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5月1日(日)
はっと気がつくと、服を着たまま汗をかいてベッドに寝ていた。朝の7時過ぎだ。こんな旅の途中でもいつもの出勤時間に合わせて目が覚めるとは、情けない。
窓を開け放して、服のまま、ベッドのシーツもめくらず横になっていた。これじゃ野宿とあんまり変わらない気がする。
何か変な誤解されそうな気がして、わざとシーツを乱し、ちゃんと寝たように偽装工作する。

身繕いし、8時頃出発。
駐車場に行くと、僕の隣のバイクも出発準備をしていた。20代ぐらいの若者2人だ。
話してみると、山形から来たという。どうりで純朴そうな感じだ。今日はこれから高知まで行き、四国をずっと回るらしい。
なるほど、ここから大阪方面は意外に近い。だからそのすぐ先の四国という選択肢もあるんだなあ。次回の参考にしよう。
互いの安全を祈り、朝の舞鶴へ乗り出す。


曇り空。空気が白っぽい。日曜の朝なので、シーンとしている。
北海道便のフェリーは発着とも夜だし、結局、活気のある昼間の舞鶴市の姿には一生お目にかかれないのかもしれないな。
さて、今日はどこへ行こうか。
昨夜ビールを飲みながらつらつら考えた。やはりこの近くの観光名所”天橋立”は押さえておこう。そして、山陰の海岸を走り、鳥取砂丘でも見て、あとは成り行き。そこまで考えてブラックアウト。

ということで、まず天橋立をめざし、爽快な気分で走り続ける。
ああ、おれって今旅に出てるんだ。北海道から遙か遠い山陰の海岸を走ってるんだ。こんなに暖かいんだ。
そんな感慨をじっくり反芻する。
何気ない民家の瓦屋根や北海道では見かけない街路樹、土地柄が伝わる地元企業の看板など、面白くて浮き浮きする。
ただし、今日は天気が崩れることを、お天気お姉さんが断言していた。だから覚悟はしているが、今のところ何とか明るい曇り空を保っている。

やがて、道路の案内板に天橋立の文字が現れた。指示に従って進んで行くと、お土産屋などが建ち並ぶ賑やかな商店街にたどり着き、突き当たりにお寺があった。その近くに水路にかかる橋があり、そこから先は自転車や原付以外は通行止めになっている。
バイクを駐め、天橋立への矢印を頼りに橋を渡って歩いていく。観光客も結構歩いている。

またもう一つ水路があり、短い橋が架かっている。その水路は海に続いているようで、いろんな船が行き交うのがよく見える。ちょっと絵になるので、橋の中央の欄干にもたれて写真を撮った。構図を探していると、誰かが鋭く怒鳴る声がする。
「戻って!」
あれ、僕に言ってる?
はっと振り向くと、橋の上には誰もいず、両岸にはロープが張られて、いつのまにか皆その向こうにいる。僕一人撮影に夢中になって気がつかなかったみたいだ。
そして、それを仕切っているらしきオジサンが僕を手招きしている。
え、何?
訳わかんないけと、焦って飛ぶように岸に戻る。


びっくりした。胸がドキドキしている。
いったい何なんだ。
他の観光客と一緒に眺めていると、低い機械音が聞こえてきた。
橋のすぐ横に小屋があって、中には何かの運転装置が並んでいる。
はっはーん。ここで僕はピンと来た。
大きな船が通るときにこの橋を動かすんだ。きっと。
ようやく納得して、じっと眺める。てっきり跳ね橋のように上に持ち上がるんだろうと思っていたら、意表をつかれ、同じ高さのまま90度横に回転するものだった。
そこをぎりぎりの幅で大きな作業船が通過していった。(後で調べるとニッケル鉱石を運ぶはしけ舟とか)
思わず拍手がわき起こる。
また橋が所定の位置に戻るのを眺め、歩き出す。


僕の頭の中には、テレビや写真などで見た、松林が細く対岸まで続いている天橋立のイメージがあり、きっと、どこかのポイントでその絶景が眺められるものと思っていた。この道を進めばそんなビューポイントに出るんだろうと。

ところが、しばらく歩いてもなかなかそんな場所は見あたらない。
途中の茶店なども後回しにして、まずは日本3景を堪能するのが先、と道なりに歩いていたら、いつの間にかあたりは松林になった。随分歩いたけれど、道を間違えたかな、こっちの方向じゃないのかな、と立ち止まって見回す。
あれ、松林の向こうに海が見えるよ。後ろを振り返ると、こっちの方にも海が見えるよ。
え?もしかして・・・


