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5月4日(水) 国民の休日
朝はフロント横の食堂で和定食だった。爽やかな朝の光が鮭の切り身を明るく照らしている。みそ汁もおいしい。今日も天気が良さそうだ。
さて、出発だ。今日の最終目的地は決まっている。旅行友達のご存じNさんが尼崎の高級マンションに泊めてくれるのだ。のんびり寄り道しながら走ろう。
エンジンを小気味よく回し、気持ちの良い朝の大気を切り抜いていく。
そういえば、僕をこの旅に誘った瀬戸内海の光景をあまり見ていない。
ということで、海岸に向かって走ることにした。
目指す道路になかなかたどり着けず直感を駆使したら、大きく道を間違えてしまったようだ。なぜかカブトガニ博物館のドーム状の建物が、右手に見えたり左手に見えたりする。同じところをぐるぐる回っているようだ。おかげで、ここら辺でカブトガニが生息しているのだなあ、という知識が強く刷り込まれた。特にそんなことを知らない人生でも良かったのに。
ようやく、道を見つけて海岸方面へ走る。海辺に出たのでバイクを止める。小さな漁港というか船泊になっていて、周りには民家も数件ある。
護岸のコンクリート塀にもたれて瀬戸内海を見渡す。よく晴れた朝の光の中で、小さな島々が濃い緑を湛えている。遠くに目をやると、うっすら空気に充満する水蒸気で次第に色彩が霞んでいく。夢のように空中を浮遊する船。あれは蜃気楼だろうか。
はー、何とまあのどかな景色なんだろう。しばらく溜息をついて、感動する。




我に返って写真を撮っていると、近くにいたおじいさんが話しかけてきた。
「普段着」とはかくあるべし、というような肌着っぽい出で立ちだ。あからさまに近在のの地元爺さんだ。
「どこから来たんかね」
「札幌からなんですー」
「ほーかね」
「きれーな所ですねー」
ぐらいまでは、何とか対応できたが、その後はなまりが強烈なうえ結構早口で、ほとんど何を言っているのか分からなかった。
おじいさんは横手にある小高い山のほうを見上げたり、海の方を指さしたりして、何やらとうとうと説明している。合間に意外に鋭い目で僕の方を見て、同意を求めたりする。
こちらも一所懸命話を聞き、ここだ、と感じたら勢いよく頷いたりした。
しばらく話した後、話の切れ目を見つけて、
「じゃあそろそろ行きます」
「気ーつけてな」
と別れた。
いやーさっぱり分からなかったなあ。走りながらバイクの上で判明した部分を継ぎ合わせてみた。
おそらく、
「あそこの山は車でも上れて、頂上からは、島々が連なるそれはそれは素晴らしい景色が見える。しかも天気の良い日は四国も見える。金比羅サンまで見える。でも今日は登っても無駄だ。晴れているけれど、靄っているからな。あまり遠くまで見えないぞ」
そんなことを言っていたのではないか、と思う。多分。おそらく。


そんな邂逅に、何となくクスクス笑いしながら、瀬戸内海沿岸の道を走る。朝の光を胸一杯に吸う。
地図
倉敷の駅に着いた。ちょっと寄っていこうっと。
倉敷市は大分以前、鷲羽山という地名を見つけて、相撲ファンとしてはちょっと立ち寄ってみるかと、児島地区に行ったら、本四架橋見学の遊覧船を発見し、飛び乗ったことがある。あの時も長閑な瀬戸内海の潮風だったなあ。
しかし有名な白壁の町並みは見ていないし、是非訪れてみたいスポットもある。

バイクを止めて駅の観光案内でパンフレットを入手。
白壁の美観地区は駅から歩いて10分ぐらいの所のようだ。
強くなってきた日差しの中、地図を頼りに歩いていくと、ものすごい人だかりを発見。そこが美観地区だった。
中央の川を挟んで両側に古い町並みが続いている。そこに縁日のように様々な出店も並び、観光客が肩が触れあうほど行き交い、大変なにぎわいだった。




端から端まで一応往復した後、大原美術館に入ってみた。この美術館、前から是非訪れたいと思っていた。美観地区の中にあるとは知らなかった。
大原美術館は1930(昭和5)年、事業家・大原孫三郎により前年に死去した友人の画家・児島虎次郎の業績を記念して設立された、西洋美術を中心とするものでは日本で最初の私立美術館だ。
大勢押し寄せる観光客が、観光ついでにチケットを買ってどんどん入場している、という感じだ。あまり美術館的な気取った環境ではないが、絵画の大衆化、市民の啓蒙という意味では正しい姿にも映る。それも美術館の役割のひとつである。


