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5月3日(火) 憲法記念日
なんて普段の行いがいいんだろう、俺って。
自画自賛しながら、快晴の青空に向けて窓を開け放つ。
きょうも気持ちよく走れそうだ。


チェックアウトして駐車場に行くと、隣のバイクで中年のカップルが荷造りしていた。挨拶してちょっと話してみる。和泉ナンバー。
へー札幌からですかー。私ら和泉から近場をちょっと回って、帰るところですわ。
と、言われても、和泉ってどこにあるか知らないし、聞くのもなんか悪い気がして、曖昧なまま会話した。夫婦(多分)でのんびりツーリングなんて羨ましいな。
じゃあお先に、お気をつけて。と出発。

まず下関港にバイクを駐め、海沿いの遊歩道に出てみる。大勢の人が散歩したり釣りをしたり、日向ぼっこしたり。
朝の空気ってどうしてこんなに爽やかなんだろう。気温とか空気の成分なのか、それとも単に精神的なものだろうか。黒々とした恐怖の夜が明けた喜びとして、遺伝子にインプットされているのかもしれない。
海はうっすらと朝靄がかかり、沢山の船が蒼いシルエットを静かに移動させている。
そして、驚くほど近くに対岸の九州が迫る。こんなに近いのか。
そういえばここは壇ノ浦だ。平家滅亡の海。こんだけ九州と近ければ、平家の雑兵などは戦を見限れば簡単に大量逃走しおおせたろうと思う。
そういや巌流島もこのあたりだったよな。など歴史に思いを馳せる。職人技の装飾が施された昔の大砲も朝日で黒光りしている。これはきっと明治維新関係だろう。


きらきら光る海をしばらく眺める。
今日は尾道あたりまで走ろうと思っている。
昨日尼崎のNさんから電話があり、うちに寄っていけと誘われた。僕の旅行記の読者ならお馴染みの関西人Nさんである。嬉しい申し出だ。日程を考えると、明日おじゃますることにして、だから今日は何とか尾道あたりまでたどり着きたいのだ。

うしっ。
気合いを入れて朝の空気の中へ走り出す。
関門橋の巨大な姿が浮かび上がってくる。昨夜、黒い翼竜のように覆い被さってきたシルエット。それが朝の光の中で見ると、幾万人もの夢の圧力で、ふわりと浮揚しているようだ。
ここを渡れば九州に行けるんだな、いつか渡りたいな、と思いながら足下をくぐり抜ける。

程なく、関門トンネル人道入口、と書いた看板が目に入る。通り過ぎて10分ぐらいするうち、(人道ってことは歩いて九州?面白いじゃん)という気持ちがムクムクわいてきた。気持ちに逆らわず、Uターンしてトンネル入口までもどり、駐車場に駐める。

改札口のようなところに近づくと、歩行者無料、自転車及び原付20円と書いてあるではないか。なんとタダ!
たまたま一台の自転車に乗った人が渡るようなので、後に付いていく。その人は無人の料金箱にチャリンとお金を入れ、エレベータに乗り込んだ。僕もあわてて乗り込む。
かなりの時間かかって地下に到着。そこはちょっとした溜まりスペースになっていて、案内板や関門トンネルの学習パネルなどが掲示されている。ここは地下約50m、九州の門司側まで約780mあるという。

一直線に通路が延びているのが見える。
よし、歩くぞ。
緩い下り勾配の通路をてくてく歩いく。自転車も本当は降りて歩かなければならないが、乗っている人もいた。ジョギングをしている人もいる。壁にはフグの絵などが書かれている。
中程まで来たとき、足下にラインが引いてあり、そこが県境だった。こちら側には山口県、線を挟んで福岡県と書かれている。ポンとラインを飛び越し、九州上陸ー、と一人ではしゃぐ。