そう。いつの間にか僕は天橋立の真上を歩いていたのである。
あの写真の光景は結局どこか山の上からじゃないと見られないのだろうな。
だったら、この際向こう岸まで渡ってやるぞ、と決め、元気よく歩き出した。もう結構歩いてきたから、せいぜいあと30分ぐらいで着くだろう。
しばらく歩くと、対岸まで2キロという標識を見つけてしまった。愕然とする。
既に1キロ以上は歩いているから、てことは、往復で6キロ以上歩くことになるじゃないか。
えーいままよ。行っちゃえ。


特に変化のない松林の中の一本道。大きな松には名前が付けられているが、それよりも、倒木の姿に興味を引かれた。バージェス頁岩の不思議な動物群のような造形だった。あとは単調な道をひたすら歩き、ついに対岸へ着いた。記念碑の前でたまたまバスガイドさんが自分の団体さんの写真を撮っていたので、ついでに僕も証拠写真を撮ってもらう。


もうへとへと。この先、神社とか天橋立の全景を見下ろせる公園などもあるようだが、今回は許してあげる。勘弁してあげる。ツーリングは始まったばかりだし、ここだけで時間を食うのはもったいない。帰ろう。
帰り道をとぼとぼ歩いていると、ぽつぽつ雨も降り出してきた。もう逸れようのない海上の一本道をひたすら歩き、ようやく元の場所あたりまで戻ってきた。

磯清水という名水100選の井戸があった。周りが海なのに真水がわき出ているとか。この清水は平安時代から知られ、和泉式部は「橋立の松の下なる磯清水 都なりせば君も汲ままし」と詠んでいる。
近づくと、ボランティアのおじいさんが高圧的なだみ声でカップルに由来を説明している。気持ちだけでいいから、と賽銭をカップルに強要していたので、僕もやむなく小銭を献納して一杯飲んでみる。歩き疲れていたせいか、とてもおいしく感じた。
日本三景の由来の碑もあった。江戸時代の林春斎という学者が、丹後の天橋立、陸奥の松島、安芸の宮島を日本三景と書いたのが始まりらしい。
残りの松島と宮島には行ったことがあるからこれで日本三景コンプリート。


行きにやり過ごした茶店にたどり着き、疲れ果てて座り込む。朝っぱらから結構歩かされてしまったぜ。
名物らしい「知恵だんご」を食べてみる。甘辛醤油味のごく普通の団子だった。でも疲れた体にシミジミおいしい。名前からして頭にも効きそうだ。これ以上頭が良くなってどうする、俺。


商店街に戻り、お寺も見てみる。文殊菩薩を本尊とする知恩寺だ。なーるほど、それで知恵だんごか。
一応賽銭を上げて手を合わせ、さらにスーパー頭脳となる。


雨もいよいよパラパラと切れ目なく降ってきた。バイクに戻り、バッグなどに雨装備を施す。
それをじっと見ていた60代ぐらいの地元っぽいじいさんが、話しかけてきた。
「どっから来たんか」札幌なんです。
「ほー札幌から来たんか。どこへ行くんか。」ちょっと鳥取とか島根とか。
「ほーキャンプかね。」いやこの荷物ほとんどパソコンとカメラなんです。
「ナナハンかね。」いや2半です。
「ほー。ワシも昔乗ってたが、今は腰痛くてさっぱりあかん。」それはお大事に。
「気いつけてや。」ありがとうございます。
うまく訛りを再現できないが、「ほー」のところで、いちいち心からびっくりしたように感嘆していた。人がよくて好奇心いっぱいのジイサンだった。
今はうまい案配に枯れ切っているこのジイサンにも、輝かしい青春の日々があったんだろうな。
走り出してバックミラーを見ると、通路の真ん中に立って、ずーっと見送ってくれた。

地図

ついに雨が本格的になった。でも一応防水装備を固めているので、心配はない。ジャケットは防水仕様たし、下はホームセンターで買った安物とはいえ、カッパのズボンを履いている。グローブもゴアテックスの防水。シューズもバイク専用の防水ブーツだ。安心安心。
かなり雨脚は強いけれど、空は変に明るい。そして気温は高く暖かい。風呂場でシャワーを浴びているような気分だ。だから、意外に心地よい。
「暖かな昼下がり〜風に吹かれて〜」なんて歌を歌ってみる。ヘルメットの中にびっくりするぐらい響く。
交通量も少なく、雨に濡れて光る路面を快調にクルージング。

