの鋭い叫びが交錯する。
ぼくも風呂を頂き,部屋に戻る途中,オバサングループの新客が部屋に案内されるところに出くわす。主人が「すいませんねえ。海側の部屋が塞がってるんですよ。」と申し訳なさそうに言っている。
Nさんに報告して,予想通り一層得意になるのを見物する。
海は眩しい蜜柑色に光り輝いている。全天から果汁がしたたり落ち,突き出た岬の影の中で黒いマントの魔女たちがこちらを窺っている。
ところで,異常に暑い。部屋の温度計は30度を指している。
夕食の時間になり食堂に降りる。2列に並べた座卓の上に小鉢が一人十数個並んでいる。なかなか豪華だ。
飲めないNさんはぼくに盛んにビール頼めと勧める。酒飲みは食事の時に必ずビールを飲むという固定観念があるようだ。ぼくは普段食事時に酒は飲まない。フレンチでワインとかは飲むけれど,日本酒はあまり好きじゃないし,世評は知らずビールと和食は全然合わないと思う。そのことをコンコンと説得してようやく断る。
料理は海産物が中心でどれも新鮮だ。主人が自慢するだけのことはある。メロンもある。
ズワイガニが一匹付いており,面倒なので足の第1関節部分だけ食べて捨てていると,Nさんが,何ともったいないと,細い第2関節の食べ方を教授してくれる。
N先生の、「ズワイガニのシャブリ方」講座はこちら。
本州方面の人(我々の言い方では内地の人)のカニに対する飽くなき執着にはいつも驚かされる。
ご主人が,ウチで造ったものですがどうぞ,とイカの沖漬けを出してくれる。
これは,内臓を詰めたイカを,海で取れたその場で醤油につけ込んだものだ。
ぼくは,両手を縛られて塩辛を樽一杯食わされそうになったら,舌をかんで死んでやると覚悟を決めているから,この手の発酵アミノ酸系統は大の苦手だ。
でもニコニコと自慢げに勧められると,ちょっと囓らないと悪いなあと思い,一口食べてみた。すると生臭さもなく,内臓もまったりとして,意外や美味であった。
ところで他の客はオヤジグループと親子ずれらしき先ほどのオバサンたちだけだ。
数人のオヤジさんたちは酒を飲んでいい調子になり,主人と盛んに話している。どうも観光タクシーの運ちゃんたちらしい。
話を聞いていると,ここの主人も元運ちゃんで脱サラして民宿を始めたようだ。その縁で運ちゃんたちの常宿になっているのだろう。そういえば2階には一人用の個室が並んでいた。
オバサングループは3人で,中年ぐらいが2人,70歳は過ぎているだろうと言うおばあさんが1人。
オジサングループのうちお喋り好きの1人は,他の連中が部屋に戻ったあとも残って手酌を続けていたが,このオバサンたちに声をかけた。
「どっから来たのさ。」
「四国からなんですよ,なもし。」
へえ。
今日四国からフェリーで小樽に着き,すでに知床方面を車でひととおり回ってきたらしい。すごい強行日程だ。このオバサン二人も無類のお喋り好きで,観光情報や四国の話を精力的に語り続ける。
その横でおばあさんが,グッタリ疲れ切った面もちで,黙々と箸を動かしている。
それを見たNさんが,このグループは嫁さん2人とお姑さんで,うまいこと言ってお姑さんを旅行に誘い出し,あちこち引き吊り回してグッタリ弱らせるのが目的に違いない,と断定する。
なるほど,もしかして多額の生命保険を掛けているのではないか,新手の完全犯罪か,など,ぼくらはひそひそ推理を膨らませながら食事を終える。
夜,ウトロの街をぶらついてみようかとも話が出たが,面倒なので止める。この辺が中年旅行の枯れたところで,ひとつの味わいだ。
ぼくは,スコッチをボトル3分の1飲みながら,オリンピックのサッカーを観戦する。
Nさんが飲み物を買いに下におりて,食堂の前を通ると,例のオヤジとオバチャン連中はまだ声高にお喋りし,その横ではおばあさんがつらそうに下を向いていたとのこと。
粘度の高い夜の空気を,ゆっくりと揺らす潮騒。
温度計の針はまだ摂氏30度から動かない。