表題:色彩心理学入門
著者:大山正著
出版:中公新書(760円)

 この本を読んでいると、色々驚くべきことや示唆に富む記述があっておもしろい。
 例えば人間の網膜には錐体という微小組織が並んでいて、この一つ一つが赤緑青のどれかに強く反応することにより多様な色彩を感知できるということは知っていた。つまりテレビの画面にぐっと目を近づけると三色の光点がびっしり並んでいるのが見えるはずだが(白色の部分がいい)、これほど規則的ではないにしても原理は同じということである。(モノクロ、トリニトロンの人は除外。デジタルはちょっと違う。カラー液晶は知らない。)
 ところが、最近の生理学的成果によると人間はこの情報をさらに、白−黒のいわゆる反対色をセットとする3つのパラメータに1次変換してから脳に送り込んでいるというのだ。
 このことにどういう意味があるのかは、詳しくは書かれていなかったが、残像だとか、暗順応とかの現象を説明しやすいらしい。視覚の研究をしている友人がいるので今度聞いてみよう。
 また、基本的な色の色名は、色の名前だという示唆があり、このことも考えてみるとなるほどと思った。と言っても何のことかわからないだろう。こういうことだ。例えば今24色(憧れの金銀入り)の色鉛筆が手元にあったのでこの色を並べてみよう。

色名
色名
色名
色名
色名
色名
山吹 植物
植物
植物
桃色 植物
紅色 植物
植物
ねずみ色 動物
鉱物
鉱物
鉱物?
肌色 事物
水色 事物
黄土色 事物
黄緑 (結合)
赤紫 (結合)
赤茶 (結合)
深緑 (修飾)
群青 (修飾)

 これを見てわかるように、色名と書いたもの以外は自然界の事物事象と分かちがたく結びついているのに対し、赤、青などはもっと抽象的な色そのものに対応しているように思われる。しかもこれらが前述の基本パラメータの色とぴったり一致する。言葉の由来や他言語との比較など詳細な研究をしないと学問的意味はないだろうが、視覚の生理的仕組とこれほど対応するのは驚くばかりである。この本のなかにウェーバーの法則というのが紹介されている。
 どういうのかというと、ある感覚の物理量を I として、その感覚と違うと初めて判別できたときの物理量を I+△I とすると、
 △I/I = 一定
というものだ。
 例えば、あるひとが30gのものを持ったときに感じる重さを仮に30と表示するとしよう。つまりI=30である。 このとき同じ形で31g、32gと重さの違うものを用意しておき、目をつぶって最初の30gと比べ、重さが違うと初めて感じたときの重さが33gだったとするとI+△I=33、故に△I=3となる。
 ここで考えてほしいが、この人は3gの違いを感じることができる、と言えるだろうか。これが何かの計測器であれば機械誤差+−3gと考えられるが、人間の感覚はそうはなっていないというのが、ウェーバーの主張である。
 例えば私は学生時代から現在まで約30kg太ったという哀しい経歴を持っているが、30kgといえば確か大きな米袋の重さだ。今この30kgの袋を先程の人に持ってもらい、密かに3gの子ねずみを乗っけたからといって、その違いに気がつくだろうか、ということだ。ウェーバーの法則に従えば
 △I/I= 3/30 = 0.1 = 一定 
 故に30kgの場合はI=30000で、上式に代入すると△I=3000。つまり3kgの違いがないと差異がわからないというわけだ。
 この法則が一般的に成り立つとはいえないらしいが、ある領域では確かに成り立つし、傾向としては間違ってはいないという。
 これは面白い。色々応用が利きそうだ。例えば、以前から念願してた買い物をしようと貯金10万円をおろし、いそいそとお店に向かったとする。交差点をわたるとき凍結路面に足を滑らせ大転倒をやらかしたが、何事もなかったように薄笑いを浮かべて店に逃げ込む。苦手な値引き交渉も今日はうまくいき、さて支払いを済ませようとすると、あれ、金がない!あっ、転んだときだ。飛ぶように交差点に戻るが雑踏が行き交うばかり。警察に届けたものの逆に説教され、結局出てこなかった。こんな時皆さんは1か月ナイシ1年にわたってクヨクヨと落ち込むだろう。
 ところが、これが億万長者(ヘンな言葉)だったとしてごらんなさい。3日もしないうちに忘れているでしょうよ、きっと。その日の晩にでも秘書から「先日の投資の件ですが、3億程度の利益が出ましたのでこの辺が売り時かと」かなんか電話があるんだぜ、どうせ。
 皆さんが百万円貯金を持っていて(羨ましい)10万円落とし1年間クヨクヨしたとすると、ウェーバーの法則によれば、10億円貯金がある人に1年間クヨクヨさせるためには1億円の損害を与える必要があるということとなる。
 例えば、あるレベルの政治感覚をもった国民が納得できない政策があったとしても、もっと政治的に未熟な国では当然の如く行われているという事実は、一見ウェーバーの法則と反対のように思われる。というのもこの法則は、つまるところ大きな刺激に対しては感覚が鈍くなることを表しているからだ。
 しかし、敏感度(△I)を要求水準と捉えると、適用できるだろう。 政治感覚に長けた国民ほど高いレベルの政治じゃないと満足できないという訳だ。警句を引用すると、豚なら満足できるが、ソクラテスには不満だということか。
 個人レベルでは、私がこんな事を書いて喜んでるのを見て、もっと知的水準の高い人は退屈しているかもしれない、という言い方だと私がかわいそうだから、ある水準に達した人はより高いレベルの刺激を求めようとする、ということは言えると思う。
 そんなのは単なるアナロジーにすぎないとおっしゃる方もいるだろうが、人間の思考や行動がいかに生理的なものに操られているかは、先程の色名の話を持ち出すまでもなく、疑いのないところだと私は思っている。
 その事に関し、よくいわれている法則を紹介してこの稿を終える。

 スーパーマーケットの法則 空腹の程度と買い物の量は比例する。