そのうち雨はますます激しくなり、風も勢いを増してきた。
さすがにシンドイ。泣きそうになってくる。
とうとうカッパズボンの継ぎ目から雨が浸入してきたらしく、お尻のあたりが湿気ってきた。やっぱり安物はだめだ。と舌打ちする。何となくジャケットの防水も限界近いような、じっとりした感触が中のシャツに伝わっている。値段分がんばってくれ、とエールを送る。体全体が湿っぽい。
グローブはもちろんびしょぬれだが、インナーのゴアテックスで何とか防いでいる。シューズは防水性能を高らかに謳った製品だけあって大丈夫だ。
ヘルメットのシールドにはのべつ隈無く雨滴が打ち付け、周囲の景色を楽しむ風情ではない。風雨を切り裂いてひたすら距離をつぶす。ひとまず鳥取駅を目指そう。

何とか鳥取駅にたどり着いた時には、かなり体力を消耗していた。
ツーリングをしていて、何かに迷ったら駅に行くことにしている。その街の情報を収集できるし、食事や買い物もできる。学生たちや、地元の人たちの様子で、土地の空気みたいなモノも感じられて楽しい。
濡れたジャケットを着たまま、ゾンビのように駅構内を歩く。やはり、鳥取砂丘を見ておきたい。駅からどのぐらいのところにあるのだろう。観光案内コーナーでパンフレットをゲット。
ちょうど昼食時なので食堂に入り、うどんを食べながら、パンフを見てみる。
なんだ、駅からすぐの海岸じゃないか。これは是非行かなくちゃ。
コーヒーで体を温めゆっくり休んだ後、重い腰を上げて、行動再開。
砂丘見学に必要かもと、駅のショッピング街で折りたたみ傘を購入し、再びバイクで雨の中に突っ込む。


すぐに鳥取砂丘に着いた。砂丘全体は結構広いが、いくつかの見所があるようだ。雨だし時間もないので「馬の背」というポイントから入ることにした。
砂丘への入り口には大きな有料駐車場があり、こんな雨なのに多くの自動車が駐めてある。駐車場代をケチって近くの路側にバイクを駐め、砂丘に向かう。
駐車場裏の階段を登ると観光馬車などがいる広場となっており、砂丘はそのすぐ向こうに広がっているらしい。
そこからふと駐車場を見下ろすと、パトカーがゆっくり巡回している。ゴールデンウィークの特別警戒か何かであろう。そして、ぽつねんと路側に駐めてある僕のバイクの方に向かって行きそうな、行かなさそうな、はっきりしない動きだ。駐車違反でも取られたらシャレにならないので、気になってずっと見ていた。パトカーは15分以上駐車場内をぐるぐる回った末、バイクの脇を通り過ぎてどこかへ走り去った。ヒヤヒヤしたぜ。時間を無駄にさせないでよ。

お怒りモードで砂丘方面へ歩く。一気に視界が開け、鳥取砂丘が目の前いっぱいに広がっていた。
山陰特有の黄色みがかった砂があたり一面を覆い、そこに全天から雨滴が落ちてきて、音もなく染みこんでいる。
今立っている場所に対面して大きな砂の山がある。「馬の背」だ。海はさらに向こうだろうか。
その頂上まで観光客の列が続いている。色とりどりの傘がドロップスのようだ。
なぜか不思議に静かだ。


僕もその列に加わり馬の背の頂上まで上ってみることにした。砂に足を取られるし、見た目より距離があって随分歩かされた。頂上からはやはり日本海が見渡せた。
考えてみれば単に大きな砂浜がデコボコしてるだけなんだけれど、砂丘は人の心の何かを揺すぶる力がある。どうしてだろう。置き忘れた傘が一本刺さっている。遠くを歩く3人連れ。絵になる。


地図

満足して、バイクまで戻り、びしょ濡れのシートにまたがる。
走りながら決めた。
もう、今日はどこへも寄らず、松江あたりで泊まろう。
雨はいよいよ強くなってきた。暴風雨と言ってもいい。今までバイクで経験した中で一番かもしれない。
もう、すっかりあきらめの境地で、感情も鈍くなっている。

