| PREVIOUS TOP |
寒くてまんじりともせず夜を過ごすうち,ようやく明るくなってきた。 テントから這い出すと,白んだ空の下,バイクのハンドルが銀色に濡れている。 湿った草原のテントサイト。そのど真ん中に僕一人。いつの間にか雨は止んだようだ。 フェリーの出航は6時だ。乗り場に急ごう。 ![]() 軽く道に迷って走るうち,日が差してきた。 早朝のフェリー乗り場は,それでも意外に大勢の乗客でざわめいていた。 バイクはやはり僕一台。 乗船が始まる。 ![]() 僕もバイクを乗せ荷物を下ろす。 その際、船倉のゴミ箱に怒りを込めて銀マットを捨てる。 この銀マット,20年近く前に買ったもので,すっかり押しつぶされて厚さも半分以下になっている。それも寒さの原因だった。もう買い替え時だ。 出港時には快晴になっている。朝の刺すように爽快な風を受け,デッキから大間港の岸壁が離れていいくのを眺める。 また来るぜ。 日当たりのいい船室の椅子に陣取り,乗り場で買っておいた朝食のビニル袋を開けると,ゴミがビッシリ詰まっていた。 先ほど、買物袋をゴミの袋を間違えて,船倉のゴミ箱に捨ててしまったらしい。出航すると船倉に入ってはいけないことになっている。どうしよう。でも勿体ないや。人目を盗んで船倉まで入り込み,ゴミ箱をゴソゴソして無事回収した。何やってんだろ俺。 ![]() しみじみとオニギリなどを頂き,海原に目をやると,どっと眠気が襲ってきた。ほとんど寝られなかったからなあ。 後頭部を引っ張られるようにウトウトしたと思ったら,もう到着の合図だ。慌てて船倉に急ぎ,眠い目を擦りながらバイクにまたがる。 鳴り続けるエンジン音に対抗するように機械音が響き,鉄扉がゴウゴウと動き始める。暗い船倉に光が差す。排気ガスをまき散らして車が出て行く。僕もその隊列に続いて桟橋へ降り立つ。 ![]() 函館だ。 眠気が取れない目頭に日射しが直接刺さる。そして,寒い。少し走っただけで,寒風がジャケットに容赦なく吹き込むことを悟る。慌てて重ね着をし,ガードを固める。 今日の方針。 桜前線お出迎えツーリングのシメとして,桜の名所松前に寄る。後は,道の駅スタンプを押しながらのんびり札幌に帰ればいい。 ここは既に僕の国だ。気持ちとしては今回の旅は終わっている。 早朝の空気を切り裂いて走る。イメージでは松前は函館のすぐ隣と思っていたが,結構遠い。 いくつか道の駅に寄るうち,福島町の道の駅があった。 福島町といえば一昔前の人なら青函トンネルの北海道側と言うことでご存じかも知れない。現にJR津軽海峡線の吉岡海底駅の住所は〒049-1454北海道 松前郡福島町館崎だ。 それより,僕にとってもこの町は横綱千代の富士の故郷だ。 道の駅に隣接して,同郷の横綱千代の山と千代の富士の横綱記念館があった。落成式のニュースを以前TVで見たことも思い出した。相撲ファンとしてこの機会は,そりゃ見逃せないさ。 鮮やかな化粧まわしや国民栄誉賞の賞状などを見学したり,貴花田に敗れて引退を決意した相撲や,北の海との名勝負のビデオなどをゆっくり見る。 ![]() ![]() ![]() 満足して走り出す。もうお昼か。松山はすぐそこだ。 松前に来るのは考えてみれば中学校の修学旅行以来だ。 桜の盛りとあって松山城の前には何台も観光バスが駐車し,大勢の観光客が行き交っている。古い城下町ゆえ,道も狭く,バイクを止める場所もないので,ちょっと離れた商店街のスナックの横に停める。 城址公園に入るとそこかしこに満開の桜が咲き乱れ,華やいだ雰囲気で賑わっている。 ![]() ぶらぶらと見物したあと,休みがてら,出店でお稲荷さんと豚汁を食べる。 ![]() 梶井基次郎が言うように桜の下に死体があるなら,ここには何千体の死体が埋まっているのだろう,などと考える。 桜前線は既に札幌まで到達しているはずだが,まだ咲いたばかりだろうし,本州では既に盛りを過ぎて葉桜の状態だった。だからちょうどここで桜満開ゾーンに出会えて嬉しかった。 ![]() バイクの場所に戻ったら,スナックのママ風の人が近くを掃除をしていた。文句を言われたらヤバイと思い,機先を制して挨拶するとにっこり返してくれる。いい町だ。 海沿いの道をひた走る。風が強烈に吹いている。ピカピカの青空のお皿で雲がちぎれ飛んでいる。冷たい海が尖っている。寒くて震えが来る。 ![]() 北檜山町に差し掛かる。ここの近くの太櫓(フトロ)海岸でキャンプしたことを思い出す。 メンバーの一人がゴムボートで堤防外の沖に流されそうになり,必死に漕いでようやく戻ってきた。それを双眼鏡などで見ていた僕らが心配して声をかけると,いや,ちょっと沖の様子を見に行っただけだ,流されたんじゃない,と言い張った。酒を飲むと未だに論争になる。 海岸に落ちている枯れ草を焚き火に入れたら5メートル近くの高さに燃え上がって興奮したこととか,星の数が恐ろしいほど多かったこととなど,鮮明に覚えている。 バイクを止め,道の駅のマップを睨む。ここから一旦長万部に出て,中山峠から札幌に入ることにした。 道の駅に寄ってはスタンプを押していく。 ニセコ方面に分け入る頃にはすっかり日も傾き,いよいよ寒さが厳しくなってきた。北海道の寒さはやはりレベルが違う。もうなりふり構わずカッパまで着込んで防寒する。天気も崩れてきた。羊蹄山が曇って見えない。 ルート上で最期の道の駅は中山峠だ。辺りは既に真っ暗で,売店も店じまいを始めている。スタンプを探してうろうろしていると,親切なおじさんが場所を教えてくれた。 その手にはスタンプ帳。同好の士か。ありがとう。 ここまで来たらあとは帰るだけ。 今回のツーリング,とにかく寒かった。時期が早かったせいもあるし,それに対応した装備をしっかり準備していなかった。 ミニ七輪なんてワクワクしながら持っていった自分はバカみたいだ。 いい経験にはなった。 でも知らない風景知らない町の中を風を受けて走ることの嬉しさ。それは何にも代え難い。 土地の空気,匂いみたいなものを感じることの面白さ。 そして,その中にいる「異邦人のオレ」みたいな心地よい違和感と、犬の甘噛みのような感傷。 どれもこれもが旅の誘惑なんだ。 夜10時,ようやく自宅にたどり着く。 やれやれ,とドアを開けたところから次の旅が始まる。 ![]() |
FINE |
| PREVIOUS TOP |