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寒い。時計を見るとまだ夜中の2時だ。 震えが来るほど寒い。ジャケットや手持ちの着替えを全部かけてもだめだ。 やっぱりこのシュラフ,失敗だった。 まんじりともぜず寝返りを打ち身体を丸めたりしたが,ついに3時半,意を決して起きることにした。でもまだ外は暗い。眠い。 ぼんやりしていると,3時45分ちょうど,突然、鳥たち一斉に鳴き出した。 その時間が夜と昼の境目なのだろう。 ほどなく日が射して明るくなってくる。 座ったまま半分うとうとし,はっと気づくと,もう7時半だ。 撤収開始。 もう一人のライダーものっそり起き出してきた。 そこへ,軽トラックでじいさんが現れ,車を降りて話しかけてきた。今日の管理人かな。 ものすごい最強の訛りで,何を言ってるかさっぱり分からない。断片的に聞き取れたのは「ガタクリの花」という単語のみ。ニコニコしながら一生懸命話すじいさんと,それに愛想良く相づちを打つ僕。満足したのか機嫌良く軽トラで去っていくじいさん。 原住民の言葉は全く分からなかったけれど,気持ちは通じ合えたと思った。 ライダー氏に再び話しかけてみる。今日は中尊寺へ行き,近くに気になる温泉があるので、そこに向かってみるとのこと。孤独志向温泉派ライダーのようだ。じゃあ、気を付けて!と別れる。 さて,今日はどこへ行こうか。 以前から漠然と行きたいなと思っていたのは遠野。 結構後戻りというか,寄り道ルートとなるけれど,行ってみよう。 前述のとおり,ここらでには一戸から始まって九戸(四戸は今ない)まである。そして、この遠野が十戸(とおのへ)だったらしい。 もちろん遠野といえば民話の里,柳田国男の遠野物語だ。 途中、賢治の銀河鉄道のモデルになったという橋があった。 絶好の撮影ポイントに駐車する一台の車。邪魔。 ![]() 遠野に入ると,気のせいか山と川が何かもの言いたげに感じる。気のせいだろう。 ![]() ![]() 道の駅にバイクを止め,情報収集する。事前知識もないし,白状すると遠野物語も読んだことはない。 花曇りの空の下で,婆さんが売っている餅を食べる。ああ美味しいなあ。 ![]() まず市街に入り市立博物館へ行ってみる。他に客もいず,シンとした展示室を歩き,お勉強する。 ![]() 大昔に地名研究者の会議に出る機会があった。そこでは,柳田国男は神様のような扱いを受けていた。後年折口信夫や南方熊楠の存在を知って感化されるにつれ,保守本流的柳田国男に対して漠然とした反感を覚えていた。 しかし,改めて,ここで年譜や研究の足跡を辿ると,一人の真摯な研究者としての姿が浮かび上がり,好感が持てる。機会があれば今一度著作を読んでみようと思った。 ![]() ![]() 次に古い旅館を改修した昔話館という施設に入る。 ![]() ![]() 黒光りする廊下をギシギシ踏んで行くと,座敷の中におばあさんがいて,そのまわりに座る観光客を相手に,実際に昔語りをしている。 静かに静かに昔話を語っている。 記憶の底のどこかに沈んでいるような光景。 ![]() 隣接する,蔵を改造した展示室も見てみる。遠野の町のそこかしこが昔話の舞台になっていることが示されている。 仄暗い明かりの下でネズミの花嫁が俯いていた。 ![]() ![]() 明るい屋外をぶらぶら歩き,博物館裏手から山道を登ってみる。途中の神社でお参りし,山頂の城跡から遠野市街を見下ろす。 午後の日射しの陰りの中に,やはり何かが潜んでいるような気はする。 ![]() ![]() 観光パンフによると,この辺は南部曲がり屋が残る地域で,そのうち最大級の千葉家の曲がり屋が近くにあるらしい。小学校の社会科で習ったような記憶がある。 紅顔の小学生は,いずれ長じてバイクでそこを訪れるなんてことは想像すらせず,リアス式海岸や南部曲がり屋が書かれた教科書でせっせとイタズラ書きに勤しんでいた。 やはり,ついでに見ておこう。 しばらくバイクを走らせてもなかなか看板らしきものも見えてこない。 随分遠野から離れてしまったな。 もういいや。と思った瞬間目の角に「千葉家」の文字が飛び込んできた。 通り過ぎてしまった。 上り坂のカーブの手前でストップし,Uターンする。 ご存じだろうか。バイクは一般に百数十sから二百s以上の重量があり,ハンドルの切れ角も制限があるため,Uターンは結構難しい技術とされる。