このホテル,部屋は狭くてくすんでおり,電話機だってモジュラージャックではなく,インターネット接続は携帯でしか出来なかった。バイクも他の車の邪魔にならない場所に停めたのに,レシートを見るとしっかり車と同額取られていた。安いだけが取り柄。
でもでも,いいさ。今日もいい天気だ。朝日が眩しいよ。
いい気分で荷造りをし,カメラでバイクの姿を納める。
よっしゃ行くぞー。アクセルオーン。


ガチャ!?(前輪ロック)ひわっ!?(後部持ち上がり)グシャン(横倒し)・・え???(疑問符だらけ)
オレ倒れてる。左足の上にバイクが乗ってる。なぜ?なぜ転けた?
あーーーー前輪にディスクロックつけたままだった。
ディスクロックというのはタイヤに付いているブレーキ用の円盤に通す鍵だ。これをつけるとタイヤが回らないので盗難防止効果は大きい。
ただ,小さいので鍵を付けたことを忘れがちだから,ハンドルと鍵をコイルで結ぶなど目印を付けると良い。このコイル,まさか忘れるなんてあり得ないし,と買わなかったんだ。
やっぱり忘れてるし,どうして買わなかったんだと後悔しても,バイクから足が抜けない。ふと浮かんだアイディアを実行する。それは,靴を脱ぐ。すぐに抜けた。
バイクを起こそうとして,また転けた。荷物が重いんだ。それを下ろしてようやく立たせる。
被害状況は?あ,ギアチェンジのステップが曲がってる。泣きそうになってバカ力で元に戻す。8割方成功。あとは・・・どうやら無事みたい。変な液漏れもないみたい。エンジンは,最初キャブ?にかぶっている感じでなかなか始動しなかったが,どうにか動き出した。
はー凹むー。
一応秋田のレッドバロンに寄って見てもらおうかと思ったが,走っているとどこも不具合はないようだ,ひとまずは良かったよかった。
秋田県庁に寄ってみることにした。ここには札幌に来たときにいつも顔を出してくれるKさんがいるから。ここで挨拶しないと義理を欠く。
正面玄関のガードマンに聞くとバイクは中庭の専用駐車場に停めろと言う。行くとだだっ広い中庭の一番奥にあり,玄関までかなりの距離だ。
受付のお姉さんに部署と名前を言うと,確認の電話をしていたが,そんな人はいないという。あれどこかに異動したのかな?記憶違いかも。フルネームを聞かれて愕然とした。名前が思い出せない。名簿を見せてくれたので,同じKという名字の人10人近くの名前を見たが,記憶があやふやで特定できない。
最後の手段として,バイクに戻り荷物からパソコンを取り出してインターネットにつなぎ,あるHPから辿ればわからないことはない。でも駐車場まで往復は遠いし,もし異動してたら県庁だから秋田市外かもしれないし,今回は諦めよう。ごめん。

青空にそびえる重厚な県庁に別れを告げ,ぼくは山形に向かう。
途中,道端でレッカー車に積み込まれるバイクを見た。ライダーも近くにいたから,きっと致命的な故障でもあったんだろう。ぼくのバイクはこの先大丈夫だろうか。不吉なものを見てしまった。
こんな時こそ安全運転しなくては。ことさら慎重に,バイクを走らせる。ずっとぼくのすぐ前を走っていたトラックが交差点で左折した。ほくは直進。
と突然,グワッシャーンンンフシャラララグンゴゴン。
ものすごい音が後ろから聞こえてきた。思わず振り返ると,先ほどのトラックが荷崩れを起こしてガラス瓶入りの箱をぶちまけ,交差点はガラスの破片で一杯になってていた。
ひえー,間一髪だ,一歩間違えば危なかった。
後始末大変だろうな,他の車にもぶつかったかな,運転手は地獄だな,損害賠償は,とか様々なことが頭に浮かび,同情しつつ走り去る。
今日は朝の転倒から始まり,縁起悪いこと3連発。ツーリングも3日目で気が緩む頃。これはいよいよ気を引き締めなくちゃ。と意気込んだ矢先,ハンドルの手に余計な力が入り,ぐらついて焦る。