今度は緩い登りとなった道をハアハア言って歩き、門司側に到着した。
エレベータで地上に出る。

九州の土を踏んだぞ。まあ何だったら、足跡を残した、と言ってもいいよ。九州を征服した、といったら言い過ぎかな。
おお、この事績を祝福するが如く、何といい天気だこと。
額に手をかざして門司側から下関をしばらく睥睨する。
後ろを振り向くと、そちら側には九州が広がっている。

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このまま、ナニモカモ放り出して、九州を放浪したら、どうなるんだろう。その後沖縄に行って台湾に渡ってインドネシアをぶらぶらし・・・。そんなことが、脳裏をよぎる。特別重大なことではないように思える。
はっと我に返る。
今日のところはこのぐらいで勘弁してやるか、と記念撮影。

また軽い足取りでトンネルを歩き、本州に戻ってきた。
そういえば、下関から韓国の釜山へ行くフェリーが出ている。今回も時間があれば足を伸ばしたかった。北九州圏を含め、この地方の身近な生活圏の多様さは本当に羨ましい。


地図

下関を後にして、なるべく海沿いの路を通る。燦々と降り注ぐ陽光の下、光市を通過。

宇部空港、岩国市と距離を稼ぐうち、道が混み始めた。バイクの特性を生かして進んでいくが、道幅も狭く、限りがある。ついに広島のだいぶ手前で大渋滞に突入。時間ばかりが過ぎていく。どこまで行っても渋滞の先頭が見えない。
今は連休真っ盛り、こんな天気がいいのだから、全国各地の行楽地は大混雑だろうな。

は!?この辺の行楽地といえば、もしかしたら安芸の宮島か。そう見当を付けてのろのろ距離をつぶしていくと、大当たり。渋滞のピークは国道から宮島フェリー方面への交差点だった。ちらっとのぞくと、車と人だかりでとんでもない過密状態だ。
宮島は以前十分堪能したので、今回は容赦なくパス。
通り過ぎると、胸のつかえが取れたように渋滞は終了し、道は快適に走れるようになった。

地図

広島市街を通り抜ける。
ここも以前強力な思い出をもらった。
昼間からデパート前などで円陣を組む特攻服の暴走族集団。並んで声出しするレディース軍団。夜にはずらりと並んだ機動隊と彼らとの睨み合いと小競り合い。それをビールを飲みながら見物する群衆。
偶然、恵比須講の夜だったのだ。
平和記念公園の夕暮れよりもずっと印象に残ったっけ。

そろそろ午後の空の色が濃くなってきた。
今日の終点は尾道に決めている。
大林宣彦の映画が僕も大好きで、尾道3部作や新3部作の叙情的な風景が脳裏に焼き付いている。そして小津の東京物語。一度は訪れてみたいと前から思っていた。坂の上から瀬戸内海を眺めたかった。
今日はほとんど休み無く移動してきたのに、渋滞で時間を取られて残り時間が少ない。
やむなく海岸沿いの道を捨て、内陸の国道を走る。

しばらく進むと、川に渡されたロープに鯉のぼりが泳いでいる。世間では端午の節句なのだ。
子供の頃、家でも鯉のぼりを立ててくれた記憶がある。妙に嬉しく誇らしかったなあ。
そういえば黒い真鯉がお父さんで、赤い緋鯉がお母さんだと思っていたら、緋鯉もオスなんだってね。あいつら全員オス。それを聞いたときはビックリして口をパクパクしてしまった。

山間の田舎道を走っていて、田園風景の中に瓦屋根の集落などがあり、夕暮れに霞んでいく光景を見ると、本当に美しいと感じる。ヨーロッパの風景も絵はがきのようだが、それに決してひけは取らない。美し国日本。油断したら国粋主義者になりそうだ。
東広島市のあたりにさしかかると、そのような瓦屋根の集落が見え隠れしだした。しかもここらの瓦は、明るい赤茶色で統一されている。何とも華やかでありながら周りの風景にもしっくり融け込んでおり、目を奪うほど麗しかった。
後で調べると、この地方の瓦が赤いのは、東広島市の三永地方で多く産出する油土を粉にして濾し、それを瓦にかけて焼くためだそうだ。市でもこの景観を保護しているようだ。
感動してるうちに通り過ぎ、写真を撮ることは来なかった。

