「バイク、車両の方は船倉へお急ぎ下さい」
繰り返されるアナウンスではっと目覚める。眠っていたと言うより全く意識を失っていた。あわてて荷物をまとめ、バイクの場所へ急ぐ。
例のもう1人のライダーは既にデッキでのんびりしていた。かなりフェリー慣れしてるみたいだ。
船倉でバイクに荷物をくくりつけて準備を整え、ぼくもデッキに戻る。
まだ4時過ぎだ。
ライダー氏のバイクはアフリカツインという大型オフロードバイクだ。函館ナンバーだから、しょっちゅうフェリーで渡っているのだろう。
話しかけようと思ったが,人を拒むような厳しい表情で海を見つめているので止めた。これから攻める林道のことで頭がいっぱいなのだろうか。
船は暗い海面の青森港に滑り込み,着岸した。
オフローダー氏の後について船倉へ戻り,彼の一挙一動を横目で見ながらマネをして,自分で固定ロープをほどきエンジンをかけて準備を整える。
扉が開いた。夜風が入ってくる。係員の合図で鉄板を渡る。
さあ本州上陸だ!
オフローダー氏は振り返りもせず闇の中へ走り去っていく。
港はまだ4時半。夜明け前の暗さ。海の縁だけが仄明るい。
フェリーターミナルの洗面所で顔を洗い,身繕いする。
ひとまず青森駅へいってみよう。


表示板に従って走らせる。風が結構冷たい。
ベイブリッジに差しかかった。夜明けだ。まだ冷たい太陽が反射する港の水面に,大型船がシルエットを刻んでいる。それを橋を支えるロープがリズミカルに横切っていく。バイクがハープの弦を奏でているようだ。オレンジ色の大気の遠くからリディアンスケールが聞こえる。美しい。陶酔する。バイクと橋が惹き合っている。
青森駅はまだ眠っていた。駅前商店街も白々と沈黙している。
コーヒーでも飲んで,今日の計画を練ろうと,うろうろしてみる。しかし,ようやく見つけたマックもまだ開店してない。やむなく出発することにした。
何となく,十和田湖を回って秋田に行くことに決める。十和田湖は中学校の修学旅行で訪れて以来だ。
本当は三内丸山遺跡も見てみたかったんだ。でもまだ朝早いから,資料などは見れないだろうし,青森で待っているのも時間の無駄だ。また今度の楽しみにしよう。ここならすぐ来れるさ。

よし,十和田へGo!
朝日の中,外輪山を登り、標高を稼いでいくにつれ、寒さが身にしみ込んでいく。薄暗いワインディングロードをおっかなびっくりバイクを傾けながら攻めていく。朝露なのか路面は少し湿っている。
八甲田山を迂回し,友人の女性がお肌がつるつるになったと喜んでいた,ということは皮膚をも溶かす酸性度と思われる酢ヶ湯温泉を横目で見ながら,バイクは奥入瀬渓流に分け入る。

谷間だから、まぶしい朝日は周囲の山頂部分を照らすだけで、谷底までは射さない。
異常な寒さだ。身震いする。手がかじかむ。手袋を変えて、少しは楽になる。バイク用の防寒防水グラブは高くてまだ買ってないから,代用にスキー用のもの。だからレバー操作がしづらい。
本州はまだ残暑厳しいだろうと考えていたけれど,甘かった。緯度差より標高差の方がずっと効いてくることを実感した。
奥入瀬の美しい流れが横目にずっと映っている。絵に描いて温泉旅館にでも飾りたいような見事すぎる渓流だ。と中坊の時も思ったっけ。いやなガキだ。
早朝散歩を楽しむ観光客もチラホラ見かける。ぼくもバイクを降りて散策したり写真を撮ったりしたい気持ちをずっと頭の片隅に抱えている。
しかし震えが来るほど風は冷たく,一刻も早く日差しを浴びられる場所まで抜け出したい欲求が勝って、止めることができない。
ついにノンストップで渓流を通過し,外輪山を越えてやっと十和田湖の湖面が見えるところまで出た。十和田湖といえば乙女の像だ。そこまでさらに数キロの山道を走らされる。
冷え切った身体でてようやく湖岸にバイクを止め、乙女の像まで歩く。早朝の空は冴えざえと蒼く,湖面を渡る風は氷のように透明に磨かれている。
智恵子を狂気に追いやった高村光太郎。彼の手で命を得た乙女達は相変わらず美しい姿勢のまま何事か密かに語らっていた。


