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5月2日(月)

7時に起床。窓を開け放つ。
おおお、今日は天気が良さそうだ。
身繕いをし、大きく伸びをする。

気持ちの良い朝、清々しい気分。しかし、それを汚す一点のシミがある。
それは、グチュグチュの靴だ。そう、一晩たっても乾かず、靴底はまだぐっしょり湿っているのだ。気持ちワル。仕方なく今日も裸足。靴擦れになるとも知らないで。

さあ、出発だ。
松江には実は以前来たことがある。そのときに宍道湖や市内の観光スポットを巡り、一畑電鉄に乗って出雲大社にも足を伸ばした。出雲そばだって食べた。落ち着いたいい町だと思った。白いヘルメットをかぶって自転車に乗る中高生を沢山見かけた。しかし、若者の姿は少なかった。学校を出ると皆出て行くのかなと思った。
だから、今回は市内観光はせず泊まるだけにしよう。でも一昨年伊勢神宮に行ったことでもあり、出雲大社にだけはちょっと挨拶していこう。などと、古代神話に思いを馳せながら、少し冷たい朝の風を切ってバイクを走らせる。
宍道湖だ。明るい青の湖面に細かい波が煌めいている。そこに数多のシジミ取り船が出て、波間で揺れている。


ブレーキランプはすぐ修理しなくてはならないが、まだどこの店もやっていないだろう。後続車がいるときは、手信号で停車を知らせる。これは相当恥ずかしい。
やがて出雲大社に着いた。朝早いのに、既に大勢の観光客が散策している。
一応お参りしてから、神社グッズを眺める。折角来たことだし、おみやげにしようと思ったのだ。ここは縁結びで有名だが今更そんなお守りはいらない。長寿関係のがあったので、父親用に購入。高い。八百円もする。


快晴の光の中で神社の造形に木々の陰が交錯して美しい。写真的な情景だ。
今回デジタル一眼レフカメラを持ってきている。昨年の秋に購入して以来、旅行に連れてくるのは初めてだ。だから、写真を撮るのも楽しみにしてきたのだ。
そして、写真でもう一つチャレンジしようと考えていることがあった。それは針穴写真だ。
ブログで針穴写真を公開している人の作品を見て、強く惹かれるものがあったから、自分でもトライしてみようと思っていたのだ。
実は、カメラ購入時に一眼レフ用の針穴レンズも購入していた。ただ、三脚を使ったり、露出時間を考えたり、結構難しそうなのと、札幌はずっと冬景色だったこともあり、一度も試していなかった。
それを、この際どこかで撮ってみようと、持ってきた。
いい機会なので、トライしてみることにした。
レンズを針穴に交換し、実際に撮ってみると、デジタルの安易さに助けられて至極簡単にできることが分かった。カメラの向きもシャッタースピードも液晶で確認しながら何度でも修正できる。

一眼デジの針穴写真については、帰宅後、写真の出来不出来は別として、ある感想を持った。
それは、あまりにも安易じゃないかということだ。針穴好きの人の記事などを読むと、写真機や針穴レンズまで自作し、フィルムや露出などの諸条件を試行錯誤し、そのこと自体が楽しくて仕方ないという風情がある。そして、実際の作品にもその手作り感や、特に重要なのは”偶然性”の効果が如実にあって、それこそが針穴写真の魅力なんだと思う。
だから、結果的にそれっぽい絵がとれたとしても、デジタルで安易に針穴、というのは少なくとも僕の中で大きな位置を占めることはないな、と思った。


普通のレンズに戻し、自分も撮ってもらおうと、たまたま近くにいた人に声をかけシャッターを押してもらう。
この人はヒョロッとして眼鏡をかけた気の弱そうなお兄さんだった。お礼を言うと逃げるように去っていった。
その後境内を散策していると、彼も一人で観光しているらしく、ちょくちょく出会う。そのたびに彼は黙礼しては逃げるように離れていく。こっちも気を遣ってなるべく違う方向に行くのだが、またばったり会ってしまい、彼は逃げるように足早に離れていく。この繰り返し。
もしかしたら彼は出雲大社に潜む何かの精霊だったのかもしれない。それにしては貧相だったな。


地図

心が洗われて大社を後にし、また俗世間に乗り出す。風も暖かくなり、走っていて本当に気持ちがいい。思い切ってツーリングに来て良かったなあ。
道の駅で休んだりしながら距離を稼ぐうち、昼近くになってきた。
そろそろブレーキランプ問題を解決しなくてはならない。山陰地方もここまで来るとかなり田舎の風情となっており、バイクショップを探すのは難しそうだ。だいたいバイクを買った大手ショップが誇る全国整備工場網も、島根県は空白地帯だ。