ようやく尾道に着いた頃には、もうほんの一刷毛塗れば夕暮れ、ぐらいの空の色になっていた。
駅にバイクを止めて、観光用のパンフレットを手に入れる。さすが、大林映画のロケ地巡りなどの案内もあった。
あまり観光客がいないので、よく分からないが、駅の裏手の山に住宅が張り付いている。そこら辺がロケ地のようだ。
踏切を渡って坂道を上ってみる。お寺があったり、狭い急な階段があったり、それらしい情緒はあるけれど、なんだか思っていたよりは普通の、どこにでもありそうな町並みだった。期待が大きかった分、ちょっとがっかりした。


坂のひとつを上り詰め、息を切らして振り返り、港を見下ろす。
ちょうど空に茜色が差して、濃い藍色の海面に浮かぶ大小の船を照らしている。話し声が聞こえたと思ったら、すぐ目の下の民家の庭先で、二人のおばあさんが椅子に座っておしゃべりしていた。
いいな、と思った。


きっと美しい風景そのものを期待していたことが間違っていたのだ。ここの普通の生活の中にこそ本当の美しさがあって、尾道の風景はその人いきれを包み込む背景として存在していたんだ。それを僕らは大林映画などを通して見ていたのだった。
だから、映画の中の風景は現実そのものではなかったのだ。そんな当たり前のことに気がついた。
麓に降りると線路が夕日で光っていた。気温も下がってきた。日暮れは近い。


駅で夕食を取りながら携帯で宿探しをする。
実は、尾道で泊まろうと思っていたのだが、観光地だからなのか安いホテルの空きが無かった。キャンセルでも出ないかと今まで待ってみたが、やはり埋まっている。
ところが、隣の福山市と言うところには沢山空きホテルがあった。福山市・・・初めて聞くな。どんなところだろう。まあそれも旅の気まぐれ、行ってみよう。
一番安いホテルに予約を入れ走り出す。

地図

とっぷりと日は暮れた。福山市は夜の中だ。
地図を睨みながらホテルの場所を探す。
探し当てて、チェックイン。福山ロイヤルホテル。
このホテルの空き部屋は風呂なしだった。一抹の不安があったので聞いてみると、共同の浴場があるという。一安心。狭い部屋に荷物を放り投げ、すぐ風呂に行く。
他の客もいず、広い湯船に入ると、案の定「あー」と声が出てしまう。
気持ちん良し子ちゃん。
ユニットバスでシャワーを浴びるより、共同浴場の方が良いかな、と風呂なしに賭けてみたが、正解だった。ホントに風呂がなかったらどうしよう、汗グッチョリかいたまま寝たくないな、と内心ビクビクしてたけど。
しかも朝食券までくれたし、選定理由のひとつであるLANもつなぎ放題。これで3500円とはねえ。ゴールデンウィークにねえ。嬉しいねえ。

例によって外を散歩してみる。ここは国道2号からかなり奥まった住宅街の中にある。駅までは随分遠いので、コンビニ等を探して買い物を済ませて、すぐ戻る。
そのまま帰るのもつまらないので、あえてホテルをやり過ごして住宅街を歩いてみる。裸電球の街灯で年季の入った木造家屋が黒々と影を落としている。古い町のようだ。ヤンキー風ジャージ姿の若いカップルが洗面道具を持って歩いている。犬の遠吠えが聞こえる。

ホテルに戻り、ネットを巡回しながら、安い白ワインを空ける。
今晩こそ夜更かししようと思ったのに、気持ちのいい夜風が吹いて、知らぬ間に僕を奈落の底に落とす。

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