エントランスからすぐの展示場には岸田劉生の麗子像をメインとして、そこそこの絵画が展示されている。まあこんなもんかな、と順路に従い進んでいくと。まあ、あるわあるわ。とんでもなく有名な世界的画家による作品が次から次へと並んでいる。
油断していた。よくこれだけの質の絵画を集めたものだとビックリしてしまった。目眩がした。時間があまりないから、軽く流そうと思っていたが、気がつくとあっという間に1時間以上見入ってしまい、それでもまだまだ、展示の全ては見切れていない。ちょっと集中しすぎてぐったりしてきたので、今回はこの辺で許してやることにした。今度来るときは覚えていろよ、と捨て台詞を吐いて外に出る。
中庭を歩くと、和服のお姉さんと前お姉さんに声をかけられた。
「お抹茶とお菓子いかがですか」
是非お呼ばれします。と400円を払い、敷地内の和風の建物に入る。
座敷に座って待っていると、元お姉さんがお菓子を置いていった。
ここで僕はパニックになる。今まで観光地でお抹茶をいただいたときは、すぐにお茶を点てて出してくれた。だから、お菓子をいただき抹茶を飲んで、はーおいしい。と幸せになれた。
しかし、今僕の目の前には和紙に載ったお菓子があり、元お姉さんは引っ込んだまま出てこない。
広い座敷に僕一人がぽつんと座っている。外の道をあんなに大勢の観光客が歩いているとは思えない静寂。庭の日だまりで鳥が鳴いている。
どうしよう。
そのとき、僕の脳の海馬に電流が走った。以前ある女子にお茶会に招待されたとき、全くの素人の僕らに諭すように教えてくれた作法の中で、「茶菓子は先に食べる」というフレーズがあった。確かに口の中が甘ーくなっている状態が、一定の間を置いてお薄を飲み、その苦みで中和されるところに、静かなダイナミズムを感じた記憶がよみがえる。
そっか、先に食べて良いんだ。とようやくお菓子に手を伸ばしたとたん、元お姉さんがそそくさと出てきて、お茶を立て始めた。向こうも僕がお菓子に手を付けるのを、今か今かと待っていたのだろう。
先ほどの静寂は、実はお菓子を間に置いて、両者の緊張状態の中に希有に成立していたものなのであった。って大げさな。
ともかく、美味しいお茶とお菓子をゆっくり堪能し、庭を眺めた。次の客が入って来たのを潮に、満足して退去した。




中庭で針穴を試した後、外に出る。相変わらずすごい人の波だ。
まず、大原美術館のミュージアムショップで、今晩やっかいになるNさんを始め、お土産を選ぶ。
ミュージアムショップのグッズは好きな人は本当に喜ぶし、そうではない人も何となく否定できない権威を持っているから、お土産として愛用している。




さてと、帰ろうかと歩いていると、おばあさんとその娘らしいオバサンの二人連れにシャッター押しを頼まれた。娘の方は、はきはき、さばさばしている感じで、背景をあそこにして、あの建物全部入れて、とか盛んに注文を付けられた。
ついでに、僕もシャッターを頼むと、
「あら良いカメラね。写真取って何に使うの。」
「いや証拠写真で。」
「何の証拠。はいチーズ。いい男に取れたわよ。お見合い写真に使えるわよー。がははは。」
と高笑いしながら去っていった。
豪快な人だった。多分僕と同じぐらいの世代と思うけれど、すっかり子供扱いされてしまった。

駅に戻ると、バイクに札が着いている。げ、駐車違反?と青くなったら、放置禁止の警告札だった。知らずに放置禁止区域に止めてしまったようだ。深く反省して札をはずす。二度と止めませんから、多分。
地図
快調に走り、次は岡山駅。
岡山は、以前後楽園に行く途中、足の裏に出来たマメを洋裁屋さんで針を買ってつぶそうとした、という思い出の地である。最近では僕の好きな写真ブログで、懐かしい路地や物言いたげな建物などが印象的に紹介されていた。
実は、そろそろ手持ちの現金が不足してきたので、岡山でお金をおろしておこうと思ったのだ。確か小銭しか残っていない。
僕のメインバンクである都市銀のTM銀行も岡山ならあるだろうと探してみると、駅前ですぐに見つかった。
ところが、キャッシュサービスはやっていなかった。TM銀行ではGW中は使えません、と張り紙がしてある。
じゃあ手数料とられてもいいや、と他の銀行のCDを見つけ下ろそうとすると、GW中は他行のカードは使えませんと、跳ね返された。
ってことは俺ってば、どうしたらいいのさ。
明日も子供の日だしお金を下ろせないってこと?
明日はNさんとどこか遊びに行く予定だし、だいいち今晩のメシ代とか、ガソリンもカードが使えなかったら困る。Nさんに借りれば済むけれど、久々に再会した第一声で、金貸してくれ、というのもいかがなものか。
呻吟の末、家人に電話しながらコンクリートの歩道に血が出るほど額をすりつけて、郵便局に幾ばくかの金を入れておくよう頼み込む。
郵便局ならどこからでも下ろせるだろう。
駅前広場の桃太郎さんに挨拶して先を急ぐ。
Nさんの情報で、最近無料化された岡山ブルーラインを走る。高速道路のようで快適だ。
ブルーラインを降りて国道を走る。Nさんの住む尼崎はまだ遠い。


