某日、素敵な女性H子さんのお誘いで、三遊亭円遊さんの浅草本法寺寄席を聞かせていただきました。栄馬さんという方との二人会です。
 地下鉄田原町から歩いてすぐの本法寺を探し当てると、狭い境内の一角にお酒とおつまみが並んでいます。これとっていいのかなあと、躊躇しながら、お燗ができるワンカップを取ろうとすると、
「ハイ持ってって、持ってって」
と威勢の良いダミ声で、白髪頭を刈り込んだセーターのおじさんがうながします。
「それこん中で一番高いお酒だよ」
とたたみかけられて、お寺の入り口の受け付けに追いやられました。受け付けには上品そうなおばさんが座っていました。
 さて、お寺の広間には中央奥に高座が置かれ、その回りを大勢の客が思い思いに座っています。100人以上いたかなぁ。H子さんと、もう一人お呼ばれしているSさんの姿はまだ見えず、僕は適当な場所に陣取って、早速ワンカップのお燗を始めました。
 出囃子が鳴ってまず栄馬さんが現れ、いよいよお楽しみのはじまりはじまり。
 栄馬さんの印象は、フランキー堺(古いねぇ)を思いだしていただければいいでしょう。
 最初は声が小さく、迫力がないなぁと思っていたら、ぐいぐい引き込まれてしまいました。
 話しぶりはちょっと気取って客との距離を置く感じですが、情景描写が素晴らしい。
 1つ目の「片棒」では祭りの山車(実は葬式なんです)のお囃子を口でやるのですが、これが本当に目の前にパーッと情景が広がるような気がして、ちょっとザワッとしたほどです。
 また二話目の「なす娘」でも、和尚さんが蚊帳の中で寝ているときのそよ風の吹かせ方は、本当に心地よい夏風を感じて、汗がすっと引くようでした。
 自分で絵を描くそうで、それを終了後に売っていました。やっぱりなぁ。センスありそうだもの。と納得しました。
 さてメインの円遊さんです。出てきて分かったのは、先ほど入り口で仕切っていたおじさんが、円遊さんだったということです。受付のおばさんが奥さんであるとのこと。
 防衛庁長官が同級生だったそうで、今日はあちらが国会答弁、こちらは落語、とういうフリから入ります。
 円遊さんは栄馬さんと対照的で、声も迫力があり、お客さんの中に入り込んで話しかけるというスタイルです。
 もう、自分自身が登場人物になりきって、吉原を冷やかして歩く感じで、生き生きとして親しみが持てる落語でした。

 文楽と志ん生の違いというか、栄馬さんが描くのが風景画だとしたら、円遊さんはまさに人物画ですね。で、たぶん裸婦像が好きなのね。
 最後の演目が終わって、ああ面白かったと外に出ると、Sさんと、H子さんが立ってました。
 Sさんが手回しよくインターネットから検索してきた店のうち、お好み焼きでも食べましょうということになりました。
 田原町は浅草の隣の駅です。雷門からそう遠くない小路にその店を見つけました。浅草染太郎という店です。
 間口三間ぐらいの年期の入った建物で、格子戸を開けると、土間に順番待ちの客が何組みかおります。せっかくなので待つことにしました。
 外で一服つけ、隣の店の前にある看板に目をやると、染太郎の行列は店の前に並ばないこと、とあります。ということはこのお好み焼き屋は、いつもは「行列のできる店」なんだろうな。
 さて、順番が来て奥のテーブルに通されます。テーブルには中央に鉄板が埋め込まれ、黒光りしています。何を頼もうかなぁとメニューを見ながら待ちます。しかし、全然注文を取りに来ない。しびれを切らしてようやく呼びつけ、ビールといくつかのオリジナルお好み焼き、そしてパンカツとかいうのも頼んでみました。
 なんだか店員の愛想がない、というか客を見下ろしている感じです。有名店にありがちの「勘違い」をしているのかなぁ。
 僕は元来お好み焼きはあまり好きではないので、殆ど食べたことはありません。それは味がどうこうということではなく、自分で何かこちょこちょやらなくてはならないというのが面倒というか、貧乏くさいというか、鬱陶しいのです。例えば恋人同士で行くと、大抵は女の子がかいがいしく作ってあげたりして、一種の疑似家庭が現出するのは、彼らにとっては深い意味でもあるのでしょう。(男女の役割固定が云々という話はやめてね。あくまで現実の一般的傾向という話です。)けれど、僕は店に全てお任せの方が気が楽なのです。