秋田県の外れ当たり,小野小町の生地という町の道の駅で,一休みする。
ぶらぶらしてると,30代前半ぐらいのライダーに話しかけられた。すぐ近所の地元ライダーらしい。ツーリングやバイクの話をとりとめもなくする。
今回の旅では他のライダーと交流しようなんて気持ちは全くなかったが,実際に話すとやっぱり嬉しいな。ライダー同士ってだけで年も関係なく気軽に話せるのはちょっと不思議で楽しい。
記念に写真を撮る。これから行く山形の様子を聞くと,余りよく知らないようだ。秋田県下のことは詳しいのに。ここは山形県境に近い。でもやはり住人の目は秋田市の方に向いているのだろうか。それが風土というものかも知れない。こんなことさえ県境のない北海道人には新鮮だ。


すぐ先の新庄市は山形県だから,駅で観光情報は手に入るよ,とアドバイスをもらって別れる。
その新庄駅で休憩。
街には街独自の匂いがある。煙草を止めて嗅覚が敏感になっているので,余計に感じる。
よく晴れた昼下がり,老人達がまどろむ小綺麗な駅舎で昼食を取る。
壁に掛かる大凧に描かれた幽霊も眠そうだ。



今日泊まろうと思っている山形市へ向かう。三方から山が迫り,見るからに盆地の風景だ。気温もぐんぐん上がる。少なくとも30度は超えているだろう。
遠景が水蒸気で霞んでいる。野焼きの煙が田んぼの上を低くたなびく。バイクの排気音。今年の夏札幌ではただの一度も30度を超えなかった。暑い。嬉しい。

市内のスタンドで給油する。店員の若い赤ら顔のあんちゃんと話す。山形弁って柔らかくてとてもいい。同じ東北弁でも地方によって随分違うんだなあ。山形は夜になると結構冷え込むという。
今日は山形に泊まろうと思っていたけれど,どうしようかなあ。まだ日も高いし。
ひとまず,山形駅に向かう。
街並みは落ち着いて,老舗らしき店舗もあったりして,魅力的だ。住むんだったらこんな町がいいな。でも1泊して市内観光するほどでもないかなあ。
駅は街並みとは不釣り合いに近代的で無個性だった。小綺麗で新しいけれど,どこにでもありそうな。新幹線あきたこまちを眺めながら,決心した。今日は思い切って新潟まで行こう。


新潟への道は殆ど山道だった。山の日暮れは早い。気温も一気に下がる。
突然雨が降ってきた。と思ったら虫だった。夕闇の大気は虫で満ちている。ヘルメットや服に次々と激突して,黄色い体液がこびりつく。たまに甲虫が当たるとカンッとすごい音がする。
寂しい水源地の明かりが見えたり,湿ったトンネルが続いたり。街灯も少なく曲がりくねった道を,泣きそうになって走っていく。
ようやく平地に降りる頃には完全に夜になっていた。4車線道路,ナトリウム灯,ガソリンスタンド,次第に都会的な装置が目に付きだし,ホッとする。しばらくして,ようやく新潟市内へたどり着く。
携帯で予約したホテルは駅の目の前だった。フロントで駐車場所を聞くと,隣りの立駐に置けと言う。
行くと,愛想の悪い年寄りの係員が誘導し,フロアの片隅に置かされた。
駐車料金だけは前払い制だという。万札しかなかったので出すと,釣りがないと横柄に首を振る。ムッと来てフロントで両替できないのか強く問うと,渋々崩しに行った。なんなんだこのじいさん。しかも車と同じ料金とるし。ちょっと不満。
多分バイク=不良若者という先入観念を持っているのだろう。事実その後ヘルメットを取ってぼくが意外とオジサンだと分かったとたん態度も微妙に変わったし。
ホテル自体はフロントの態度も良く,部屋も小さいが清潔で悪くなかった。
窓から新潟駅が間近に見える。
角栄のお膝元というイメージなので駅前あたりはとんでもなく豪華なのかと思っていたら,地方都市らしい謙虚さのある風情で好感が持てた。よっしゃよっしゃ。
残念なのは,交換機のせいか電話回線からインターネットに接続出来ないことだ。まあこのクラスのホテルではやむを得ないか。

何はともあれお酒を買いに外に繰り出す。なかなかお酒を売っているところがなくて,随分歩き回った。教育にうるさい県なんだろうか。
暑い。汗をかくぐらいだ。こんな夜遅くに半袖のシャツ一枚で過ごせること自体に感激する。これこそが旅の醍醐味だとぼくは思うんだ。
それでも,虫の声が懐かしい。やっぱりもう秋か。
そういえばここはもう東北ではないんだなあ。