そろそろ、郵便局に入金されているころだ。どこかに郵便局はないか。
意識しながら走るが、そんなときに限って全く見あたらない。
次第に日が陰ってきた、もう4時半だ。自宅の近所のかなり大きな郵便局でも、日曜は確か午後5時までしか下ろせなかったような気がする。小さい局とか単なるCDコーナーなどは確実に無理だろう。焦ってきた。
ここがメインの国道だから、見あたらないのかもしれない。
予定外だが、ちょうどさしかかった姫路市で、一旦市街地に入ってみることにした。しばらくぐるぐる回ってみるが、郵便局は見つけられない。
こうなったら姫路駅に行ってみよう。あら、道に迷ったみたいだ。こんな時に!
もうすぐ5時になるよ。道が分からん。あ、住宅街に入り込んじゃった。どっちがどっちだ?
あっあー・・・5時過ぎちゃった。
万事休す!
がっかりしたとたん姫路駅への案内板が見つかった。遅いっちゅうの。傷心で駅にたどり着いたときは5時10分過ぎだった。うなだれながらバイクを降りる。
大きな郵便局なら望みはあるかな、と一応駅の観光案内で聞いてみた。太った投げやりな感じの係のオバサンが、よく聞かれるらしく、案内図を取り出して、駅の近くにある郵便局を無感動に示してくれた。
お礼を言って立ち去ろうとしたら、下ろすだけならキャッシュコーナーが駅にありますよ、と背中に声をかけられた。
5時以降でも下ろせますかね、と聞いてみると、確か下ろせたはずだけどねえ。と意外に親身になって思い出そうとしてくれる。何だ、いいヒトじゃないか。
ダメ元で行ってみる。
すると、何とまだ大丈夫みたいだ。お、すんなり下ろせたじゃないの。
奇跡だ。よかったー。これで安心だー。ポケットが暖かい。
僕はこの時、あのオバサンをいつでも人間国宝に推薦する気満々だった。姫路城に匹敵するよ、ホント。
地図
あとは、Nさんの所に向かうだけだ。
道草に夢中になって随分遅くなってしまった。子供の時もそうだった。
近畿地方に入ると、あたりの風景は雑然とした都会になり、瀬戸内海は工場群に隔てられ、既に僕の心からも遠い。
あっという間に日が暮れてナイトランになる。
Nさんと電話で連絡を取りながら、明石、神戸、西宮とヘッドライトを切り裂いて走っていく。
尼崎は本当に狭い街だ。注意していないと見落としてしまう。
ぼんやり走っていたら、案の定知らぬ間に通り過ぎて、大阪まで来てしまった。
引き返して今度は見逃さないように注意しながらNさんのナビで駅前高級マンションに向かう。もう夜の10時だ。
地図(電池切れで軌跡なし)
歩道で手を大きく振る坊主頭のシルエット。
やあ、Nさんだ。久しぶり。去年の夏一緒に台湾に行って以来だ。
マンションの駐車場にバイクを止め、厳重なセキュリティーで守られたエントランスから最上階の彼の部屋に昇る。
荷物を置いて、すぐに夕食に出ることにした。
近所のNさん行きつけの焼き肉屋で乾杯。遅くまで晩飯待ってもらって悪かったね。
ビールが体に浸みる。今日も走ったなあ。
「バイクでツーリングなんて、そんなメンドクサイこと何でしてるんや。今井さんらしくもないやん」
と相変わらずのツッコミ。
いやいや、そこは「ツーリングなんて若々しくて自由で羨ましいね」とか言うところでしょう。
いつか彼を真っ当な人間にしてやらなくてはな、と決意を新たにし、ビールもお代わりして新たにする。
さすが食にウルサイ関西圏、柔らかくて美味しい焼き肉を堪能した。


部屋に戻って、シャワーを借り、くつろいで見回す。壁に掲げられたベトナムやラオスの板絵が懐かしい。何年か前に来たときと同様、相変わらず物の少ない部屋だ。
しかし部屋の片隅にどでかいマッサージチェアを発見。最新型だ。
Nさんは肩こり持ちでマッサージマニアだから、思いきって最近買ったらしい。しかし、思ったより効果がなくて、最近使ってないという。僕は全然体がこらないタイプだけれど、年のせいか最近電気屋のマッサージチェア売り場でたまに体験すると、思わずアーと声が出てしまう。
早速試させてもらう。気持ちいい。僕も欲しいな。でも置き場所がないし、第一高いからなあ。ぶら下がり健康器ぐらいにしとくかな。


Nさんは一滴も飲めないので、僕だけが持ち込みの酒を飲みつつ、お互いの近況などを話す。
以前行った旅行の思い出話をするうち、ミャンマーのイラワジ川で船に乗った位置に関し、意見の相違を見て、激しく論争したり。
ベランダに出て大阪方面の夜景を眺める。
この前の週の月曜日に、JR福知山線で電車がカープを曲がりきれず脱線してマンションに突っ込み、死亡者107名、負傷者549名を出す大事故があった。その現場がここのすぐ近くだという。
Nさんの指さす方向には、街の灯りと闇夜が広がっているばかりだった。

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