 お好み焼きと双璧をなすのが釜飯ね。あれも自分でちまちまご飯をよそって、家庭を持ち込んでいるようなところが、そこはかとなくさみしいです。おいしいけど。この流れで、いわゆる「おふくろの味」系統も遠慮したいですね。
 それと、よくあるでしょう。ステーキの類を鉄板にのっけてジュージューパチパチしたまま客の前に出すやつ。熱々のところ召し上がってください、という意味なんでしょう。
「しばらくハネますから、紙ナプキンをこうやって持っていてください」とかね。
「ハネなくなってから持ってこい!服が汚れる!」
「客にこんな変な格好させるな!」
と心の中でツッコミを入れてしまいます。おいしいけど。
 で、なんだっけ。そうそう、お好み焼きの一品目がようやく持ってこられて、店員さんが言うには、
「(オイ、コラ)誰かやり方を知っていますか。」
「いえ、誰も」
「(しょうがねえなあ)じゃあ私がやるから、まずそこのかき混ぜておいて」
 我々は小学生のようにおびえながら店員の支持を待ちます。
 この染太郎オリジナルのお好み焼きは、具だくさんで、ちょっと広島が入っている感じですね。
 お肉とか卵だとかその他いろいろ、複雑極まる手順、タイミングで重ねていき、その都度、これをかき混ぜろとか、キツネ色になったら呼べとか、お手伝いを強要されます。
 とてもじゃないが覚え切れるものではなく、次の回に我々だけで思い出しい思い出しやったときには、再現することは到底無理と諦めました。
 味はまあまあおいしかったですね。でも行列までできるのはどうしてか、よくわかりません。
 注文の残りが2つになり、まずパンカツというのを先にお願いしようとすると、
「パンカツは最後!」
と厳しく叱責されました。
 パンカツをやると鉄板が汚れてしまうからだというのです。だいたいパンカツってどんなもの?カツサンドみたいなもの?イメージが広がります。
 いよいよ最後にパンカツの材料が運ばれてきました。あれ?食パン1枚、パン粉少々、ミンチ肉ちょっと、小麦粉を溶いたもの半カップ。これだけです。
 で、例によってしばらく放って置かれます。
 これで何ができるか激論しましたが、全く想像できません。肉が1つまみしかないし、なんで食パンとパン粉があるんだ?
 ようやく若い店員のあんちゃんがやってきて、我々に諭すように説明しながら作り始めました。
 これも大変手間のかかる手順を踏むのですが、要は小麦粉と肉を合わせたペーストを作ってパンに塗り、パン粉をまぶして焼くのです。焼くというよリ多めの油で揚げる感じですね。ぼくらは絶えず流れ広がろうとする油をヘラでパンの周囲に集める役目を命じられます。パンは2つ割にされ、その切り口やパンの周辺も丁寧に肉入りペーストが塗られ、すべての面がキツネ色の衣に追われていきます。
 給食なんかで食べた揚げパンみたいなものかなあ、それともピロシキ風?と、その時はまだ思っていました。
 さていよいよ完成です。 おそるおそる一口食べてみて、すべてがわかりました。あまりのカタルシスにSさん、H子さんは笑いが止まらないようでした。
 トンカツ。そうです。まごうことなきトンカツです。どっから見てもどっから食べてもトンカツとしかいいようがない。パンの中にもたっぷりとラードが染み込んで、その出自がパンであったことは片鱗もうかがい知れません。卵で閉じてご飯に乗っけたらカツ丼として十分やっていけるでしょう。
 この店が昭和29年創業だそうですから、当時の代用食として人気があったのでしょうかね。
 生半可な知識の外にこんな世界があるんですね。
 パンカツを食べて半可通を悟る。チャンチャン。
 店を出てその感激を分かち合いながら、夜風の中、雷門方面へ。神谷町バーが近くにあるというH子さんの言葉で、裸電球が揺れている光景がパッと浮かびました。電気ブランね。でも、お二人とも帰るというのでお開きにしました。