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4月29日(金) みどりの日
いつも窓の外を見ている。そんな子供だった。
退屈でたまらない学校の授業をぼんやり聞きながら、窓から校庭を眺める。太陽が止まり、雲が流れ、雨が煙り、木の濃い影がゆっくり動いていくのを、飽きずに眺めていた。
どこか遠くに行きたいな、とずっと思っていた。
そんなことを思い出しながら、僕は荷造りをしている。
あれから全然変わってねえじゃん俺って。いい年してさ。

これから、バイクでロングツーリングに出かけるんだ。今回は舞鶴まで行って、中国地方をぐるっと回ってこようと思う。
一昨年には青森から日本海側を金沢まで走った。バイクの免許を取ってまだ1ヵ月もたたないうちに飛び出したっけ。昨年は太平洋側を仙台までキャンプツーリング。寒くて死にそうだった。
北海道は地元だし、ほとんど回りつつあるから、何となく分割で日本一周を成し遂げる勢いで、ツーリングしていく気満々という形に見える。

といっても、長期の休みを自分のためにだけ使うということは、まっとうな社会人にはなかなか難しい。そして今はまだ4月。ようやく雪が解けたばかりで北海道の春はまだもっと先だ。寒くてバイクに乗る気もしない。家でぬくぬくゲームでもしていたい。だから、つい先日までツーリングのことなんて僕の頭のどこを探しても見あたらなかった。

それが、ふとゴールデンウィークのカレンダーを見ると、2日ほど休めば連続休暇が可能ではないか。僕はそのとき脳天を雷に打たれた。休みをとってどこかへ行きなさい、と内なる声が聞こえた。そうだ、ツーリングだ。
チャンスに”後ろ髪”はない、つまり過ぎ去ったら捕まえることはできないというが、楽しいことの後ろ髪もかなり薄いと思う。ほとんど禿げてると思う。
北海道中膝栗毛というローカル番組が好きだ。それに遊び心をたっぷり持った道東のキャベツ農家のおじさんが紹介されていた。そのおじさんも、「楽しいことに"次"はないよう。次はないよう」としみじみ言っていた。
そうだ。今がその時だ。
早速各方面に対し既成事実化した上、申し訳なさを封印し、後ろを見ずに逃げを打った。

ということで、前から周到に計画していたわけではなく、数日前に決めたもんだから、なんの心構えも準備もできずに当日を迎えたのだ。
まあ、同じ日本だし、何とでもなるわ。

装備で気になることが一つあった。去年買ったシートバッグが、実際に使用してみると、もう一つしっくりこなかったのだ。マイバイクにはちょっと大きくて、シート形状のせいか、乗っているうちにだんだんずれてきて腰に当たるようになるし、重心も高くなって、不注意による立ちゴケの要因にもなった。
しかも図体の割には思ったより荷物が入らない、というか、きちんと整理して荷造りする人向けで、ボクのような適当に放り込むタイプには向いていない。失敗だった。

かといって、ボストンバッグかなにかをくくりつけて遠出するのは、取り扱いが不便だし、第一格好が悪い。何かいい手がないだろうか、とネットなどを見ると、振り分けバッグがいいようだ。後部座席の両側にぶら下げるバイク特有の形態のバッグだ。
出発当日の朝、早速、近所のバイクショップへ行ってみる。何種類か置いてあった。しかし、結構高いなあ。だいたい約2万円前後だ。ネットで見た「振り分けバッグは値段だけの価値はある」という評価を思いだし、大きめのものを思い切って購入する。
ついでに安売りコーナーを見てみると、去年買おうかどうか迷った防水のズダ袋が、たくさん置かれている。もう生産中止で在庫処分のようだ。今回使わなくても買っておこう。サイズでさんざん迷った末、一番大きいものを買う。半額以下の3500円。

今日のフェリーは夜中の11時半に小樽出航だから、まだまだ時間の余裕はある。
準備を途中で放り出して、突然パソコンでゲームを始めたり、フェリーの暇つぶし用に勝った漫画を読みふけって、ほとんど読んでしまって後悔したり、散々モラトリアムしたあと、夕食を取り、いよいよ押っ取り刀で本格的に荷造りを始める。

この”押っ取り刀”の使い方はむろん間違いだ。この年になっても赤面ものの間違いは尽きない。”おっとり”という音に惑わされて、やおら、おもむろに、などと同義だと、今辞書を調べるまで思いこんでいた。むしろ「急な場合に、腰にさす間もなく、急いで刀を手に取ること。大急ぎで駆けつけるさまにいう。(広辞苑)」だったとは・・・。

ともあれ、荷造りだ。今回は一眼レフデジカメを持って行く。意外と嵩張るが写真を撮るのも大きな楽しみの一つだから。当然、デジカメデータ保存、旅のメモ作成、情報収集などにパソコンは欠かせない。これも最新小型機種に買い換えもままならず、普通のA4ノートパソコンだ。これに、ケーブル類だの、電池類だの周辺グッズを加えると、左右の振り分けバッグがこれだけでかなり占有されてしまった。
衣類などは収まりきらず、例のでかい防水バッグも持って行くことにした。下着など適当に引っつかんで放り込む。これにタンクバッグも必須だ。
結局、かなりの重装備なのにそれぞれのバッグがスカスカ、という中途半端な収納になった。まあいいや。
すっかり日が落ちたマンションの駐車場で、バイクに装着してみると、なんだかお尻がいやに大きいシルエットになった。貴婦人然とした黒婦人号が高架下商店街の総菜屋のオバちゃんに身をやつしたように見える。まあ、長旅だからやむを得まい。

