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朝7時ちょうど,頭上からいきなり大音量の音楽が落ちてきた。
ビックリして跳ね起きた。

テントのすぐ脇に高い鉄柱があり,その天辺に拡声器が付いている。それが耳も割れよとばかり放送を始めたのだった。村人全員へ強制的に聞かせる方式だ。田舎ではよくあるスタイルだ。
音楽に続き、○○小学校の行事があるので村人は見に行くようにとか,第△分区の当番がどうのこうのとか,今日のお知らせが始まった、

余談だが、自宅の近所の交差点でも,横断に注意せよとか,ドライバーはお前なんて見てないぞとか,警察の放送が否応なく鳴り響く。これが朝のぼんやりした頭にはシンドイ。出来れば静かに出勤させて欲しいといつも思う。

明け方少し冷え込んで一度目を覚ました後,気持ちよく二度寝していたところだったので,本当に驚愕した。
いつの間にかテントのまわりを大勢に取り囲まれて,ハンドマイクか何かで怒鳴られているのかと思った。恐る恐るテントから首を出して,ようやく放送塔直下にいることが判明したのだった。



村はもう活動を開始したようだ。これは,おちおちしてはいられない。
というのは,昨日は結局管理人らしき人は誰も巡回に来ず,使用料を払っていないのだ。管理小屋らしき建物はあったが,シーズン前のせいか誰も常駐してなかったし。
しめしめ、さっさと撤収してずらかっちまおう。

テント畳んだところで一人のじいさんがカブで現れた。
すわ管理人か!!
何となくちらちらこちらを伺っているようだ。
幸い泊まった痕跡は既にない。一見,荷物がばらばら置いてあるだけ。
知らんぷりで海岸を少し見に行ったり(たった今付いたばかり,という演技),荷物まとめたり(荷物整理してただけ,という演技),牽制しながら,隙を見て逃げるように出発。

なんて300円ぐらい払うけれどね。言われたらね。ははは。

今朝はいい天気だ。気温も高く,汗ばむほどだ。
これこれ。これでこそ本州ツーリング。嬉しい。

いきなり道に迷い、とんでもないワインディングロードを上ってしまう。こんな戸惑いも旅の刺激だ。



三陸海岸沿いの道を気分良く走る。素晴らしい景色だ。
リアス式海岸をなぞるように実感しながら快走する。

熊の鼻という展望台に寄り道したり、




道の駅で休んだり。



内陸側に入ると,そこでも湿度感の高い,岩手の農村の春の風景が広がる。幾重にも折り重なる畑と果樹。山々の淡い稜線がそれを見下ろす。
山の向こうに教会があって,そこから鐘の音がこの風景に降り注いだとしたら,それはそのままミレーの世界だ。
オルセー美術館の「春」の色彩と光と湿度を思い出した。
暖かい土の中で蠢く虫たちのことも思った。

古い手帳の時代から何代かのモバイルPCを経てずっと引き継いできた個人的メモがある。
そこには「行きたいところ」という項目があり,テレビや雑誌などで見て是非訪れてみたいと思ったところの覚え書きが並んでいる。
その中段ぐらいに「アンジェ城(タピスリー)」とあり、その次の行に「釜石橋上市場」と書かれている。
日本で唯一橋の上に並ぶこの市場をTVで見て、いつか行きたいと思ったのだ。確かフィレンツェのポンテベッキオを歩いたすぐ後だったので,すごく興味を惹かれたのだ。

しかし訪れる機会がないまま月日が流れ,ある時webサイトでこの橋が取り壊されることを知った。最後の日はTVでも話題となり,残念な気持ちでその放送を見た。
十数年も心に留めていた橋上市場が今どうなっているか,この目で見ておくのも悪くあるまい。
釜石に立ち寄ってみるか。