もうズボンはびしょびしょだし、頼みのジャケットも、ついに部分的だが、はっきりと中のシャツまで浸水してきた。グローブは内側のゴアテックスフィルムが守ってくれている、のかどうかよく分からない。
そして、ついに僕の信頼を一身に集めていた防水シューズが決壊した。いつの間にか靴の中が水浸しで、グチュブチュいってる。今日は天橋立といい、先ほどの砂丘といい、この靴で随分歩いたから、何かがダメになったのかもしれない。
コンビニの駐車場で脱いでみると、底に深さ1センチぐらいの水たまりができてる。防水性能が逆に徒となって、いったん入った水が全然出ていかないのだ。靴下も泥水でぐっしょりで気持ち悪い。頭に来てゴミ箱に捨ててやった。
濡れるのがわかっていてわざわざ新しい靴下を履くのもしゃくなので、この後ずっと、裸足で乗ってやった。そのせいで靴擦れができて翌日以降シンドイ目に遭うことを、この時の僕は知るよしもない。

そうこうするうち、いつの間にか僕はハワイを走っていた。
ずぶ濡れのネズミのように惨めな僕が見た、幻想のパラダイスか。
いやいや。そう、ここは日本のハワイ、羽合町だ。ハワイ温泉もある。
よく色々なメディアで話題になっていたから、この町の名前は知っていたが、まさかこんなところにあるとはね。うれしくなった。
後で調べると去年合併して今は湯梨浜町になったらしい。せっかく全国に知られたハワイの名前をなくすのはもったいない気もするが、雨雲に覆われた山陰のこの街をハワイに模すのは相当苦しい。むしろ悲しい。だからふつうの田舎町として今後は地道に生きていくのが正しいのかもしれない。

地図

疲れたので、どこかでコーヒーでも飲んでゆっくり休みたいところだ。しかしこんなにずぶ濡れではファーストフード店でも迷惑だろう。というか、ファーストフード店がどこまで行っても全然見あたらない。
やむなくコンビニで、ヤンキー座りしながら缶コーヒーブレイク。ついでに、携帯で今晩の宿も確保する。

松江は雨のせいもあって思ったより遠く、市街にたどり着くだいぶ前に日は暮れてしまった。中海も宍道湖もどこにあるのかさえわからないが、黒々とした水の気配だけは感じる。
街の中に入るとヘルメットのシールドの雨滴に自動車のライトが乱反射し、とても見づらい。ホテルの場所がよくわからなくて、ウロウロする。

信号待ちをしていると、後ろの改造車っぽいのから若いアンちゃんが降りてきて、何か言ってきた。地元の族?何か文句でもあるのか?と、身構える。
「ブレーキランプ切れてますよ」
親切に忠告してくれたのだった。あわてて礼を言い、ぺこりと頭を下げる。
バイクも雨でダメージを受けたのかもしれない。

ようやくホテルを見つけた。松江アーバンホテルだ。駐車場で荷を解き、重い足を引きずってフロントに行くと、
「お客様のご予約はニューアーバンホテルの方になってます」
と老フロントマンが宣言する。聞くと、ここから車で10分ぐらい離れているらしい。ここでゴネてもしょうがないので、道順を聞き、再度荷造りし、濡れた体にむち打って、バイクにまたがる。
大きな橋を渡り、ニューの方に到着。また荷をほどき、フロントへ。
「お客様のご予約は本館になっております。こちらは新館ですので。」
えーまたー。と憮然として案内のオバサンに着いていくと、本館はすぐ隣の寂れた建物だった。フロントマンは建物にマッチした寂れた爺さんの二人組。ここでようやく部屋が割り当てられた。

部屋に入って、もう濡れたモノを何もかも脱ぎ捨てシャワーを浴びる。それでやっと人心地がつく。
お酒などは昨日の轍を踏まぬよう既にコンビニで仕入れてある。

エレベータ内に、インターネットの設備アリマス、とチラシが貼ってあった。しかし部屋にLANコネクタはなく、普通のモジュラージャックだけだ。フロントに降りて聞いてみることにした。しかし、そんな電脳系の話にあの爺さんたちは対応できるんだろうか。
不安いっぱいで、聞いてみると、すんなりADSLモデムなどの一式セットの箱を出してきて、接続方法まで説明を始めそうな勢いだった。最近はハイテク爺さんもいるから侮れないなあ。年齢性別外見などで決めつけちゃいけないな。
つないでみると、結構な速度だ。
blogに書きこんたり情報収集しているうち、ワインがみるみる減っていった。
ワインの赤がすべて僕に乗り移ったとき、意識がなくなった。

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