夜9時、いよいよ気分の高まりを押さえきれず、いざ漕ぎ出でな。
アクセルを回す。年配者にはシンドイ高回転型エンジンの甲高い音が響き渡る。ポンとクラッチをつなぐと、総菜屋のオバチャン(実は黒婦人号)は冷たく黒い空気を一気に切り裂いて加速していく。
ここ北海道は桜前線も遙か遠く、夜の空気は冷え冷えと黒い。気温は10度を大きく切っているだろう。
テールランプをかわしていく僕の顔には小雨交じりの冷気が容赦なく突き刺さる。
ちょっと後悔の念がわき起こる。でも一歩踏み出してしまったんだと覚悟を決める。

しかし、昨年のGWに決行した東北ツーリングで、寒さに耐えかね何度も枕を濡らしたことを教訓に、今回は十分な対策を考えている。今もTシャツを3枚重ね着し、その上にウールの薄手セーター、さらにナイロンのウィンドブレーカーを着込み、最後にようやくナイロンデニール製バイク用ジャケットを装着という重装備。下半身ももちろんナイロンタイツ、ナイロン製ズボンという防風防寒仕様。なんだか火をつけたら簡単にメラメラ燃えそうだな。
おかげで、冷気はほとんど感じず、顔に当たる風がかえって心地よい。旅の始まりの興奮と相まって、思わず鼻歌が出たぐらいだ。

下道を約1時間少し走り、フェリー出港地の小樽に着く。
ターミナルに行く前に、コンビニで買い物をする。何たって、今晩と明日一日分の食料だ。フェリーの中にも自販機や売店、食堂はあるけれど、きっと高いに違いない。倹約するところはする。それも楽しみなのだ。と負け惜しみ。
今晩のワインは必須。その他、おにぎりやら弁当やら飲み物やらを買い込む。

フェリーターミナルでバイクを駐める。
乗船手続きを済ませて、ぼんやり待つ。低気圧の影響で海が時化ており、30分ほど出航が遅れるらしい。11時半の予定だったから、深夜0時出航か。
待合室には割と大勢の人たちがいる。バイク乗りも何組かいるようだ。それでも大型連休の初日にしては寂しい。いくらGWとはいえ観光地にしても交通機関にしても、混雑の濃い薄いはあるようだ。
外を散歩する。既に入港しているフェリーの巨大な白い船体が、暗い港に浮かび上がっている。やっと案内の放送がかかる。

バイクを所定の位置まで移動して、待機する。
ざっと見て20台ぐらいのバイクが並んだ。
昨年の同時期に函館〜大間のフェリーに乗ったときは行きも帰りも僕1台だけだったから、まあ賑やかな方だ。
ライダーはやはり若者が多いが、年配者も混じっている。
それより、ほとんどが750cc以上の大型バイクで、250ccクラスの小排気量はオフロードかビッグスクータのみ。僕のように250ccのネイキッドは誰もいない。何となく負けた感がうっすらと僕を覆う。周りのアンちゃんたちに、こんな風に思われてる気がする。
(つーことはアンタ大型免許持ってないんだね。つまり一階級下なんだね。それにしても、普通二輪免許持ってんだったらアンタせめて400ccクラスでしょ。あ、車検代払えないのか。貧乏なんだ、いいトシしてね。でもいっぱしスポーツタイプには乗りたいと。そういうことでしょアンタ。)
はは。そんなこと思う奴なんかいないだろうけれど、こっち側の軽い悔しさっていうのは、あるなあ。やっぱり大型免許取ろうかな。

船内に誘導されてバイクを駐め、ロビーのフロントで部屋をあてがわれる。
今回は2等寝台にした。
一番安いのが2等で、大部屋で雑魚寝。青函フェリーぐらいならまだしも、丸一日がかりの船旅ではちょっとシンドイ。かといって1等などは一人旅だと相部屋となるらしいのでそんなにメリットはないし、第一料金が高い。だから2等寝台。
二段ベッドが10台ぐらい並ぶ部屋で、ベッドのカーテンを引けば一応自分の空間が確保できる。場所の割り当ても、グループには向かい合わせのベッド、一人者は離れた場所、など気を遣っているようだ。
僕は往復とも部屋の隅の壁際で、2段ベッドの上には誰もいない状態だったから、快適だった。

出航。
デッキに出て小樽の灯が離れていくのをじっと見守る。ずいぶん寒い。
船内を一通りチェックし、部屋に戻る。ここは狭いながらも僕の王国だ。
さ、もう遅いけれど、明日は何時まで寝坊してもいいんだ。早速ワインを開け、旅立ちに杯を上げる。おつまみも並べて宴会だ。
地図を眺めて明日からどうしようかなあと考えているうち、気がつくと、ボトル1本開けてしまった。
かなり酔った。

出航して間もない頃から、船は時化のまっただ中に突入したようだ。ものすごく揺れている。前後左右上下、身の置き所がないような3次元的な動きだ。
トイレに立つと、廊下は手すりにつかまっても真っ直ぐ歩けないぐらいだ。トイレの個室内からは誰かがゲーゲー苦しむ音が聞こえてくる。
でも、僕は全然平気だもんね。だって船に酔う以上にワインでシコタマ酔ってるからね。
ジェットコースターに乗っているようで、かえって楽しい。
もう夜中の3時だ。
ふんふん鼻歌を歌いながら、また地図などを見ているうち、眠ってしまった。
夢の中でも僕は一人波間を大きく揺れて、漂っていた。幸せだった。

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