やはり球切れぐらい自力で交換するのがライダーとしての最低条件だろう、とホームセンターを探す。ようやく見つけてバイクを駐め、車載工具でランプカバーをはずしてバルブの種類を確認する。ついでにフィラメントも見てみた。でも肉眼では焼き切れてる様子はないな。
園芸グッズを物色する地元のお年寄りたちをかき分け、店内に入る。自動車部品コーナーに運良く同じ型のバルブがあった。
ところで、この時、僕の繊細な両くるぶしはついに靴擦れで皮がむけ、血が出ている。腫れ上がってたいそう痛い。しかしシューズは今頃になって防水性能を存分に発揮し、靴底は全然乾いていない。でもさすがに素足は限界、汚れても靴下を履かざるを得ないと思っていた。
そんな僕の目に飛び込んできたのが、5足300円と書かれた靴下の山。デザインも素材も申し分なく安物だから、躊躇無く使い捨てできそうだ。喜んでお買い上げ。
買った電球を付けてみる。しかし、案の定全く点かない。バルブではなく電気系統の故障のようだ。一応シートをはずして眺めてみるけれど、さっぱり分からない。変にいじって動かなくなる方が怖い。溜息。
バイク屋を見つけるまで、鬱陶しいけれど手信号で凌ぐことにした。

午後になり、日差しが強くなってきた。
穏やかな日本海が見えかける道をしばらく走る。
江津市というところで古い民家が並ぶ狭い国道を走っているとき、自転車屋のような狭い店の中に一瞬バイクが見えた。
Uターンして戻ってみると。古い店のガラスの引き戸の中に自転車とバイクが並んでいる。コンクリートのタタキで、60がらみのオジサンが油まみれの作業服でなにやらバイクを整備をしており、その横に立つ客らしいオッサンと話している。
こんな自転車屋に毛が生えたぐらいの店で直せるんだろうか、いやいや意外とものすごく腕が良かったりして、など逡巡の末、思い切って、聞いてみる。
「すいませーん、ブレーキランプ点かなくなったんですが、見てもらえますか」
すると、すぐ出てきてくれて、いろいろ触りだした。
一通りチェックして首をひねり、今度はヒューズを一本ずつ確かめる。すると、一本だけ見事に切れていた。予備のヒューズも付いていたのでそれを付けると、めでたくランプは点いた。
しかし、前輪ブレーキの方は問題ないが、後輪ブレーキを踏んでも反応しない。いろいろテスターを持ち出したりして調べてくれたが、直らないようだった。これ以上は時間をかけてきちんと系統を辿らないと分からないという。
もう30分近く色々やってくれた。本当に有り難い。お金を払おうかとも思ったけれど、全くの好意だと雰囲気で分かったし、直せなくてすいませんと謝ってくれるぐらいだから、技術者のプライドを傷つけるような気がして、感謝の言葉だけにした。嬉しかった。
一緒にいた客の方も、お気楽な遊び人風で、ヒューズ変えてもまた飛ぶよ、とか、こりゃもうダメだね、とか、電気系統直すのすごく時間かかるからね、とか適当にぐさっと気になることをニコニコいい散らかして帰って行った。でも悪気は全然無いのが明らかだったから、楽しかった。
ホントウニありがとうございました、と心から礼を言って辞する。
バイクは前輪のブレーキがメインなので、後輪だけで止まることはほとんどない。だから、ひとまずブレーキランプ問題は解決したと言っていい。帰ってからじっくり修理することにした。

地図

日本海も、ここまで下ると随分印象が違う。東北、北陸地方で見た日本海は暗い荒れた海原がいかにも「裏日本」というイメージだったのが、いま目の前に広がる日本海は、明るいブルーの海面が穏やかに光っている。


海沿いの国道をひたすら走る。そろそろ本州のどん詰まり、山口県だ。気持ちの良さにぼんやりしながら走っていて、道を間違えた。こちらは内陸の津和野方面に向かう道だ。

いい機会なので、たまたまあったうどん屋で休息する。
萩とか津和野もきっといい町なんだろうな。このまま行こうかどうしようかな。ただし、そんなに街歩きの時間はないようだ。ぱらぱら地図をめくって検討し、今日は秋吉台を通って、下関に向かうことにした。ともかく今はこの気持ちのいいランを続けたい。

日本海側にとって返し、海沿いの路をひた走る。
バイクに乗ってる人は分かってくれると思うけれど、いったん走り出すと走りを中断したくない。いい景色に出会って、ああ、ここは写真に撮りたいなーと思っても、ちょっと小腹が空いたしのども渇いたな、あ、コンビニだ、と思っても、よっぽどの決意をしないと、バイクを止められない。この快適な走りをずーっと続けていたい。そんな乗り物なんだ。バイクって。

秋吉台に至る道に着く頃には、午後も随分深いところまで来ていた。空の青さが一層濃くなっている。
ところどころ山肌にむき出した岩が現れ始める。
秋吉台、カルスト台地。この言葉は随分子供の頃から知っている。古い絵はがきで見た写真。記憶の箱の底から引っ張り出してみる。
くねくねとした道を進むと、やがて草に覆われた丘陵一面に、白い岩の群落が広がっている。そして低く照らす太陽に明るく反射する岩肌。そして濃い影。一つひとつの岩が草原の上で強いコントラストを造形している。それは僕の心の中に広がる光と闇に共振した。無数の墓。無名の墓地。
しばらくバイクを駐めて見入る。
冷たい風が吹いている。