今晩はやはり秋田まで行くことにし,携帯でビジネスホテルを予約する。税込みで5千円以下というのが今回の予算だ。
ぼくは北海道原住民として当然ながら,経験豊富なキャンパーだ。だから,別にキャンプしながら行っても良かったんだ。道具もあるし。
でも,本州のキャンプ地はショボイくせに軽く2,3千円は取られるという噂も聞いていたし(北海道なら小ぎれいなサイトでも無料か高くて数百円が相場),オンロードバイクなのでダートには入りたくない。何より今回は知らない街の風情を楽しみたい,という気持ちだったから,ビジネスホテル利用にしたんだ。
もう貧乏学生じゃないし,とか言いながらなるべく安いホテルに泊まろうとするのは,何とも中途半端だけどね。結局オレの今までのジンセイって、十数年かけて、かなり貧乏な若者からちょっと貧乏な中年になっただけかも。それもよし。
十和田湖を後にして,山道を降りていく。ようやく陽も高くなり,空気も緩んできた。本州へ来た実感が湧いてくる。日射しが暖かい。それにしてもこんなに青空が広がって,なんて気持ちがいいんだ。
ふと気が付いた。本州に渡ったとたん,ライダー同士すれ違っても,誰も手を挙げて挨拶をしない。あれは北海道限定なんだな,きっと。
途中で信号待ちをしていると,ストーンサークルまで○qという看板がある。気になる。なぜこんな所にストーンサークル?でも進行方向と違うし,と通り過ぎる。しばらくするとまた案内板がある。気になる。意を決してハンドルを切る。
道なりに行くと,大湯ストーンサークル館という建物があった。建物の前でじいさまばあさまが数人タムロしている。
バイクを止めて,近づいてみると,石を売ってるおみやげ屋などもあり,奥の広場の方にそのストーンサークルがあるらしい。
じいさま達はボランティアガイドらしく,「気軽に声をかけてください」と紙が貼ってある。こちらをじろじろ見てる。気軽に声をかけたら,寄ってたかって説明攻撃を受けそうなので,すり抜けて広場の方へ言ってみる。
広い芝生にポツポツと環状に配置された石や,復元された住居が点在している。中央には万座環状列石という建物群とストーンサークルからなる中心的遺構がある。縄文時代の遺跡ということは分かったが,まだ整備途中のせいか詳しい説明がなく,よく分からない。多分祭祀のためのものか。でも初秋の青空のもと広い芝生に忽然と佇む石の姿を見ていると,縄文人の足音が聞こえてくるような気はした。
それにしても暑い。走っていると気持ちいいが,バイクを降りると汗ばむほどだ。それがうれしい。



さて,もとの国道に戻り,秋田を目指す。
沿道の景色が,いかにもニッポン!になってきた。
田圃とあぜ道。遠くには家屋と裏山,そしておそらく鎮守様。日本の原風景。
それは北海道人にとっては絵本やテレビでしか知らない異国的風景でもある。
おもわず,小学校唱歌「故郷」が口について出た。自分の声がヘルメットの中で響く響く。ビックリした。かまわず「鯉のぼり」や「菜の花」など日本的風景ソングを季節感めちゃくちゃで歌いまくる。ちょっと貧血状態になる。
それにしても,一度走り出すとなかなかバイクって止められないもんだな。ちょっといい景色があって,ゆっくり写真でも撮りたいなあ,とアタマで思っても,カラダが走り続けてしまう。
バイクは麻薬だ。
やがて日本海にたどり着いた。八郎潟を通っていくことにしたんだ。子供の頃学校で習った八郎潟干拓地。その上をバイクで駆け抜ける。この発想にひとり頷いたんだ。
平坦で広大な干拓地は一面の田圃だ。そこを一直線に道路が延びている。北海道的広大さとも言えるが,やはり空気が違う。秋田の匂いがする。