自転車でのUターンを思い出していただければだいたいの感覚は分かると思う。さらに上り坂でのUターンは坂の下側へ力が働くため,下り坂や平地よりさらに難しい。 僕のバイクはガソリン抜きで150sあり,さらに荷物を積んで重くなっているし,重心もカナリ高くなっている。 ここまで言い訳すれば何が起こったか分かるだろう。Uターンの最中にバランスを崩して,あらららと転倒してしまった。途中で踏ん張ろうとしたが,無理だった。油断したなー。 道の真ん中だし,坂の上はブラインドカーブになっているから非常に危険だ。 バカ力を出して引き起こし,路外へ出す。 ゆっくり置くように転んだから大丈夫だとは思うが,各所をチェックする。エンジンから変な液体が漏れている他は,ミラー背面と新品のウィンドシールドに傷が付いたぐらいだ。って泣きそうだよ。 エンジンをかけると最初はカブッていたが,元気に回り出した。胸をなで下ろす。 俯きながら,曲がり屋の駐車場に停める。 券を買って坂道を上っていくと,見事な梅の木の間から,茅葺きの大きな家屋が現れる。本当に日本的な春の光景だ。 ![]() 現在も人が住んでいると言うことで,半分だけ公開されている。今は厩も別にあるため,匂いもしないが,展示物や,家屋の立派さで,往時の暮らしぶりが忍ばれる。 ![]() ![]() 庭先からは,厚みのある遠野の風景が春霞の中に広がっているのが見渡せる。 バイクを転かしてまで来た甲斐はあった。 さて,これからどうしよう。走りながら考える。 毎晩思ったより寒くて,あまり寝ていないから,疲れも少したまっているようだ。帰宅後はゆっくり休みたい。それに台風がどんどん迫ってきて,天気はこれから下り坂になりそうだ。 となると,明日北海道に戻れれば,土日はのんびり出来る。よし,そうしよう。 腹を決めて飛ばしていると,「渋民村」の文字が散見される。 あ、啄木か。そうか,啄木もここらで生まれたんだよな。 あ、啄木記念館だ。 偶然通りかかったのも何かの縁。文学シリーズの締めくくりとして,ちょっと覗いてみる。 ![]() 借金人生を辿る展示もさることながら,庭に復元された小学校の校舎がノスタルジーを誘った。啄木が代用教員として教鞭を執ったところらしい。僕の小学校も木造で,木の机,椅子だった。 ![]() ![]() 古びたオルガンを見ていると,生徒の歌声が生々しく蘇る気がした。 ![]() まだ晴れている。 遙かに三輪山が青い風貌を見せている。 ![]() 青森に入った。分岐点がある。ここで決断を迫られる。 一つは青森市に行って一泊し,明日念願の三内丸山遺跡を見物,夕方のフェリーでもどるコース。 もう一つはこのまま真っ直ぐ大間まで行って泊まり,明日朝のフェリーで北海道に戻るコース。こちらなら道内はゆっくり走れる。 最後まで迷っった末,結局山内丸山は今回諦めることにした。 あまり欲張らないことにしたんだ。だって,今度来るときのモチベーションとして取っておきたかったから。 三戸のジャスコで食料を仕込み,防寒のためフリースの毛布も買う。 ![]() ![]() そこから大間までの遠かったこと。すっかり日は暮れ,シンシンとした夜の冷気が否応なくジャケットにも染みこんでくる。街灯のまばらな道は暗い上に曲がりくねっていて怖い。攻めるなんてとんでもない。 遠いよう,寒いよう,怖いよう。 ようやく見覚えのあるテントサイトに着いたときには夜の10時を回っていた。 なぜか今夜は一人のキャンパーも一台の自動車もいない。暗い草原にぼく一人でテントを張る。 テント張り終えたとたんポツポツと雨が降り出し,すぐに土砂降りとなった。 間一髪。ものすごい雨脚で,雨漏りが心配だ。 狭いテント内でぼそぼそと食事を済ませ,ワインを飲む。あ,ワインをこぼしてしまった。くっそー。ティッシュを真っ赤に染めてふき取っている最中,ランタンの明かりがふっと消えた。え,まだ電池は新しいはず。何とかペンライトを探し,見てみると,電球が切れたようだ。 もう知らない。寝よう。 しかし,今夜は今回の旅でワーストの寒さだ。半端じゃない。新兵器のフリース毛布をかけ,あらゆる着替えをかけても震えが来る。 いつのまにか枕が少し濡れている。雨漏り?いや,(俺ってば,いい年をして何をやっているんだろう)と考えるうち,少し泣いたのかも知れない。(ウソ) |
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