釜石市街に入る。古い寂れたアーケード街が続く。ほとんど人の気配がない。風景全体が薄くセピアがかって懐かしい。どこかで見たことがあると思った。
そうだ,僕の生誕の地室蘭だ。同じ鉄の街として栄枯盛衰を経験しており,誇りと諦めがない交ぜとなった不思議な明るさも共通している。



まず港に行ってみた。
穏やかな波頭や錆びかけた船を眺める。海鳥がひっきりなしに鳴き声を上げている。



先ほどから誰かに見られているような気がして落ち着かない。
あ,あいつか。
港を覆う雲にただ一点だけ切れ間があって,青空が除いている。それが綺麗な円形になっているのだ。空の瞳だ。こんな雲、初めて見た。不思議。
あわててカメラを取り出してシャッターを押すと,ふっと目をつぶってそれきりだった。



ツーリングに行くと空とか風とか身近になるよね,と言った先達がいる。ほんとにそうだよね。人間も自然の一部だと思い知る。

さて橋上市場の跡はどこだろう。こういうときは駅に行くのがいい。
こじんまりした釜石駅の前には立派なショッピングセンターがいくつか固まっていた。
バイクを止めて見回すと,そのうちの一つに大きく「釜石橋上市場」と書いてあるではないか。はっはーん。これは代替施設だな。橋上市場にあった商店をここに移転させたのだな。



さっそく見学してみる。なんか特徴のない普通の市場ではあるが,ホヤが並んでいて,えらく安かったりして地域色は強い。



記念にここで昼飯を食べる。市場内にある讃岐うどん屋でエビ天うどん。はーおいしい。釜石とは何の関係もないけれど。



ほかの建物にも入ってみる。よくある公的な物産館のようだ。民謡大会らしく,子供がかわいい声を張り上げるのをジモティーと共にしばし見物する。地方で聴く民謡はしみじみ懐かしい。こうやって民謡文化も引き継いでいって欲しいなと思う。



手に入れた地図を頼りに近くの橋まで行く。もと市場があった場所だ。既に取り壊されて,改修工事の最中だった。昔の橋の跡がわずかに残っていて,往時をしのばせる。
折角の観光資源をうまく活用する方法はなかったのかな,と部外者は思う。



橋上市場を看取って、釜石を後にする。
日程を考えると明日あたりそろそろ折り返さないと,帰りがシンドイ。だから今日は仙台ぐらいまで行こうと思っている。
ひたすら走っていると,だんだん,空が暗くなってきた。そして,ついに雨が降り出す。風も強くなり気温も急激に下がってきた。

仙台の手前の塩竃でマクダーナルドに入り,一旦休息。
雨は一向に止む気配がない。
窓の雨滴を見ながら、今日のキャンプを想像してみる。
泥濘でベチャベチャのキャンプサイト,雨漏りするテント,荷物はびしょ濡れ,強風で吹き飛ばされそうになり,寒さで一睡も出来ない。
あーいやだー。
今夜はホテルだ。
即携帯サイトからホテルを予約。
ちょっと疲れもたまったし,仙台は都会だし,と自分に言い訳。

雨は小降りになったが,横殴りの強風にハンドルを取られながら走る。松島を通り過ぎる頃,すっかり日も暮れる。松島は明日でも来てみようかな。
まず仙台駅にバイクを止める。ホテルの場所がよく分からなかったので,駅のインフォメーションで聞いてみる。赤いほっぺのお姉さんが親切に地図に印を付けて渡してくれる。
駅前の繁華街からちょっと外れたあたり,小綺麗なビジネスホテルだ。バイクも無料で置かせてくれた。

ベッドで腰を伸ばす。あーっ,やっぱホテルは楽だわ。
駅まで夜の街をそぞろ歩き,ワインなど買い出しに行く。仙台は大都会だ。夜景を見ていると都会人の僕は少しホッとする。

夜ワイン飲んでいたら,知らぬ間に服のまま寝てしまった。よっぽど疲れていたのだろうさ。

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