昨夜フェリーで3時間ほどしか寝ていないため,気持ちのいい眠気が襲ってくる。
ハンドルから力が抜けそうになる。はっ,そうだ!オレってば今バイクに乗ってるんだ,と気が付く。危ないので,途中にあった干拓の碑で一休みする。石碑を見てて感慨を得る。ふと、教科書の挿絵写真まで鮮明に思い出した。


八郎潟を抜けたところで,秋田への道を確認するため地図を見る。ツーリングマップルというバイクツーリング用の地図で,折り返してもページが取れない位丈夫だったり、防水になっていたり,見所や道路情報も満載で便利だ。バイクに乗らなかったら,こんな地図の存在なんて一生知らなかったろうな。
お,近くに干拓地が一望できるというスポットがあるぞ。寒風山か。よし,寄り道しよう。
山と言っても標高355m。山道を登るとすぐに駐車場があり,大きな土産物屋もある。この山にはピークが二つあってこちらの頂上は小展望台,あちらが大展望台。
山の斜面を大勢の人が上っていく。降りてくる。たこ揚げをしている。お弁当を広げている。青空に突き出た展望台と八郎潟の広がりと群衆のざわめき。なにか不思議な光景だ。
ぼくも歩いて展望台にゆっくりと上り,ぐるっと男鹿半島の景色を見てまた降りてくる。頂上の大展望台にも行ってみる。そちらは車は停められないが,バイクならすんなり行ける。大展望台は回転式で有料だ。パス。中年の夫婦とシャッターの押し合いをする。
ステージを作ってお祭りの準備もしている。秋田県民の憩いの場になっているのかな。



秋田市内に入ると,まず港の工業地帯が目に映り,交通量も一気に増える。やっぱり都会だ。
中心部の駅に乗り付け情報を探ることにした。まだ太陽は高い位置にある。予約したホテルの場所に当たりを付けて探すが,よくわからない。一方通行などが複雑で,思った場所にも行けないでいるうち,商店街のような所へ迷い込んでしまった。何かのオープニングセールでもやっているのかすごい人混みで,整理のガードマンもたくさん動員されている。そのうちの一人にホテルを聞いてみる。彼が盛んに首をひねって困っているのを見かね,近くにいたおっさんが,秋田訛りで教えてくれた。

そのホテルは相当使い古され,転売に転売を重ねたような建物だった。コンクリートの割れ目から雑草が生えている駐車場にバイクを止め,雀荘のような雰囲気のフロントでチェックインする。
ともあれ,昨日札幌を出てから初めて人心地がついて,ベッドに身を投げる。睡眠不足と疲れで,そのまま少し眠ってしまった。暗くなってきたので,シャワーを浴びて,外に出てみる。

やはり本州は暖かい。この時期半袖でも過ごせるなんて。
節約のため,スーパーでオニギリなどを買う。
日本各地に行った際,ぼくはなるべくスーパーマーケットを覗くようにしていた。生鮮食料やインスタントラーメンなどの商品,総菜も納豆なども,その土地の特徴がとてもよく現れて嬉しくなってくるんだ。
ここ秋田でもいぶりがっこ,きりたんぽ鍋セット,松茸の茶碗蒸しなど札幌では滅多に見られないものが,普通に売っていた。
本屋に入って,文庫本を買うと,カバーに昔の秋田城の図面が描かれていたり。
ワインも買って楽しい気分でそぞろ歩くと,微かに虫の声が。やっぱりここも秋なんだなあ。