もう日が暮れそうだ。急がないと。
延々と続く不思議な景観を突っ切って、次は秋芳洞に向かった。
まだ、入れるだろうか。
駐車場にバイクを置き、人通りの少ない洞窟前商店街を歩く。入り口には有料のゲートがある。聞くと、まだ何とか入場できるようだったが、時間外料金みたいなのを100円余分に取られた。

いよいよ、洞窟に分け入る。いきなり轟々と川が流れている。昨日の雨のせいか、かなりの水量だ。
きちんと見学順路が整備されており、鍾乳洞が作る様々な造形に名前が付けられて、解説音声も流れている。
鍾乳洞ってもっと白っぽいものかと思っていたら、泥のような茶色だった。
僕は若干閉所恐怖症なので、ここに閉じこめられたら、とか余計な想像がすぐに浮かんで、息苦しくなる。なるべく考えないようにして歩き続ける。
狭い通路があったかと思えば、天井が見えないほど巨大な空間に出たりする。常に水がしたたり落ちて不気味だ。


太い柱の前で、友達どうしで来ているらしいお兄さんにシャッターを押してもらう。
端までたどり着いたので、同じ道を引き返す。確かに大正時代からの観光地と言うだけあって、手あかにまみれてはいるが、自然の巧みとか洞窟の非日常的な空間が人の心を動かす。
来て良かった。結局3qぐらい歩いたことになるか。外界へ出て思わず深呼吸する。

空もかなり薄暗くなっている。商店街も店じまい間近だ。土産物屋は大理石などの石細工を売っているところが多い。熊野の門前商店街に似た雰囲気だ。カルスト台地も鍾乳洞も石灰岩だが、大理石は石灰岩の変成岩だから、きっとこのあたりで産出するのだろう。
尼崎の友人Nさんの親父さんはここの大理石で表札を作るのが夢で、わざわざ訪れて彫ってもらったという。一見観光客相手のチープな店が多かったけれど、Nさんの親父さんを信じれば、由緒正しいものなのだろう。きっとそうなんだろう。


駐車場に戻ると、僕のバイクの横に3台バイクが並んでいて荷造りしている。
近づくと、そのうち一人は先ほどシャッターを押してくれた人だった。ライダーだったのか。
先ほどはどうもー、と話しかける。
長崎からきたグループだった。これから日本海側の何とか言う島の方に行くという。
北と南の端からなんですねーと感心しあう。
彼らはみんな大型バイクで、ブオーンと豪快な排気音を残して去っていった。
僕も下関目指し、フィーンと走り出す。

地図


空は何とかまだ明るい。それがゆっくりと茜色になっていく。山の端の蒼い薄墨のグラデーションも次第に黒一色のシルエットになっていく。そしてそれら全てが闇の中にとけ込んでいく。
そんな変化を楽しんでいるうちに、いつの間にか夜だ。


平地に降りると交通量が一気に増える。ヘッドライトの群れが一斉に僕を睨み付けては、排気音をぶつけてすれ違う。
突然巨大な橋梁のシルエットが黒々と夜空を横切る。
その下をくぐると下関だ。都会だった。

予約しておいたホテルは駅から少し離れた住宅街にあった。その代わり、部屋は広々としていて、セミダブルベッドだった。しかもソファやキッチンまで付いている。ウィークリーマンションとかにも使っているのかもしれない。
荷物を投げ出し、靴下3足に湿気を吸わせてようやく乾いたシューズを脱ぎ捨てる。


シャワーを浴びて一息ついた後、夜の町へ出る。大命題のお酒確保。
駅に向かって歩くと、都会だけあってお酒を置いているコンビニも何軒かある。安心だ。
帰りに買うことにして駅まで歩いてみる。途中から歩道橋を上ると、2階部分が歩行者デッキになっており、駅ビルまでつながっている。仙台駅前に似ている。まだ店も開いて賑やかだし、駅前には若者たちも群れている。
さすがに都会だなあ、と山陰地方を回ってきた身としては思ってしまう。
今夜も生暖かい夜だ。気持ちいい。

帰りは違うルートで戻ってみる。
歴史のありそうな繁華街を通り抜ける。一時代前の面影を残す小体な店が続いている。
折角下関に来たことだし、どーれフグでも食べていこうか、と値段表を横目で見ていく。
うーん、産地だからといって特に安いわけではないようだな。あろうことか今夜のホテル代よりもずっと高いではないか。一人で高級料理食べてもしょうがない。やーめた。
だいいち、色々な海で獲れたフグも一旦下関に水揚げされて、下関産として流通していくと聞いた。それが本当なら、あまり安いフグだと、この近海で獲れた物かどうか、疑念を拭えないだろう。

可処分所得貧乏の僕はコンビニでお酒その他を仕込む。
途中で住宅街に紛れ込んでしまった。坂道や行き止まり道路があって、分かりづらい。それがまた、古い町の情緒になっている。
ホテルを探しながら、いい町だな、こんなところに住みたいな、と考えていた。

やっとホテルを見つけ、ワインで乾杯。
今日も随分走った。そして本州のはずれまで僕は来てしまったんだ。
シミジミとワイン一本分その感慨を噛みしめるうち、気を失った。

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